第4話 魔剣開発部、その素材調達

 やってきたのは近くの森。魔剣開発部署から徒歩一時間という距離にあるが、意外と厄介な魔物が出てくることで近所の街では有名だ。

 そんな森に俺たち三人はずかずかと乗り込んでいく。だって素材を取れなければ俺たちの魔剣が作れな――じゃなかった、飯が無い。


 森の中に入ると、早速とばかりにユフィーが俺たちの方を振り返って聞いてくる。


「ついでに食えるもんでも採取していくか?」

「野草やキノコのことならオイラに任せるっすよ~。後は魚とか、獣とか? あ、もし狩るときは先輩たちに任せるっす、素早いのはオイラ捕まえられないっす」

「つっても、今回素材を入れる袋しか持ってきてないからなぁ……採る素材が生臭くなるか獣臭くなるか、どっちがいい?」


 俺がそう聞いてやると、二人は口をそろえて「どっちも嫌」と意見を一致させた。素材を扱うのは基本的に研究者のセシリアと鍛冶士のユフィーだ、俺は完成した剣に魔術を付与するだけだから素材が生臭くなろうが獣臭くなろうが知ったこっちゃない。


 が、素材が臭くなる想像したのか眉をひそめながら嫌な顔をしている二人の手前、やめておくのが無難だろう。特に獣とか狩っても、内蔵を取り出して血抜きしてとか、面倒くさいうえにそんな時間も無いしな。


「んじゃ、野草とキノコだけってことで」

「その前に必要な素材からだがな。セシリア、研究用にどれだけ欲しいんだ?」

「ん~、そっすねぇ~。基礎部分の木材が多めに、後は袋に詰めれるだけって形で~」

「木材は薪みたいに縛って帰らねぇとな。袋に入んねぇし、ロープ持って来ておいて正解だったぜ」


 ユフィーが背中に縛り付けていたツルハシを降ろして、出来たロープを俺たちに見せつける。ハンマーとツルハシで両手が塞がるってことは……おい木材持って帰るの俺じゃねぇか!

 俺が赤髪のツインテに向かって抗議の目を送ると、ニヤリと笑って彼女は俺にそのロープを渡してきやがった。


「ヘアゴムの貸しだ、レイン」

「高くついたぜ、ったくよぉ……」

「それでもちゃんとやってくれるレイン先輩が、オイラは好きっすよ~」

「おだてても素材が増えるだけだぞ」

「何も出ないわけでは無いのが、レインらしいな」


 ロープを受け取りながらそんな軽口を叩いていると、がさがさと木が揺れる音が遠くの方から聞こえてきた。

 俺たちはその音を耳にした瞬間、臨戦態勢をとる。俺は刀を一本鞘から抜いて、その刃の腹に持ち手とは反対の手で人差し指と中指を添わせた。


「来たぜ、トレントだ」

「セシリア、炎属性付与して良い?」

「駄目に決まってるじゃないすか木の魔物に対して~。素材ごと燃やすつもりっすか~?」

「倒すだけなら楽なんだが、最近あまりにも使う機会が無くてな……しゃーねぇ、風属性にしとくか」


 セシリアにたしなめられて、俺は口をとんがらせながら刃の腹に指を滑らせる。青白い燐光りんこうを放ちながら、指を滑らせた個所に独特な文字が浮かび上がった。


 次の瞬間、木々の間から一本の巨木が自身の根をうねうね動かしながら俺たちの方に現れる。その巨木は頭の葉の付いた枝を振り回し、明らかにこちらに対して敵意を向けている様に見えた。


「おーおー、向こうは初っ端からやる気だねぇ。よし、やれレイン!」

「お前もやんだよユフィー!」

「だってオレ持って来てるの、ハンマーとツルハシだし」

「うーん準備不足!」


 両手にハンマーとツルハシを持って肩をすくめるユフィーに俺がツッコんでると、木の根っこがいきなり足元の地面から鋭く伸びてきた!

