第2話 ミスリード

「逮捕された犯人、冤罪かもしれないね」


 莉音はおもむろに変なことを言い出した。

 まあ、いつものことだけど。


「何言ってんだよ?もうすぐ起訴されるんだぞ」

「逮捕の決め手は部屋から凶器のナイフが出てきたこと?」

「そうだけど」

「なぜ犯人は凶器を処分しなかったんだろうね。見つけてくれと言わんばかりに自分の部屋に置いておくなんて」


 莉音はアメリカ人みたいに両手を広げて首をかしげる。

 時々芝居がった仕草をするのが莉音の悪い癖。


「確かに部屋の中だけど巧妙な手口で隠してたんだぜ」

「どこにあったの?」

「本の中身をくり抜いてその中に入れてあった。もし本棚の本をすべて調べなかったら見つからなかっただろうな」

「何の本に入ってたの?」

「確か、“こころ”とかいう小説」

「夏目漱石の?」

「確か、そんな名前の作者だった」

「名作をくり抜くとは」

「知ってるのか?」

「藤本読んだことないの?」


 莉音は呆れて俺から目を反らし、クリームあんみつを食べ始める。


 今回の事件の被害者は丸山邦夫さん36歳、男性。

 夜の公園で刺殺される。

 殺害の時刻に邦夫さんから警察に電話がかかってきたが、刺された後だったのかうめき声しか聞こえなかった。

 携帯電話のGPSを頼りに警察が現場に急行するが残念ながらもう息絶えていた。

 

