女子高生スクリプトドクターの事件簿

かもとき ゆうと

第1話 予告

「これはシナリオのルールに則ってないんだって」


 隣のテーブルで話している制服を着た女子高生は椎名莉音(しいな りお)。元人気脚本家で今はスクリプトドクターだそうだ。

 話の合間にクリームあんみつをおいしそうに食べている。


「どこが?」

 

莉音の相手をしているのはテレビ局のプロデューサーの森下洋子(もりした りな)さん。人気のドラマや映画を手掛けるヒットメーカーらしい。

 アンティークなテーブルで埋め尽くされた純喫茶で、俺は二人の話が終わるのを冷めたコーヒーを飲みながら待っていた。


「“予告”は禁じ手なの」

「何それ?」

「そんなことも知らないとは……よくそれでプロデューサーやってられるね」


 毒を帯びたキレイな声が店内に広がる。

可愛らしい見た目に反して莉音は性格が悪い。


「だから、何がいけないの?」

「シーン15で美紀と浩二が言い争いしてるところ」


●15 喫茶店(店内)

   美紀と浩二が客席に座って話をしている。

美紀「今日は焼肉にしない?」

浩二「寿司にしょうぜ」

美紀「この前も食べたじゃん」

浩二「そうだっけ」

美紀「今日は肉気分なの、絶対お寿司なんかいかないから」


「このシーンのどこが悪いの」

「次のシーンはどうなってる?」


●16 焼肉屋(店内)

   美紀と浩二が客席に座って肉を焼いている。

美紀「やっぱりお肉おいしいね」

浩二「美紀の言う通りにして良かった」

美紀「でしょう」


「これじゃダメなんだよ」


ドン!と大きな音が店内に響き渡る。

どうやら莉音がテーブルを叩いたらしい。


「次のシーンでは二人は絶対寿司を食べてなきゃいけない。“やっぱり寿司は最高”なんて言っている美紀のアップから入るのが良い」

「なんで?それじゃ嘘つきじゃない」

「それで良いの。人間っていうのは素直じゃない生き物なんだよ。だから面白い。」

「みんながアンタみたいじゃないけどね」

「次のシーンがどうなるのか観客に事前に伝えてしまうのが“予告”。シナリオの禁じ手の一つ。先の分かるドラマなんて誰が見たいと思う?」

「まあ、そうだけどさ。でもタイアップでこの焼肉店どうしても使わないといけないの」

「なるほど、そういうことならこのシーンの会話をこんな感じで逆にして」


●15 喫茶店(店内)

   美紀と浩二が客席に座って話をしている。

美紀「今日はお寿司にしない?」

浩二「焼肉行こうぜ」

美紀「この前も食べたじゃん」

浩二「そうだっけ」

美紀「今日はお寿司気分なの、絶対焼肉なんかいかないから」


●16 焼肉屋(店内)

