或る学園の舞台裏

二月三十日

第1話

 さわりたくなるような艶のある黒髪。

 なで肩だけど、すらりとした体型。

 白くて細い指はそっとページをめくる。

 私は、図書館の隅に座る彼を、遠巻きに見ていた。

 

 副会長『綾瀬 響(あやせ ひびき)』

 

 この学校を牛耳っていると噂されている。

 他にも色々あったな……と、私は机の上にあった参考書を斜め読みしながら考え始めた。

 例えば、理事長だとか、名字の違う兄妹がいるとか、実は女だとか……。

 むしろ、どこからそんな噂が出るのか?

 全部デマだろう。

 多分、彼の悪友たちが面白がって広めているに違いない。

 それを信じる生徒も生徒だけど。

 もう一度、見ようと本から目を放した瞬間、目の前に彼がいた。

「さっきから、僕を見ているようだけど何かようかな?」

 菫色の瞳が私を捕らえる。

 まあ、見ていた事は確かだが、彼に興味を持っていた理由は、その手にもっている本であった。

「……さっき、読んでいた本。どうでした?」

「そうだね……意外性は無かったけど心に引っかかった部分はあったね」

「そう」

 素っ気なく返事を返した。

 副会長の心に引っかかる部分は気になるが、聞きたくない気持ちもあったからだ。

「ねえ、君はなぜ、ここにいるのかい?」

 生徒が図書館いるのはおかしくない。

 そう、休み時間であれば……。

「教室で勉強しているより楽しいんです。副会長こそ、三時間目からサボって本を読んでいたじゃないですか」

「まあね」

 ちょうどチャイムが鳴り、副会長は立ち上がる。

「音鳴さん、お昼は?」

「水曜はAランチです」

 Aランチ……レタスとオニオンサラダに茄子とベーコンのトマトソースパスタ。

 眉を寄せ、怪訝な顔をした副会長が少し可愛く思え、つい頬が緩む。

 参考書を閉じ、眼鏡をケースにしまった。

「そう言えば……先程、生徒会長の弟から連絡が回ってきて、副会長を見つけたら、食事返上で書類を手伝って欲しいとメールがきていましたよ」

嘘をついていないことを確認させるため、携帯を見せる。

 副会長は画面を見て額に手を当てた。

 何でも、会長の恋人である書記がよく介入して、書類のダメだしして、めちゃくちゃにするらしい。

「ちなみに、返信済みです。どうします?」

「決まっているだろう」

 副会長は私の鞄を持ち、古めかしいドアノブに手をかけた。

「逃げるとするよ。情報源と共に」

 微笑みながらそう言うが、どう考えてもお昼休み中、私を拘束させるみたいだ。

 Aランチが犠牲になることは確かだ……。

「それは、私にとって何か利益になる事でもありますか?」

「そうだね……」

 そう言って薄く笑う副会長。

「前に、君が提案していたことを、実現させようか?」

 それは私の苦手とする数学の方程式を、軽々と解くように副会長は言った。

 副会長の言葉は、私の胸を躍らせていた。

 