 交友関係から丸山さんの大学時代の友人塚田裕也36歳が容疑者として浮かぶ。

 丸山さんと塚田は同じサークルでとても仲が良かった。

 しかし、お互いに同じ女性を好きになってしまう。

 その女性、洋子さんは塚田の幼馴染。

 結果、洋子さんは邦夫さんを選び、二人は卒業後結婚した。

 それがキッカケで二人は絶交する。


「動機もあるしな」

「女性を取られた恨みですか、ありがち過ぎる。そんなプロット2時間サスペンスドラマでも採用されない」

「それに犯行時間近くに殺害現場近くのベンチで呆然と座っている塚田が目撃されてる」

「そこもおかしいよね。何故塚田は犯行現場からすぐに逃げなかったのか」

「人を殺したショックで動けなくなったんじゃないか」

「そうなのかな……」


 莉音はロダンの考える人のポーズで物思いにふける。

 リアルでこのポーズで考え事をする人を俺は莉音以外に知らない。


「凶器、動機、目撃者や証拠が都合よく揃いすぎているんだよなあ。実に不自然だ」


 おもむろに莉音は語り始める。


「ここまで完璧だとミスリードなんじゃないかと思ってしまう」

「ミスリード?」

「視聴者を敢えて真実と違う方向に憶測させるように仕向けるミステリードラマのテクニック」

「わざと自分が犯人だと思わせているってこと?」

「誰かをかばっているのかも」

「他に犯人が?」

「そうかもしれない。奥さんの洋子さんはどんな方なの?」

「奥さん疑ってるのか?」

「殺人事件の殆どは身内の犯行でしょ」

「奥さんは無理だよ、もう何年も入院してるから。犯行時間付近にも看護婦がベッドで寝ているのを確認してる」

「そうか……重い病気なの?」

「心臓が悪いんだ」

「それは疑って申し訳なかった……」

「珍しい難病で手の施しようがないらしい」


 莉音はお皿に残った溶けたアイスクリームをスプーンですくって食べ始める。

 この娘は必ず溶けた汁も含めてクリームあんみつを完食する。


「なんてこった!!」


 突然莉音が大声を上げる。

 この娘は古臭い言葉をよく使う。


「だから“こころ”だったんだ」


 莉音が珍しく興奮している。


「私も藤本も犯人のミスリードに完全にハマってしまっていた」

「どういうことだ?」


 莉音はノートパソコンを開いて一心不乱に何かを書き始める。

 こうなると何を言っても聞いてもらえない。

 俺は冷めたカフェオレを飲みながら莉音が書き終わるのを待つ。


「こういうことだったのよ」


 莉音は満足げに顔を上げる。

 そして、ノートパソコンのディスプレイを俺に向ける。

 そこにはいつものようにシナリオが描かれている。


●喫茶店

   塚田と邦夫が向かい合って客席に座り、深刻な表情で話している。

塚田「そんなにヒドイのか?」

邦夫「このままじゃ1年もたない」

塚田「何か治療法は?」

邦夫「アメリカの医者が発見した最新の治療法なら助かるかもしれないけど……」

塚田「金か?」

邦夫「保険が利かないから、3千万円かかる」

塚田「申し訳ないが、俺にはそんな大金」

邦夫「分かっている。塚田にお願いしたいのはお金じゃない。俺を……殺して欲しいんだ」


 俺はビックリしてノートパソコンから顔を上げる。


「これって?」

「いいから最後まで読んで」


●喫茶店

邦夫「俺が死ぬと生命保険が5千万入る。でも自殺だと保険は下りない」

   塚田は言葉を失う。

邦夫「ずっと謝らなきゃいけないと思っていた、騙し討ちみたいな形でお前

から洋子を奪ってしまった」

塚田「何十年も前の話だ」

邦夫「あいつはお前と一緒になるはずだった。それを……」

塚田「洋子が選んだのはお前だ」

邦夫「バチがあったんだ、そのせいで洋子は……」

塚田「そんなこと言うな」

邦夫「頼む、お前しかいないんだ。もうこれしか方法が」

塚田「無茶だよ」

邦夫「洋子を見殺しにするのか」

   塚田は返す言葉がない。

邦夫「お前は絶対に捕まらないようにするから」

塚田「無理だ、俺が一番に疑われる。お前を恨んでいるからな」

邦夫「殺される直前に警察に電話する。そこでお前とは全く別人の犯人像を伝える。

知らない女に刺されたとか」

塚田「本当にいいのか?死んだらもう洋子に会えないんだぞ」

邦夫「洋子が死ぬよりましさ。それに俺は洋子抜きでは生きていけない」

   塚田、腕を組みしばらく考え込む。

   そして、大きなため息を吐く。

塚田「分かった……やるよ」

邦夫「ありがとう!」

   邦夫は何度も頭を下げる。


 あまりの展開にさすがの俺も驚愕し、言葉を失った。

 ノートパソコンから顔を上げて莉音を見る。

 莉音は悔しそうな顔をしている。


「犯人達に見事にやられた。私は犯人を藤本は動機をミスリードされた」


 もし莉音のシナリオ通りだとしたら、殺人ではなく自殺ほう助になる。

 ただ、それだと保険金は下りない。


「いつも言ってるけど、これはあくまで私の創作だよ。真実かどうかは保障しない」


 思いもしなかった展開で、さすが莉音だと思った。

 だだ一箇所引っかかるところがある。


「確かに犯行時間に邦夫さんから警察に電話があった。だけどすぐに息絶えてしまったのか何も話していない」

「おそらく塚田は邦夫さんが電話をかける前に刺したんだよ」

「何故?」

「彼は最初から罪を償うつもりだったんだ」


 そういうことか……。

 

「その覚悟で、殺害を引き受けたんだと思う」

「でも、振られた女のためにそこまでするか?」

「“愛”というのは複雑なんだよ。一生忘れられない想いもある」

「そうかなあ」

「まあ藤本にはまだ分からないかもしれないけど」

「お、お前だってたいした恋愛してないだろ」

「たくさんしてるよ」


 莉音は自信満々にうなずく。


「今までに作られた多くの作品たちを通してね」

「なんだよ創作の話か」

「創作を馬鹿にしないでよ、おかげで解決された事件もあるでしょ」


 確かに。


「実体験が大事なんじゃない、いかに心が動いたかなんだよ。私は人一倍心が敏感なんだ」

「だからそんなにキツイ性格になったのか」

「ただ正直なだけだよ」


 そういって莉音は微笑んだ。

 この娘は時々大人びた表情をする。

 まあ、あれだけの辛い経験をすれば嫌でも大人になってしまうか。


「それにしても、これは一大事だ、捜査本部に報告しないと」

「無駄だと思うよ」

「何が?」

「塚田は絶対に認めない」

「どうして?自殺ほう助の方が罪が軽いのに」

「邦夫さんが自殺になってしまうのはどうしても避けないといけない」


 あ、そうか!

 自殺だと邦夫さんの保険金が下りないのか……


「確かに、保険金が下りないと無駄死になってしまう」

「だから塚田は死んでも認めないよ、あ!」


 突然莉音は立ち上がる。


「私としたことが、肝心なことを見逃してしまった。藤本、すぐに塚田の監視を強化して」

「何言ってんだ、もう逮捕されて留置所に」

「だから塚田の命が危ないの」


 莉音が珍しく物凄い剣幕で畳みかける。


「どうした急に?」

「塚田の自殺を止めてって言ってるの」

「自殺?」

「最初からそのつもりだったの。親友を1人で行かせるわけにはいかないって」

「まじか?」


 莉音がここまで言うんだその可能性は高いかもしれない。

 俺はすぐに捜査本部に電話した。

 しかし、時すでに遅かった。

 塚田は留置所で首を吊って自らの命を絶っていた。

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女子高生スクリプトドクターの事件簿 かもとき ゆうと @kamotokiyuto

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