終末、二人きりのデートを君と。
めの。
第1話
「ねえ高橋、土曜日暇?」
クラスメイトの安藤とまともに会話したのは、それが二度目のことだった。
「彗星、見に行こうよ」
誘われたのは、終末のデート。
◇ ◇ ◇
終末の土曜日、待ち合わせ場所は駅の時計台。10分前くらいでいいかと家を出れば、安藤はすでにそこにいた。
「あは、おっそ!」
駅前はいつもと違って閑散としていたが、歯を見せて笑う安藤はいつもどおりだった。その様子に少し安心する。
「あんまり遅いから来ないかと思った」
「今度は15分前に来るよ」
「今度があるんだ」
ふぅん、と興味もなさげに言う。
「なんだ、期待したのに」
「期待するなし」
あまり話したこともないクラスメイトを、わざわざ終末に誘う理由でもあるかと思っていたんだが。期待外れではあるが、大方の予想通り告白というわけではないようだ。まあ、告白ならもうちょっとステップを踏むものだろう。
「まあ、せっかく出かけるんだから何か面白いことでもあるんだろ」
「期待もハードルも高すぎ」
くっくと喉を鳴らして笑う。どうするかな。
「それ、やめてもいいよ」
きょとんとした顔をする安藤に続ける。
「俺しかいないし、気を遣わなくていいから」
よく笑う子だな、とは思っていた。そして、安藤が別に笑いたいわけでもないのに、いつも笑っているのも知っていた。安藤は、みんなのために笑っていただけだから。
「知ってる感キッモ」
髪をいじりながら吐き出される罵倒は、別に本気ではない。
「どこも開いてないし、もう行こっか」
店の様子を伺うこともなく、言ってスタスタ歩き出す。
この世界には二人きりと、俺も安藤も知っているから。
◇ ◇ ◇
彗星がよく見えそうな場所。というほどでもないが、この高台ならそこそこには見えそうだ。実際、どれくらい見えるかは降ってこないと分からないけど。
「安藤、そろそろ教えてほしいんだけど」
「なんだい?」
ぼんやりと空を見たまま、消えてしまいそうな安藤にそのまま話しかける。
「ボタン、押したのか?」
想定内の質問だったのか、安藤はにんまりと笑う。
「うん、そう」
あのボタンを手で弄びながら。
事の発端は、数日前に遡る。
『高橋、これ何のボタンだと思う?』
クラスメイトの安藤とまともに話をしたのは、それが初めてのことだった。
『さあ、爆破スイッチとか?』
『最低』
面白味に欠けたのか、ブーイングまでされた。芸人じゃないんだからそこまで求めなくても。
『消したいと思った人を、消せるボタン』
言いながら、押すフリまでしてくれた。
『ビビらないんだ』
『まあ、どうせすぐ消えるし』
終末に彗星が衝突して、地球が終わりを迎える。そんな話をまともに信じているわけではないけれど。
『多分、今日の夜にでもアイツつまんないなってボタン押しちゃうんじゃないかな』
『そこまで無慈悲じゃないし』
言いながら、ボタンを鞄にしまう。割と乱雑に扱われている。
『来るべき時が来たら押してあげる』
いつ押すんだろうな、とは気になっていたが。
「昨日の夜、押したよ。みんな消えろって」
終末の土曜日。目が覚めると、誰もいなかった。あまりに誰もいないと現実感がなくなるのか、普通に歯を磨いて、朝ご飯を食べて、服選びに難航して、待ち合わせ場所まで歩いてきた。
「消えてないんだけど」
「なんでだろうね」
理由なんてこちらに聞かれても分からない。
「なんでだろうね」
安藤にしか、分からないのだから。
「高橋さ。ずっと私のこと見てたでしょ」
いつも笑顔の安藤は、いつもどこか辛そうに見えた。
「最初自惚れかなとも思ったけど、やっぱ見られてるなって。恋愛感情かどうかなんて分かんなかったけど。なんかくすぐったくて、ずっと変な感じだった」
それは、自分だけの勘違いではなかったようで。
「だから選んだの。絶対に私を傷つけないだろうから」
安藤が、クラスの女子からいじりのような虐めを受けている話を知ったのは、つい最近のことだった。
「好きでなくてもいいんだ。最期くらい、私を傷つけない人にそばにいてほしかっただけ」
家族にもなかなか言えず、誰にも縋れなかった彼女が行き着いたのは、気付くことも助けることもできなかった、ただ見ていただけのクラスメイト。
「恨んでる?」
寂しげな彼女の横顔は、ようやく見ることができた素の表情だった。
「恨むも何も」
この場合、どう言ったらいいのかは分からないが。
「そのボタンを君の机に置いたのは俺だから」
人を消すことのできるボタンだと、メモも残して。
「そっか」
安藤は目を瞑り、
「そっか」
だからだよ。そう付け足して、安藤は目を開ける。
「彗星ね。落ちるんだ。私がずっとそう願ってたから」
こんな世界消えてしまえ。そんなふうに、日々願っていたのだろう。
「お互い損だよね。願いが本当に叶えられるなら、もっと別のになれば良かったのに」
安藤を苦しめる人間なんて消えればいい。そんなふうに、俺が思っていたように。
「ボタン、こう使うとは思わなかった」
そう言われて、安藤は初めて笑みを見せる。
「私も思わなかった。もっと、復讐とか考えるのかと思った」
終わりが見えていなければ、彼女はそうしたのかもしれない。
「みんなが慌てふためいて死んでいく姿を見たくなかったっていうのと、最期の日くらい、ちゃんと話せたらってわがまま。それだけ」
それだけではなく、きっと、みんなが彗星で死ぬなんて思いもしないまま消える方が幸せかもしれない、なんてことも考えたのだろう。
口に出すと偽善になるから、きっと彼女は言わない。世界なんて滅んでしまえと思っていたくせに。
「もういいかな。来るべき時は来たから」
もうすぐ、なんだろう。結局、心中するでもなく、彼女は一人で世界の終わりを見届けようとしていた。そんな彼女を、
「なっ、え? あ、返して!」
「元々は俺のだから」
押し倒して、ボタンを奪い取る。
「好きだから見てた。それだけだよ」
もっと早く言えば、何か変わっただろうか。
「待って! だめ!」
何も変わらないかもしれない。それでも、何かを変えられると信じて。
俺は躊躇いなく、ボタンを押した。
◇ ◇ ◇
「聞いてない」
頬を膨らませている彼女には、確かに言っていなかった。
「大体のものには、リセットボタンが備わっているものだよ」
「でも聞いてない」
つまりは、全てがリセットされた。消えた人もいない。滅亡を彼女が願わなくなったことで、地球は今日もこうして回っている。
「まあ、別に何かが変わったわけじゃないし」
虐めがなくなったわけでもない。何も解決していない世界に戻ってきただけだ。
「変えてくれるんでしょ」
言って、安藤は笑う。
「今度は、15分前に来てね」
誘われたのは、週末のデート。
終末、二人きりのデートを君と。 めの。 @menoshimane
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