いつもの放課後

二月三十日

第1話

 埃くさい教室で、あーだこーだと頭を抱えている青年がいる。

 学ランパーカーにヘッドホン。

 寝癖の付いている深い黒髪。

 それとお揃いのようにマニキュアも塗っておしゃれもぬかりない。

「あーっ! 歌詞がまとまんない!」

 破く音と共に、紙で出来た雪が教室に舞う。

 そして、遺書のようにそこらにあった紙に書き殴る。

 

『燃料切れた……アイス食べたい。ハーゲンダッツのラムレーズンが食べたい……By KAI』

 

うつぶせになり、ふてくされた。

「ありゃーカイ兄が癇癪起こしてる」

「まあ、わからんでもないが」

 差し入れを持ってきたポニーテールの似合う美青年の実と、背の低いあどけない顔をした少年、渚がせっせと、散らばった紙をかき集める。

「つーかカイ兄……この歌詞ないわー」

 破き損ねた紙に書かれた歌詞を見て、目を見開く渚は、読みあげるのも恥ずかしいと隣にいた実に突き付ける。

「さすがにないな、これは」

「実、そんなこと言うなよー。オレに歌詞センスないのはわかってたじゃん」

 ぶーぶーと夏衣は文句をたれ、渚の持ってきた差し入れのパピコを取り、いそいそと食べ始める。

 眉を寄せた実は、紙をぺしぺしと夏衣の頭に叩きつけた。

「だが、『あ・あ・あいすえおー、な・な・ナイスなバナナ』とか意味不明だ」

「好きな物で埋めるなし。ていうかカイ兄、これは俺でもさすがにフォロー出来ない」

「オレに歌詞センスを求めるなー」

 パピコを加え、文句を言い始める夏衣は、なぜこんな事になったか数日前に起こった事思い出す。

「えっ由紀ちゃん、学際出るの!」

「えへへ、そうなんだー。美冬姉さんと里奈さんと凛ちゃんで出るんだよ」

「へ、へーそうなんだ」

 そのメンバーさすがにすごいなーと思ってしまう。

 後輩の由紀は、ポップスに長けていて作る曲は万人受けするものばかり。

 凛の歌声は、パワフルで聞くものを唸らす。

 しっとりとバラードを歌う里奈は英語も長けていて、美冬は……言わずともわかるだろう。

「そ、それでね。今回歌詞書けなくて……ごめんなさいっ! がんばってスケジュール組んだんだけどっやっぱり無理で!」

「ああ、いいよ。俺が何とかするよ」

 むろん、それは嘘だ。

とりあえず、渚か実に書かせようと思った矢先。

「カイ兄が書く曲、聞きたい。私、応援しているよ」

「あ、ああ。オレ、がんばるから」

 キラキラとした眼差しで見てくる由紀に耐えられなくて、そのまま答えてしまった。

「ったく、由紀姉にいい所見せようとするからだよ。ホント、分不相応に欲しいんですけど」

「まったくだ。我たちに断り無く決めた報いだ。しっかりがんばれ」

 パピコの片割れを掴み、実は去っていく。渚は渚で買ってきたビニール袋を持って帰ろうとしてる。

「ちょ、ちょっとー、二人とも見捨てないでー。あ、あとハーゲンダッツのラムレーズンとリッチミルク買って来てぇぇぇえええ」

 パシッと扉が閉められた。

 そして、廊下に響く二人の声がだんだん遠ざかって行く。

「く、くそう。いいもん。二人にぎゃふんと言わせる歌詞作って見せる」

 アイスを持ち去られてしまい、燃料不足な夏衣は未練がましくパピコの蓋をかじる。

 そして、夏衣の頭の中で出来上がった歌詞を見せる光景が広がる。

『はっはっはー。どうだっこの名曲! オレが作った歌詞なんだぞっ!』

『くそっ、カイ兄がこんなにいい曲を作るなんて……』

『見事だ』

『図が高いそこに直れー。はーはっはっは!』

 腰に手を当て、ふんぞり返っている夏衣は実に偉そうだった。

「……あ、そんな妄想より歌詞だ、歌詞」

 そう言っても、歌詞なんてすぐに出来るわけない。

 何か思いつくものでも考えよう。

「えっと、今、放課後で夕陽がさしてる」

 すらすらっと書き始める。

 頬杖を突きながら色々と聞こえてくるもの、見えるもの周りを気にしながら書き溜めて行く。

 書かれている言葉は単刀直入だが、実にいい考え方だと思う。

「部活の声が聞こえて、男共の気合の入った声が……むーいかんせん、むさ苦しいなこれは……」

 教室を、ぐるりと見渡す。

 前の席の子は置き勉しているし、横を見ると落書きだらけの机。

 ロッカーの扉は開かれモップが倒れている。

 そんな事を書いていると、廊下で話し声が聞こえた。

「えーマジ、実くんのこと好きなの!」

「しーってば!」

 今聞こえてはいけないことが聞こえた。

 独り身の夏衣には辛い話だ。

 あの実は、ファンが多い。

 無論、ファンクラブと言うものが存在している。

 女子生徒から異様にモテて羨ましいぐらいだ。

「でも、私は渚君がいいなー」

「渚君、可愛いよね」

 そう、渚も人気がある。

 可愛いと言われ、年上の先輩から人気あるのだ。

 渚は弟だ。

 しかし、あいつがどんな小悪魔か夏衣は知っている。

「今度の学際、楽しみだねー」

「そうだね!」

 そういって女子生徒たちは去っていった。

「くそーお、オレもモテたい!」

 さっきの出来事を紙にかき殴り集中して、色々な事を書き出した。

「でも、一番は夏衣君だよね」

「うん、わかる。アイスあげるとすごく喜んでくれるけど、勉強中はキリッとしていてかっこいいもん!」

 モテていないと思っているのは夏衣だけだった。

 

「あーこんな感じかなっと」

 随分かき込んで、下校時間が来た。いそいそと片付ける準備をしている先生がやってきた。

「夏衣君、鍵閉めるから帰りなさい」

「わかってますってば!」

 ガサガサと筆記用具を筆箱を片付ける。

「よし、先生もう大丈夫ですよー」

「はいはいっと、昇降口で実君と渚君が待ってたよ早く行ってあげなさい」

 二人とも待ってくれたんだ――そう思うと夏衣は嬉しくなって来た。

『帰りは、皆でハーゲンダッツに行こう。絶対ラムレーズンを食べるんだ』

 教室から出て、昇降口へ向かう。

 大切な二人の影が見えてくるのはもう少し。

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いつもの放課後 二月三十日 @nisanzyu

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