   美紀と浩二が客席に座って肉を焼いている。

美紀「やっぱりお肉おいしいね」

浩二「焼肉は何度食べても上手い」

美紀「ソレな」


「こうすれば予告をしないで焼肉屋のシーンに繋げられる」

「確かにこの方が焼肉のインパクトあるね」

「出来る限り禁じ手を減らすのが脚本の基本。時系列準に起きたことを全て書いていくのは日記であってシナリオじゃない。小学生の絵日記だね」

「それは言い過ぎ」

「そうだね。確かに、小学生の絵日記にも面白いものはある」


 こういう上手いこといった風な口調が鼻につく。


「分かった、ここは修正してもらう」

「シナリオはヒドイけどプロットは面白い。ちゃんとした人が書いたら良いホンになるよ」

「じゃあ莉音が書けば良いんじゃないか?」


 我慢できず話に入ってしまった。

 けだるそうに顔を上げた莉音と目が合う。


「もうそんな時間か」

「藤本君ゴメンね、今終わったから」


 洋子さんは慌ててテーブルの上に置いた資料を片付け始める。


「催促したみたいですみません」


李緒は美味しそうにクリームあんみつを一口食べると、おもむろに顔を上げる


「また事件?」

「世界は事件で溢れてるからね」

「じゃあ莉音またね、藤本君の言うことちゃんと聞くのよ」


 荷物をまとめた洋子さんが立ち上がる。


「面倒見てるのは私なの」

「藤本君、頑張ってね」


 洋子さんは足早に去っていく。

 俺はさっきまで洋子さんが座っていた莉音の正面の席に座る。


「早速だけど今回の被害者は17歳の女子高生だ。名前は本城雅美さん」


 俺はテーブルに被害者の写真を出す。

 それを見て莉音は深くため息を吐く。


「私と同い年か、まだ、若いのに」

「彼女は“カエルの王様”という恋愛リアリティ番組に出演していた」

「ということはモデルか何か?」

「女優だよ。母親も元女優の二世タレント」

「また二世か、この世は世襲に溢れてるな」

「母親は引退して娘のマネージャーをしている」

「それで死因は?」

「薬物による中毒死。雅美さんの飲んだコーヒーの中に混入されていた」


 俺は警視庁捜査一課の刑事藤本優音(ふじもと ゆうと)だ。数か月前から解決困難な事件の真相解明を莉音に依頼している。

 なんで警察がスクリプトドクターにそんなことを依頼しているのかは、話が長くなるのでまた今度。


「第一発見者は?」

「母親だ。娘が出番の時間になっても楽屋から出てこないので見に行ったら、亡くなっているのを発見した」

「その時間、他の出演者は?」

「みんな撮影があって、楽屋には唯一出番の無かった雅美さんだけが残っていたそうだ」

「目星はついてるの?」

「捜査本部は共演者が怪しいと踏んでる。楽屋の出入りも可能だし」

「動機は?」

「若い子達が競い合い、足を引っ張り合う番組だぜ、動機なんていくらでも」

「リアリティショーに偏見持ちすぎ」

「共演者はこの7名だ」


 追加の捜査資料を莉音に渡す。


●出演者リスト

男性

1.本田 翔太 18歳 アイドルグループ“TNT”のメンバー

2.林 翼 17歳 俳優

3.古谷 淳 19歳 人気お笑いグループ“カップメンズ”のメンバー

4.藤田 航平 18歳 YouTuber

女性

5.渡辺 栞 17歳 コスメ系インフレンサー

6.鈴木 愛 19歳 人気バンド“マッシュルーム”のボーカル

7.白井 亜紀 18歳 モデル


 じっくりと資料を見ていた莉音がまたため息を吐く。

 ため息ばかりだと幸せが逃げるのになあ。


「みんな美男美女ばかり。どうして日本のメディアはルッキズムから脱却できないのか。カッコイイ男とカワイイ女がくっついても当たり前すぎてなんのドラマ性もないのに」

「ドラマ性なんて今の時代求められてないんだよ」

「で、誰を疑っているの?」

「怪しいのは2名、古谷 淳と白井 亜紀」

「お笑い芸人とモデル?」

「古谷は番組の中で雅美に振られてる」

「その腹いせってこと」

「白井は過去に何度かオーディションで雅美に負けて仕事を取られている」

「どっちもちょっと短絡的過ぎるね」

