くねくね

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秋の鬱

「暗くなる前に帰りなさい。畑を見ちゃ駄目よ」

小さい頃、父方の祖母の家へ家族で遊びに行っていた。いつも帰り際に言われた、聞きなれたことばをこの祖母の葬式の場でなぜか思い出していた。岩手の山岳に住む祖母とは小学4年に父の仕事の都合で仙台へ引っ越してから、高校2年の今まで年に数回、お正月などの行事にしか会えていなかった。なんでも、くも膜下出血で倒れているところを祖父が発見し、病院についた頃には手遅れだったと聞いた。祖母が倒れたと聞いた木曜の夜、両親は台風が家の中を荒らしたように乱雑な準備を済ませ、仙台から祖母の病院へフルスピードで車を走らせた。午後9時を過ぎたころ、父の踏むアクセルは電話で祖父から祖母の訃報を聞いた途端、やけに弱く、先ほどの焦燥感とは打って変わって寂しく貧弱なマフラー音を僕は感じた。平日の午後10時過ぎのサービスエリアは閑散としていて、トイレへ向かう父の背中は小さく、矮小化されたように思う。

葬式までの数日間、僕は懐かしい田舎の田んぼ道を訳も理由もなく歩いた。学校はもちろん休んだし、両親も忌引きと有給でここに残ることにしたそうだ。田舎はいいと思う。空気がうまいし、何より都会の喧騒とは無関係でいれる。両親と祖父の待つあの家に帰る畑の道を通る夕方、夏と秋の境目で日が落ちるのも早くなっていた。祖母の畑をぼんやりと眺めて歩いていると、畑の隅に白い人型の物体が立っているのを発見した。本能で人ではないと察知できた。確かに人型ではある、がしかし、脳に語りかけてくるその白いくねくねする物体に生命の感覚を感じず、不気味な躍動を実感した。咄嗟に走り出し、追ってこないことを願いつつ記憶からあの化け物を追い出すよう意識した。玄関についた時、ふと祖母かもと思い振り返りそうになった。だが感じる。背後、背中に体を擦りつけるようにあの白い化け物がついてきているのを。視界の端に映る白い影を背に、固まってしまった。時間にして約1分、僕の背中は化け物と対峙していたと思う。もう恐怖や安い都市伝説等への畏怖を捨てて、ただイライラしていた。

「あああああああああああ」

本能で叫んだと思う。その瞬間、その白い塊は消えた。というより感覚的には下へ、地面へ、僕の影に吸い込まれたように思う。

 祖母の葬式から約一年経った秋、僕は変わったと思う、最近わかるようになったきがする。じぶんが自然にかえるのがわかる。白いばけものが夢に、げんじつに、でては消え、でてはきえ。このSOSの手紙も誰に届くのか。とにかくぼくの正常ないしきはほぼない。ただへやのすみでぼんやりしながら体がくねくねと踊り、もう一つの方のいしきがまんぞくするのを待つ毎にちである。

ああ、あああああ、、、ああああああああああああああああ。

意識せず聞いた最後のことばはあの夕方の僕の声のまんまだった。

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