「さっ、どうぞ」

 鍵を開け、副会長は私を放って教室に入る。

 ちなみに使われていない音楽準備室。

 教室には埃のかぶった楽器ケースが沢山あった。

 これでも昔、音楽をやっていたので湿気と埃で、環境が悪いな……と、思いながら副会長を見やる。

 副会長は窓を開け、ピアノの椅子に座り、持ってきた食べ物に手を付け始める。

 私も、おなかが空いていたので、購買で買って来たトマト&レタスのサンドイッチを食べる。

「ねえ、音鳴さん……それは僕に対する挑戦状?」

「いいえ、定期的にトマト食べないと気がすまないので」

 だから水曜日はAランチなんです……と、私は微笑んだ。

 信じられないとばかりに眉を寄せながら私を見る。

 そして黙って食事を再開する副会長。

うん、食べ物の好き嫌いを人に押し付けないからいいや。

「……あっ奏斗から電話だ」

 生徒会長の双子の弟であり、庶務の『楪 奏斗(ゆずりは かなと)』だ。

彼とはよく話をすることが多い。

 それは親友である『菅野 琴美(かんのことみ)』が会計をやっているので、話して見ると口は悪いが以外といい奴だったからだ。

『調っ! 今、ドコにいるんだよっ! 教えてもらった場所に副会長いねぇーじゃねぇかっ』

「あー現在、誘拐されています」

 はあっ? と、受話器から聞こえてきたがそれに答えようとしたが……。

「誘拐って、合意の上だと思うけど?」

 いい笑顔で副会長は携帯を取り上げる。

『おいっ、副会長いるのかっ! オレを助け……』

 ツーツーと、携帯から無常な音が聞こえてくる。

「はあ、電話に出ないで欲しいな」

「電話、メールはするなと、約束して無かったと思いますけど?」

「まったく……約束守らないよ?」

 副会長は脅してきたが、私はケロリとしていた。

「それなら、これからは奏斗に全面的に味方しますよ?」

 意地の悪い事を言われ、困るのはそっちだと言わんばかりに言ってやった。

「はあ、冗談だよ」

 諦めたのか、携帯を返してくれた。

 勿論、電源を落されていたが……。

「それで、君のお願いはあの件だよね」

 副会長はピアノの上で頬杖ついて、話しかけてきた。

「来月行われる舞踏会を中止と言う事だね」

「そうです。私はどうでもいい行事なんて参加したくありませんから」

 紅茶の紙パックを潰す勢いで語った。

 私はダンスが苦手だ。

 特に異性と踊るなんてもっての他だ。

 奏斗と踊るのはいいが、奏斗は琴美と踊るらしい。

 なら私は誰と踊ればいい?

 ただでさえコミュ力無いのに……。

「まあ、これは学園長主催だから覆す事は出来ないけれど、君の案件次第で何とかして見せようか」

「資料は琴美に渡しております。たぶんそろそろ生徒会長が目を通していると思われますが……」

 そう言うと眉を寄せながら副会長は電話をかける。

 たぶん生徒会長『楪 拓斗(ゆずりは たくと)』にでもかけているのだろう。

「拓斗さん、管野さんから書類……えっ新条さんが勝手に判子押したって! それで内容は……はっ? 何それ意味分からない」

 でた! 生徒会長の恋人の必殺ごり押し。

生徒会長の恋人『新条 神楽(しんじょう かぐら)』は、理事長の娘でもある。

 しかも理事長はノリがよく、私の案件は通るだろうなと思いながら、話を聞いていた。

「……ねえ、それ破ってもいい?」

『ダメに決まっているだろう。ああ、もういい今すぐ来いっ! 舞踏会の事について会議する』

 携帯を切る音が聞こえ副会長は人を殺すような目で私に言った。

「覚えていろよ」

「副会長、口調悪くなっていますよ」

 副会長は何も言わずそのまま、教室を出て行った。

 