「白井は友達にいつかアイツ殺してやるとよく言っていたそうだ」

「“予告”だね」

「はい?」


 莉音は残っていたクリームあんみつをまた食べ始める。


「ここのクリームあんみつは最高。特にあんこが素晴らしい。本来私はこしあん派なんだけど、ここの粒あんは別格」

「どういう意味だ?」

「藤本、こしあんと粒あんの違い分からないの?」

「そうじゃなくて“予告”って」

「ああ、さっきの話聞いてたでしょう。人がこれからする行動を事前に話すこと。それが“予告”。禁じ手だよ」

「でも、それはシナリオの世界の話だろう」

「実際の世の中でもそれはありえない。藤本は人を殺す時に事前にあいつ殺してやるって言うの?」

「人を殺さないので」

「じゃあ、“あいつ殺してやる”って言ったことはあるでしょう」

「それはしょっちゅう」

「でも殺してないでしょう」

「当たり前だろ」

「“殺してやる”っていったから容疑者にするなんて日本の警察は大丈夫ですか?」

「でも、動機もあるし」

「人は嘘をつくの。特に大事なことに関しては」

「じゃあ誰が怪しいと思うんだ?」

「一番殺さなさそうな相手が犯人。私がシナリオを書くならそうする」

「例えば?」

「第一発見者」

「え、母親?」

「彼女なら飲み物に毒を入れることも簡単でしょ」

「ヒドイこと言うな。なんで娘を」

「世の中には子供を殺す親なんていくらでも」

「マネージャーやってるんだし、娘が死んだら困るだろ」


莉音は溶けたアイスクリームをあんこにかけてそれを一口食べる。それから被害者の資料をまじまじと見つめる。


「こんなのはどう。大女優になる夢が破れた彼女は娘に自分の夢を託した。しかし、自分が叶えられなかったことを次々と実現していく娘に対して嫉妬の念を抱くようになった」

「自分の娘にか?」

「役者というの自己中心的な生き物なの。娘の成功よりも自分のプライドを優先してもおかしくない」

「役者に恨みでもあるのかよ?」

「とにかく、彼女はその嫉妬を抑え続けて、なんとか娘のマネージャーを続けていた。しかし、そんな彼女の心の均衡が壊れる出来事が起こる」

「なにが?」

「雅美さんが内山田監督の映画の主演に抜擢される」

「クールファイブの?」

「内山田洋じゃないよ!!藤本いくつなの?巨匠だよ。世界の内山田監督知らないの?」

「面目ない……」

「“七人の門”とか“砦茶屋三人娘”とかの監督」

「ああ、聞いたことある。見たことないけど」

「まあいいよ、その巨匠の映画に出ることが彼女の夢だった。でも叶うことがなかった。それなのにデビューしたばかりの娘が簡単にその夢を実現させてしまった」

「でも、それ莉音の創作だろ」


ハッとして雅美さんのプロフィールを見直す。

そこには大きく“内山田監督新作主演決定”と書かれている。

ホント莉音の観察力はスゴイ。


「母親の夢が内山田監督の映画に出ることだったというのは私の創作だよ。でもありえそうな話でしょう」

「だけど、娘が成功する姿を見ること自分の夢だって」

「それも“予告”だよ」

「え?」

「言ったでしょう。人は言った通りには行動しない。嘘をつく生き物だって」

「動機はそうだったとして、なぜ楽屋で殺したんだ。それも撮影中に」

「何かキッカケがあったかもしれない。嫉妬が殺意に膨れ上がって彼女は毒を入手した。でも娘への愛も心に共存していてなかなか実行には移せない」

「そんな危険なもの持ち歩くかね」

「必要だったんだよ、心の均衡を保つには。いつでも殺せる状況を作ることで、彼女は自分の殺意を抑えていた」

「なんか怖いな」

「犯行当日、娘と内山田監督の新作映画の話を親子でしていた。その時に雅美さんは殺害のトリガーになるあることを母親に言ってしまう」

「あること?」

「何か犯行の後押しをしてしまうこと、例えば……」

「例えば?」


莉音は手持ちのノートパソコンで何かを入力し始める。

数分後、入力が終わったのか、ノートパソコンの画面を俺の方に向ける。


「こんな会話があったんじゃない」


画面には今書かれたばかりのシナリオが映っている


●楽屋(室内)

