第2話 犠牲
その独居老人が自宅近くの公園で変死体として発見されたのは、2月半ばの早朝だった。
両目を抉られ、両耳には深く割り箸が挿しこまれ、右腕の骨は粉砕されていた。発見時には既に心肺停止状態であり、病院で死亡が確認された。
犯人は二十代の青年だった。
老人の変死体が発見されたその日の昼には自首してきたのだ。
殺害方法が異常だったため、まず最初に怨恨による殺人が疑われた。特に腕や手の指の骨の破壊のされ方が凄まじかった。
警察が二人の関係を調べたところ、老人は八王子在住、犯人の青年は小樽在住であり、両者に接点は一切ないことが判明した。
マスコミ各社は、当初「無差別」「通り魔的犯行」「若者による弱者への犯行」として報じた。
コメンテーターは、犯人の青年が無職であることを知ると、原因を不景気と閉塞的な社会に求め、力を用いて若者が老人を痛めつける、「老人狩り」という文脈で解説を試みた。
青年は当初、動機について黙秘を貫いていたと報道されたが、後に「動機はない。当たり前のことをしただけだ」と発言したことがわかる。
これを受けてマスコミは「理由なき猟奇殺人」「Z世代の自分勝手な主張」と報じ、世間を不安にさせた。更には過去に存在した連続殺人者などを取り上げ、類似性に言及した。
その後の警察の取り調べで「ネットを見た」と供述が変わり、マスコミは一斉に闇バイトとの関連性を疑った。
青年はお金欲しさに闇バイトの元締めから指示を受け、老人を襲ったのではないかと推測された。今後も裕福な老人は狙われるから、用心するようにと、コメンテーターたちはしたり顔で解説をするようになる。
それは社会の在り方について無知な若者を叱りつける口調で、どの局も同じように報じ、しかしそれも、所詮、一週間後には忘れ去られる「番組の時間を埋めるためのニュース」として扱われた。
ところが、老人のジャンパーの懐には三十万円の大金が入っていることが調査の過程でわかる。男はそれに一切手を付けていなかったことも判明した。
それでも、マスコミは方向を変えようとせず、唯一判明しているとされた闇バイトの罪を伝え続けた。
ネットでも、この猟奇的な殺人に対する怒りが噴出した。
中には犯人である桧山青年を崇拝する者もいたが、大勢は「日本も海外のように治安が悪くなった」と嘆いていた。
しかし、死亡した老人の生前の顔写真が出回ると、今度は被害者の顔に注目が集まった。
「こいつ、二年前に中央線を止めてたジジイじゃね?」
そのようなコメントを付けられネットで拡散された投稿は、老人が中央線と思われる電車で、ドアが閉まるたびに右腕を挟んで電車を止めていた映像だった。
その老人こそが、今回の被害者沼津和夫だった。
その動画には、何度も発車のベルが鳴り、ドアが閉まるたびに腕を出して発車を妨害し、駅員に叱られても無表情で発車妨害を続ける沼津和夫の姿が映っていた。
ネットが盛り上がると同時に、沼津を裕福だが身寄りのない不幸な老人として擁護していたマスコミは口をつぐんだ。
裁判の結果、青年は無期懲役となった
ネットには「ゴミ老人を殺してくれてありがとう」といった投稿が溢れ、青年の減刑を求める声が相次いだ。
しかし、青年は満足そうな笑みを浮かべるだけで、上告せずに服役した。
沼津老人を殺害した青年、桧山義彦は、事件の数ヶ月前から東京で中央線を中心に駅で誰かを探しているところが監視カメラに映っている。それどころか、八王子駅構内で、何度も逡巡する姿が映し出されていた。
動機が不明のまま結審した裁判が再び話題になったのは、ある投稿に「いいね」をした人物による告白がきっかけだった。
事の真相が明らかになった。
あの日の中央線には、血相を変えた一人の女性が乗っていた。
シングルマザーの彼女には難病の娘がいて、保険適用外の薬で命をつないでいた。その費用を作るため、彼女は夜遅くまで働き、全てを治療費に注ぎ込んだ。それが親としてできる全てだと思い込み、寝たきりの娘に会う時間もなく……。
そんな彼女のもとに、病院から連絡が来た。
「容態が急変しました」と。
しかし乗り合わせた中央線は遅延し、結局、彼女は娘の最期に立ち会うことが叶わなかった。
──あの日、電車が遅延していなければ……。あと五分早く家を出ていれば……。
泣き疲れ、嘆き疲れた頃、彼女は偶然SNSで一つの動画を見る。
あの日の中央線で何が起こったのか知った。
あれは不注意でも事故でも事件でもなく、一人の無表情な老人による遊びだった。
彼女は「#一人一殺」のタグと共に、その動画を投稿した。
亡くなった娘の説明も添えて。
その投稿に13人が「いいね」をした。
その中の一人が、事件を起こした青年、桧山義彦だった。
その四か月後、沼津和夫は桧山によって撲殺される。
桧山が執拗に粉砕した沼津の右腕は、中央線のドアを何度も邪魔した、あの腕だった。
この殺人を依頼したとされるシングルマザーの桜井朱音をマスコミは探し出し、当然連絡を取ろうとした。彼女の投稿によって罪のない老人が死んだことについて、取材の形で抗議する意図があった。
しかし、それは叶わなかった。
当初、逃亡中とされていた桜井朱音は、桧山の事件報道直後に「ありがとうございました。申し訳ありませんでした。これで娘に会いにいけます」とSNSに投稿し、自殺していたのだった。
桧山と桜井にもSNSの投稿以外に接点はなく、桧山は嘱託殺人として再審の結果、減刑され、桜井は被疑者死亡のまま殺人幇助の罪に問われた。
この八王子事件が、確認される限りで最初に記録に残る「#一人一殺」のケースとなった。
★★★ 作者より ★★★
本当に怖いのは「人間」。幽霊も魔物もいない「いまそこにある、明日にでも起こる現実と恐怖」を描いてみようと思い書いてみました。
毎週金曜日更新です。お楽しみに!
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#一人一殺 (毎週金曜更新・全5話) 玄納守 @kuronosu13
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