第3話 魔剣開発部、その事前準備

「言ってしまえば、予算ゼロで魔剣を作ると?」

「仕様は……そうだな。安直に『時間を飛ばす魔剣』とかどうでしょう?」

「いや、予算がゼロならもう少し別のアプローチが必要っすよレイン先輩~。その仕様にするための材料の組み合わせ、パッと思いつくだけでも金貨数千枚はかかるっす~」

「ならもっと簡単に、『作物を成長させる魔剣』で絞ってみるのはどうだ? 栄養の促進という形なら『加速』の付与式の応用で出来そうじゃねぇか?」


 魔剣というワードにつられて、俺たち四人の頭はすっかり魔剣開発のモードに切り替わってしまった。

 『作物を急激に成長させる』という点を仕様として、俺たちは次々とアイデアを出しては構想を立てていく。

 所長もすっかり乗り気で、『予算が無い』と書かれていた紙をひっくり返して裏面に今回の魔剣のアイデアを書き留めていった。


 そんななか、俺はユフィーの提案に大きくうなずいて同意する。


「いけるはずだ。だが『加速』させるものを、手に握っている人じゃなくて作物に指定するのが課題だな」

「じゃあ魔力を放出するような形にして――」

「剣としての耐久性は要らないから、中を空洞に――」

「材料は木をベースにして、魔力の親和性を持たせる素材を――」

「その素材なら、ここの近くで採れるみたいな情報が――」


 ぼんやりしたアイデアが、話し合うことで次第に形になっていく。ユフィーとセシリアが、所長が書いていた紙に必要な素材や魔剣の外見の情報を追加していった。

 その間に所長はここ周辺の地図を持ってきてはテーブルに広げ、彼女たちのアイデアを現実的に可能なところまで落とし込んでいく。


 そしてしばらく意見を交換した俺たちのテーブルには、一本の魔剣の開発計画書が仕上がっていた。


「ふぅ、ここからはトライアンドエラーの繰り返しで調整していくしか無いな」

「まずは素材調達からだ。レイン、セシリア、行くぞ」

「はーいユフィー先輩~、ちょっと準備してくるっす~」

「私も行きたい!」

「所長はお留守番です。本部に手紙送ったんですよね?」


 俺がそう言うと、所長はしょぼんとした顔で椅子の上でちんまり縮こまる。仕方ないじゃないか、もし自分たちが留守にしている間に返事と追加資金が来てたら、持ち帰られてさらに限界生活が続く。

 俺たちのこの魔剣開発は限界生活をしないためにやるものであって、金があるなら本来やらなくていいものだ。


「プロトタイプの持ち出しは?」

「レインがいるなら要らんだろう? 不許可だ」

「えぇ……便利なもの何本か持って行こうとしたのに」

「んなもん無くても、オレがてめぇに作った刀あんだろうが」

「あ、すまんこの前ぶっ壊した」


 丁度いい感じの付与式を思いついて、この前ソフィーの刀で試してたんだよな。んで、調子に乗って何個か刀身に書き込んでいると刀身が内側から爆発した。

 そんなことをソフィーにすねをげしげし蹴られながら説明すると、ソフィーの赤いツインテールが逆立つ。


「もっと慎重に書けって何回言ったら気が済むんだてめぇ!」

「暴力反対! 仕方ねぇだろ、刀が耐えられなかったんだから!」

「言ったな⁉ 今度はぜってぇ壊れないもん作ってやるから待ってやがれクソが!」

「おーおー楽しみにしてるぜ、ぜってぇ壊してやる」

「そもそも壊すな、このおたんこなす!」


 脛へのローキックが鋭さを増すなか、準備を整えたセシリアが部屋から出てきた。いまだ何の準備もせずにリビングでケンカをしている俺たちに呆れた目を向けてくる。


「な~にしてるんすか先輩たち。オイラのぐっちゃぐちゃな部屋から装備引っ張り出して来て、準備している間ずっとやってたんすか~?」

「「だってこいつが!」」

「オイラ、このままどんどん時間が遅れていって餓死とか嫌っすけど~」

「それは確かに」

「ちっ、レインに後一時間は説教してやりてぇが今は魔剣の方が先だな」


 セシリアにド正論を言われて、俺たちは手早く自分の部屋に戻って装備を整える。といっても俺は腰に刀二本を差すだけの簡単なものだ。一本は使う用、もう一本は壊れた時用。

 残念ながらユフィー特製の刀は破壊してしまったのでどちらも市販品だ、それでもはるか東の島国から輸入されたものだからかなりの高級品だが。


 革靴のヒモを締め直し、刀の重さでズボンがずり落ちないかを鏡を見て確認。魔剣開発に躍起やっきになって伸び放題の黒髪に、寝不足のくまが濃い不健康な十八歳が鏡に映し出される。


「……ユフィーにヘアゴム借りるか」


 そんなことを呟きながら部屋を出ると、丁度ユフィーも準備が終わったのか目の前の部屋から出てきた。

 タイミングばっちりだな、と俺は早速とばかりにユフィーにヘアゴムを貸してくれないか頼んでみる。


「ユフィー、ヘアゴム貸してくれ」

「あ? ったく、後で髪切れよー」

「善処する」

「やれよ、なんならオレが切ってやろうか?」

「ユフィーに散髪を頼んだら豪快に切られておかっぱ頭にされそうだから、頼むならセシリアにする」


 ちっ、ばれたかとユフィーは舌打ちしながら部屋からヘアゴムを一つ持ってきてくれた。やっぱやるつもりだったんじゃねーか。

 ユフィーに感謝を述べつつ伸びていた黒髪を縛る。首筋に風が入って少し涼しい、給料が入ったら近くの街で髪の毛切りに行くか。


 ユフィーは俺と違って重装備だ。いつも持っているデカいハンマーに、背中には炭鉱夫が持つような大きいツルハシがロープで背中に縛り付けられている。今回は日帰りの予定だから荷物は無いが、そうでなければここに馬鹿でかいリュックが追加されるのがユフィーの標準装備だ。


「あ? んだよそんなじろじろ見やがって」

「でけぇハンマーだなぁと改めて思ってよ。軽々振ってっから、ユフィーってすげぇ力持ちだよな」

「だろ? 鍛冶士ってのは力が要るんだよ。『良い剣を打つには、相応の力あってこそなり』……なんてな」


 廊下を歩きながらユフィーはニヤリと笑う。こうして俺たち三人の準備は整い、いまだ椅子の上でいじけている所長をそのまま放置して外へと繰り出すのであった。

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