   雅美と母親が仕事の打ち合わせをしている。

母親「内山田監督の映画だけど、クランクイン7月に決まったから」

雅美「ママ、監督のファンだったよね。ちょい役で出演出来るように監督に

頼んであげようか」

雅美の発言に動揺する母親

雅美「私が娘で良かったねー」

母親「そ、そんなことは良いから、ちゃんとセリフ覚えるのよ」

   母親、立ち上がりケイタリングが置いてあるテーブルに向かっておぼつかな

   い足取りで歩いていく。

母親「なんか飲む?」

雅美「コーヒーちょうだい、なんか今日は眠気が覚めないんだよね」

   母親、ポケットから粉薬の袋を取り出し、中身を紙コップに入れる。

   そして、その上からコーヒーを注ぎ、更にミルクと砂糖を入れて丁寧に混ぜ

   る。

   それを雅美のところに持っていく。

母親「ちょっと濃い目にしたから苦いかもしれないけど、これで目が覚めるよ」

   雅美、受け取ったコーヒーをぐっと一口飲む。

雅美「ホントだちょっとニガ、うっ、なに、これ」

   雅美、突然苦しみ始める。

   それを不敵笑みを浮かべながら見守る母親。


まるでその場にいたかのように再現シナリオを一瞬で書き上げる。

やはり莉音はスゴイ。


「毒殺の流れは分かったけど、何がキッカケだったんだ?」

「分からないの?雅美のひと言だよ」

「映画に出してもらえるように頼むなんて、優しい娘じゃないか」

「藤本は役者ってものを全く分かっていない」

「残念ながら周りにいないので」

「役者にとって、娘のバーターで映画に出ることがどんなに屈辱的なことか」

「バーター?」

「抱き合わせ出演のこと。よくあるでしょう、主演女優の事務所の他の俳優が脇役で出てくるの」

「そうなのか?」

「恐らく母親はかなりプライドが高かったんだろうね。娘に情けをかけられたことが許せなかった」

「それで思わず毒を」

「突発的な犯行だったんだと思う」


莉音の話は突拍子もない。でも筋は通っている気がした。


「分かった。この線でも一応調べてみる」

「いつも言ってるけど、これはあくまで私の創作。真実かどうかは保障しない」


でも、莉音の創作はよく当たる。莉音のおかげで解決した事件は後を絶たない。


早速裏取り捜査を始めると、ビックリするくらい莉音の読み通りだった。

推理を母親にぶつけたらあっさりと自白した。

動機も犯行のキッカケも莉音のシナリオ通りだった。

あいつは一体何者なんだ?


後日、事件の報告するために純喫茶に行った。

莉音はいつもの席でこれまたいつものクリームあんみつを食べている。

確認も取らずに目の前の席に座る。


「創作の通りだった」


莉音はけだるそうに顔を上げる。


「藤本か」

「あめでとう。今回も創作的中だな」

「おめでたくないでしょ」


莉音は露骨に不機嫌な顔になる。


「母親が娘を殺すなんて、シナリオの世界の出来事だけにして欲しいもんだね」

「……そうだな」


そんなこと分かっている。でも莉音のおかげで無事解決したから誉めてやったのに。


「たまには人が死なない事件を持ってきてください」

「難しいな、俺警視庁捜査一課所属だから」

「藤本って確か警察官僚の息子でしかもキャリアでしょ。なんでそんな野蛮な現場仕事してるの?」

「野蛮って」

「もっと楽な管理系の仕事すれば良いじゃん」

「ずっと希望していて、コネもフル動員してやっと配属されたんだよ。」

「なんでまた?」

「刑事と言えばやっぱり捜査一課だろ。小さい頃からドラマ見て憧れてたんだよ」

「意外とミーハーなんだね」


本当の理由は違うけど、重くて引かれるから人には話さない。


「で、今は何の事件担当してるの?」

「今回は犯人も捕まっているから莉音の力を借りる必要はないよ」

「良いじゃん、教えてよ。いつも助けてるんだから」

「そう言われるとな……」


あんまり良くはないけど、莉音に今担当している事件の概要を説明する。

話を聞いた後、しばらく莉音は考え込む。


「なにか気になることでもあるのか?」


莉音は溶けたアイスクリームをあんこにかけて、それを一口食べると、おもむろに口を開いた。


「逮捕された犯人、冤罪かもしれないね」

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