 しなるように伸びたその根は俺の右足を捕まえると、そのまま俺を空中にぶら下げる。

 俺がさかさまに宙づりになって危機的状況のなか、セシリアとユフィーはのんびりこの光景を見て雑談を始めていた。


「おお~、レイン先輩が逆さまにつられてるっすね~」

「トレントはまずあんな風に相手を拘束して、そこから相手を弱らせるために地面に何度も叩きつけんだよ」

「ほえ~、オイラいつも加工されたトレントの木材しか見てなかったので知らなかったっす」

「オレみてぇに普段から魔物と戦ってるようなやつしか知らねぇことだしな。トレントもパッと見ただの木にしか見えねぇから、文字通り『足元をすくわれる』魔物なんだよ」

「あのー! 助ける気とか微塵みじんだけでも出してくれませんかねぇ、二人ともー⁉」


 トレント豆知識を語っているユフィーと、それを真面目に聞いて関心しているセシリア。こっちの状況に何一つ心配そうにしていない事実にちょっと泣きそうになる。

 俺の足を捕まえた根っこがそのまま俺を地面に叩きつけようと、勢いよく振り上がる……ちっ、このままやられっぱなしでたまるかってんだ!


 根が振り上がり切ったその瞬間、俺は持っていた刀を思い切り足元に巻き付いた根に叩きつける。

 ただ手で振っただけの力のこもっていない一撃――しかし俺が魔術を付与した刀は、少しの抵抗も無く足元に巻き付いた根を切断した!


「あ、脱出したっすね~」

「あの程度でくたばるような男じゃねぇだろアイツ」

「信頼してるんすね~、レイン先輩を~」

「ばっ! そんなんじゃねーし!」


 ユフィーがなにやら顔を真っ赤にしてセシリアを怒っているが、トレントが忙しなくガサガサ葉の付いた枝を揺らして怒っているせいで何を言ってるのか全く聞こえん。

 根がダメなら枝で俺を突き刺そうと、頭の無数の枝を鋭く伸ばして攻撃してくるトレント。それに対して俺は刀の刃先を地面スレスレまで下ろしてニヤリと笑う。


「『風属性』、『斬撃強化』、『複製』、『加速』――何が起きると思う?」

「かまいたちのつむじ風、だな」

「正解だユフィー!」


 トレントの枝が俺の目の前まで伸びてきたとき、俺は思い切り下ろしていた刀を振り上げる!

 瞬間、目の前まで伸びていたトレントの枝が次々と切り刻まれていく。トレントはいきなり切れた自身の枝に、驚いたように二、三歩後ろに下がった。


 ごうっ、と俺の目の前で風が舞い上がり、そのつむじ風に巻き込まれた枝は全て切り刻まれていく。ばらばらと落ちてくる木片をよそに、俺はトレントに向かって突っ込んだ!


「丸太に加工してやるぜ」

 

 地面から根の攻撃に注意しながら、俺はトレントの枝を狩り取っていく。迎撃のために伸ばしていた頭の枝も無くなりハゲてしまったトレントは、慌てて俺から逃げようと森の奥へときびすを返す。が……もう遅い。

 

 枝締えだじめした俺は、トレントの足元で刀を横なぎに振り切る。少しの抵抗を手に感じながらもトレントの幹をぶった切ったその一閃は、スパンと小気味良い音を響かせてその巨木を伐採したのだった。

 

「おしっ、トレント伐採完了!」

「「おぉ~」」

「手伝って、ねぇ⁉ そこで拍手してないでさぁ⁉」

「だって~、レイン先輩がやった方が速いんすもん~」

「ゴーレムみてぇな鉱石の塊が出てきたら交代してやっから、文句言うんじゃねぇ」

「今回ゴーレム倒さねぇから! 結局俺だけ苦労するじゃねぇか、もー!」

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