モラハラ婚約者のせいで心を壊した令嬢は…

うさこ

エリ


「君には赤は似合わない。青のドレスを着なさい」


「君の趣味は僕は好きになれない。土いじりはもうやめてほしい」


「君は食事の量が多すぎじゃないか? 食べ盛り? 言い訳は僕は好きじゃない。わがまま言わないで僕の言う事を聞いて」


「買い食い? お菓子なんて食べてはだめだ。もっと健康に気を使いなさい……はぁ……」


「冒険活劇の本がほしい? 活字なら何でもいい? 君に娯楽は必要ない、無駄な知識もいらない。ただ、僕のそばで着飾ってくれればいい。…君ももう17歳なんだからいい加減大人になってくれ。それでも僕の婚約者なのか? 欠陥品を押しつけられた気分だ……」


 言葉は《ひにく》トゲのように私の心に突き刺さる。決して抜けないトゲ。抜けたとしても何かがなくなる。


 大好きだったガーデニング。いつしか嫌悪の象徴になっていた。


 大好きだった赤は否定されて嫌いになった。


 大好きだったお菓子も本も料理も……何もかも嫌いになった。


 心がきゅっとするたび、私は誰にもらったかわからない石を握りしめる。

 ……何も変わらない、でも、心を落ち着かせる事ができた。





 私は男爵令嬢のエリ・モンクレール17歳。

 私の全てを否定するのは、幼馴染である子爵子息のツカサ・セドリック17歳。

 もうひとり幼馴染がいたけど、幼い頃死別した。


 ずっと幼い頃から一緒。物心付く前から決められた婚約。

 恋愛感情も何も覚える前に一緒にいることを家から決めつけられる。


 私はそのことに疑問を思っていなかった。


 優しいと思った事もない。

 好きと思った事もない。

 私にとってツカサは……私を否定する人。


 他人の事を想うってどうな感情なんだろう?

 人を好きになるって、家族を好きになるってどんな感情なんだろう?


 両親にも姉にも兄にも、なんの感情が抱けない。

 ただ一緒に住んでいるだけの人たち。

 私を養ってくれる人たち。


 嬉しいってなんだろう? 悲しいってなんだろう? なんで人は怒るんだろ?


 子どもの頃は知っていたはずなのに、もう、わからないよ……。


 私――ツカサが言ったとおり、欠陥品なのかな……。

 また、石を握りしめた。




 ****




「ツカサが婚約破棄したって聞いたか?」


「ああ、何でも伯爵家のタリア令嬢と親しくなって……」


「……んだよそれ、エリさんが可哀想じゃねえか。あんなに必死になってツカサの言う事を聞いていたのに……」


「まあな、でも貴族の世界ではよくある事だろ? 正直、男爵家と結婚しても、な。お前も同情だけで近づこうとすんなよ」


「わ、わかってる。俺には愛する婚約者がいるんだからな」



 貴族学園高等部。私は一人でぼうっとしていた。何も考えていない。

 婚約破棄は先週言われたけど、正直どうでも良かった。

『……すまない、エリ。俺と婚約破棄をしてくれ』

『それが命令なら私は頷くだけです』

 というやり取りがあったというだけのこと。


 私にとってどうでもいい。世界は相変わらず白黒で、料理は味がしない。目的もなく生きているだけの人間。


 父から言われたのは『……まさかここまで役立たずだったとは。……ふむ、ならば……、今年の生贄に……、協会に売り込むために――」


 私にはよく理解できなかった。別にどうでもいい。ただ言われた事をすればいい。

 ツカサとの婚約と同じ。

 この学園に通っているのと同じ。


 ――きゅるるぅぅぅ。


 お腹が鳴った。昼食の時間だ。あたしはアーモンドを一粒だけ食べる。食べ過ぎる私に昼食はアーモンド1粒だけ食べろ、と命令したツカサ。


 ……やっぱり味がしない。まるで私の人生みたい。




 ***




「エリ、これを食べろっ」


「いえ、結構です。それは言われたことがありません」


 最近、何故かツカサが私の近くにいる。わたしたちはもう婚約していないから関わる必要がないのに。


「ほ、ほら、お前が好きだった冒険活劇の本だ。帝都に行って最新のものを買ってきてやったぞ」


「……すみません、興味ないです」


 ツカサはその後も、私の机に植木を持ってきたり、真っ赤な洋服を持ってきたりした。

 正直、何がしたいかよくわからない。

 本当にどうでもいい。


 私は来月、生贄として零泊山の神様にお供えされるんだから。




「ぷっ、見てみてツカサがエリにアプローチしてるよ。伯爵令嬢に振られちゃったしね」

「侯爵子息、公爵子息、第二皇子やあの辺境伯の息子もエリの事が気になってるみたいだし」

「あれでしょ、なんかみんな色んなところでエリと関わってすっごい冒険したみたいなんだよね」

「ああ、新聞でみたよ。……エリはなんとも思ってなさそうだけど、あいつらうちのクラスに編入して……」


 そういえば最近は色々忙しかったような気がする。

 ただ、全部全部どうでもいい事。





 ****





 零泊山の生贄はキャンセルできない。

 なぜなら神に記しを付けられているからだ。


 私がいかなければ神が大暴れして帝都を壊す。


 うん、どうでもいいけど、人が死ぬのは……嫌な気がする。




 そして、私は冒険者ギルドから派遣された護衛と出会う。


 何故か私は石を強く握りしめた。


 心臓がドクンドクンと跳ね上がる。


 顔も身体も傷だらけの少年。今までの人生がとても大変だった事を物語っている。



「……なあ、俺達は会ったことあるか? ……す、すまない、これでは変なナンパと変わらんな」


「クスッ、変な人ですね。私、あなたの事全然知りませんよ。でも……」


 あれ? 私、今笑った?

 傷だらけの少年は私から顔を逸らして苦笑いをしていた。


「自己紹介、私はエリ・モンクレール」


「……俺はリュウセイだ。色々あって記憶がなくてな。なに、伊達にA級冒険者じゃない。……エリか、短い間だがよろしく頼むぞ」


 ほっぺが持ち上がっているのがわかった。私、やっぱり笑っているんだ。


「あっ……」


 その時、手の中で握っていた石が砕け散った。

 飛散した石の粒子が光になって私の周りに漂う。


 そして――



「ああっ――」




 世界に色がついた。


 苦しい、悔しい、悲しい――でも、嬉しい、何に? この人に出会えた事? わからない。


 ただ、胸がきゅうっと締め付けられる。


 だから、私は決めた。



 背筋を伸ばし、顔を上げ、目に力を入れる。



「リュウセイさん、私は生贄です。……もしも私がその役目を全うしなかったらあなたはどうするの?」


 リュウセイさんは即答した。

 本来なら護衛件監視役。



「――全力で君が生き残る方法を探す。俺が死んでも、だ。……ん? 俺は何を言ってるんだ? いや、そ、それは帝都を敵に回すって事だろ!?」


「うん、ありがとう。なら、行きましょう!」



 私達が向かう馬車。



 何故か見知った顔の皇子様や公爵子息様方がいらっしゃるけど、気にしない。



 だって、私、嬉しいんだから。



 嬉しいっていう感情が……わかるんだから――










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