 副会長と別れた後、私はある人物を探している。

『水無月 梨音(みなづき りおん)』というツンデレ男子生徒。

 その人とはある理由で仲良くさせて貰っているのだ。

 食堂を見て回ったが、いなかったのでたぶん裏庭であの人と戦利品の交換でもしているのだろう。

 裏庭に行くと、背が凸凹なコンビを見つける。

 ちなみに小さい方が水無月君だ。

 背の高い不良男子生徒は私と目が合って、手を上げる。

「よう、音鳴。今日も買ったぜ!」

『如月 三弦(きさらぎ みつる)』という長髪の不良男子。

 名前をそのまま読むと女みたいな名前なので『三弦(さんげん)』と読んでいる。

 むしろ呼ばされている。

三弦さんにシュープリンパンと名前がついたパンを見せられた。

しかも三個持っている。

「三弦! お前が三つも買うから僕は二つしか買えなかったぞ!」

 水無月くんは怒っており、シュープリンパンの袋を開けて、ほお張り始めた。

 三弦さんも袋を開け食べ始めた。

 そして二人は一斉に私の方に手を出した。

「いつもありがとう」

「別に、集めてないし。それにお前が買い占めると言う暴挙をしなければこっちもいいし」

「そうだな。僕もあの時は膝から崩れ落ちてしまった」

 この二人とであった事を思いだす。

 私は、ある物を集めている。

 パンについているシールだ。

 シールを集めてシートに張って、全部埋まったときの至福感は誰にどう伝えようか。

 まあ、一種の趣味だ。

 食堂に売っているパンを片っ端から買占め、それを一週間続けた。

 その日も、パンを買おうとして、昼休み前に購買に向かうとものすごく不機嫌な二人と出会った。

 不良で有名な三弦さんならともかく、女子に人気の優等生の水無月くんがいた時は、どうして授業をサボっているのだろうかと思いつつパンを買い占めた。

 すると、二人が一斉に私の肩をつかむ。

「「お前か!」」

「はっ? なんですか」

「お前が買い占めるせいで、俺はシュープリンパンが食えなくて嘆いていたんだぞ!」

「僕もだ。ああ、あのさくっとしてとろりとした濃厚のプリンの味が一週間も味わえなかったんだぞ!」

 話を聞いていたら二人は大の甘い物好きで毎日のようにシュープリンのパンを買っていたらしい。

 しかもそのパンは人気で限定五個しか手に入れられないと言われている幻のパンだといわれている。

 学園内では。

「そのパンをどうするんだ! 食いきれるわけ無いだろ!」

 手に提げている袋の中には三十個くらいパンが入っている。

「ああ、友達や家族にくばっていますよ? もう家族がパン飽きたと言っているくらいですし」

「はあ! なら俺たちにくれっ」

「そうだ! シュープリンパンよこせ」

「別にいいですよ。食べないし」

 そう言って私はパンを渡す。

「あっ、シールだけは下さい」

 シールを剥がす二人からもらうとそのまま立ち去ろうとした。

「お、お前。このパンの代金!」

「あ、いりません。あげた物なので」

「僕に恩を着せる気か!」

 水無月くんは私を睨み付けてお金を渡そうとした。

 いらないといっているのに。

「じゃあ、こうしましょう。これから、あなたたちはシールを集めますよね? それを、下さい」

 とまあ、このように協力関係になり、私たちは集まって甘い物を食べたりするようになるほど仲良くなった。

「そういや、お前。管野が探していたぞ」

「そういえば生徒会長の弟も」

「たぶん、あの一件だろうね」

 そう言って私はニヤリと笑った。

 二人の顔を見たら、また何かとんでもない事を企んでいると言う顔だった。

 生徒会室では副会長が珍しく怒鳴り声を上げていた。

 

 放課後、親友の琴美と一緒に帰るため、教室で宿題をしていると、笑い声が聞こえてきたのでノートを閉じ、身支度を始める。

「会議、意外と早かったね」

「おー調。何とかごり押しできたよ。まっ副会長は随分ご立腹でしたけどね」

 琴美は机の上に座り、買ってきたいちごミルクを飲み始める。

「琴美。行儀悪い」

「はいはい。ったく、奏斗のやつに仕事を押し付けてきたのはいいけれど、生徒会で色々と準備しなくてはいけなくなったし」

「あー、衣装?」

「それよ、それ! また生徒会長の恋人が介入して来て『衣装はわたくしが選びますわ』とかいいだしてさ。何ていうかほら、あの古い少女マンガに出てくるような衣装を選び始めたのよ」

 琴美は愚痴をいいながら、スケッチブックに描いたラフデザインを見ていた。

 視界の端に入ったけれど、あれはないと思いながら話しの続きを聞きだす。

「まあ、衣装作る身としたら、デザインは多少変えてもいいって言ってくれたし」

 多少ね……とそう言ったが、たぶん琴美は全て変えるだろう。

 そして、新条さんに有無を言わせず、その衣装で通すだろう。

「ちなみに副会長の意見は取り入れてないから。その点楽しみにしていてね」

 あの副会長の意見を入れないとは、いい性格の親友だと思う。

 まあ、私もだが。

「まさか、あの案件が通るとわね……楽しみだわ」

 琴美が不気味に笑いながらこの生徒会に入っていてよかったーと叫んでいた。

「ちなみに、生徒の方はどうなるの?」

「あー、副会長がどーしてもっていうから、全校生徒も例のアレになっちゃうよ」

 私は身近にいる男子生徒で想像してみて少しだけ吹きだした。

「んーご愁傷さま?」

「まあ、楽しければそれでいいんじゃないかな?」

 少し、愉悦を含んだ言葉の中に、本気の怒りを感じる。

 さてさて、無事舞踏会は開かれるか。

 まだ何が裏で考えている副会長を見て私は遠い目をした。

 


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