第5話 魔剣開発部、その帰還

「ただいまー」

「お帰りだ。さて、この所長たる私を放置していって、そしてさぞかし楽しかったであろう素材調達の首尾を聞かせてもらおうか」

「うわぁ~、根に持ってるっすね~」


 あの後もいくつか必要な素材を調達していると、部署に帰ってくる時にはすでに日も暮れて空が赤みがかっていた。

 部署の扉を開けると、玄関にはにっこりととても良い笑顔で所長が仁王立ち。俺は手に持っていたトレントの木材をロープで一纏めにしたものを所長に投げつけて、首尾の報告と廊下を占拠していた所長の排除を同時に行う。


「ぬぐぐぐぐ……重い!」

「あと食えるキノコとか野草とかいくつか取ってきたぜ所長」

「おっ、それは助かるな。備蓄はあるがって三日だった、魔剣開発まで少しは食いつなげる」

「わりとギリギリな状態っすね~、オイラ達~」

「それもこれも本部が『使い過ぎないように』って、魔剣開発部だけ予算を月々で渡してくるのが問題なのだ!」


 所長が憤慨ふんがいしながら、身体の上に乗っていたトレントの木材の束を廊下の隅に寄せて立ち上がる。分かる、もっと良い魔剣を開発したいのに『予算が無い』で断念した魔剣が何本あることか。

 所長の言葉に共感しながら、俺は部屋に戻って刀を降ろす。刀の手入れしないとなぁ……風呂入ってからでいいか。


 俺が部屋を出ると、ユフィーもセシリアも荷物を置いて来たのかラフな格好で部屋から出てきた。なんならセシリアに至っては裸足でぺたぺた廊下を歩いている始末、どうせ部屋に脱ぎっぱなしの靴下が散乱してるんだろうなぁ。


 ユフィーがこきこき首を鳴らして、手で肩を揉みながら疲れたおじさんみたいな声を出す。


「あー、帰ってきたらどっと疲れた。寝不足も相まってなんか気持ちわりぃわ」

「オイラもそんな感じっす~。早く材料の配合見つけて、ソフィー先輩にぶん投げて寝たいっすね~」

「一番重い素材を俺に持ち帰らせておいてよく言う。ま、ここからはお前たちの仕事だし俺はしばらく寝かせてもらうな」


 俺も欠伸をかみ殺しながらリビングの方に行くと、所長がキッチンの方から顔を覗かせてきた。

 それと同時に良いにおいもキッチンから漂ってくる。そういや備蓄は残っているって言ってたな。


「貴様らが私を置いていくから、飯を作るしかやること無かったんだぞ!」

「所長って、なんだかんだ優しいよな」

「ち、ちがう! やることが無かっただけだ!」

「そういうことにしておくっすよ所長~、お腹空いたっす~」


 セシリアがキッチンに入っていって、俺たちの分の料理を持って来る。どうせ所長のことだ、俺たちが帰って来てから作ってた料理を温め直していたんだろう……まったく、律儀りちぎなうちの上司だこと。

 頬を赤らめながらパンを入れたバゲットを持ってきた所長は、着ていたエプロンを自分の椅子にかける。恥ずかしそうに椅子に座っては、自分に集まる俺たちの注意を逸らそうと咳払いをして話題を変えた。


「んんっ! それで。出来そうなのか、魔剣は?」

「お、このスープ皿の方が芋でけぇの入ってんじゃん。これにすっか……まぁ、セシリア次第じゃねぇか? オレは今回削って形を整えるだけの役割だし」

「オイラの見立てでは親和性と配合次第っすね~、あふっあふっ」

「つまみ食いするなセシリアー」


 俺が軽く注意すると、セシリアはフォーク片手にてへっとウインクしながら舌を出す。「だっておいしそうだったんすも~ん」なんていう彼女の言葉に、所長は満足げに頷いていた。


「そうかそうか、もっとつまみ食いするか?」

「セシリアを甘やかさないでください、所長」

「これぐらい良いではないかレイン?」

「セシリアを甘やかしたらもっと堕落だらくしますよ。どうせ今も靴下を部屋に脱ぎ散らかして来てますよ、こいつ」

「夫婦かてめぇらは。セシリアもそこでテヘペロしてないで子ども扱いされていることに怒れ、あとつまみ食いすんな」


 ユフィーが皿を配膳はいぜんしながらそうたしなめる。確かに今の俺と所長の会話、教育方針で揉める夫婦みたいだったな……って、だいたいこういうのって娘に甘いの父親の方じゃない?あとつまみ食いするな。


 そんな騒がしい夕食も終わり、風呂も入った俺は自分の部屋に戻ってきた。疲れがどっと出てきて今にも寝そうだが、刀の手入れはやっておかないといけない。


「ねみー、きちぃ……」


 ぶつぶつと呟きながら部屋の机で鞘から刀を抜く。持ち手の紐をほどくと、『目釘めくぎ』と呼ばれる小さな釘がはまっている穴が見えた。

 確かユフィーに手入れの仕方を教えてもらったんだよな……その穴に棒を差し込んで上から慎重にハンマーで叩くと、ポロリと目釘が抜けて柄から刀身が外れるようになる。


 紙で油を拭い、『打ち粉』という砥石の粉が入った袋がついた棒で刀身をポンポン。

 「つけ過ぎると後でもう一回紙で拭う時に刀身ガリガリ削れるからつけ過ぎるなよ」ってユフィーに刀を貰った時に口酸っぱく言われたっけ、その刀はもう無いけれど。


「目釘目釘っと……あった」


 紙で刀身を拭った俺は、小さな釘を机の上から拾い上げる。柄に刃を入れて目釘を元の穴に差し込めば、手入れの完了だ。

 もう一本は……今日は使ってないから明日やるか。もう眠すぎて頭が回らない、魔剣開発の連日徹夜の上での今日だったからそろそろ限界だ。


 紐を柄に巻き付けて鞘に戻した俺は、机の上に刀を置いたままベッドにダイブ。ふかふかの布団に俺の意識は一瞬で狩り取られるのであった。


 明日は、セシリアの……手伝、い……ぐぅ。

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