第二話 そして日常となる。

あれから少女をとりあえずお風呂に入れようとしたら――


「必要ありません。」


と言われてしまった。けど、私的には必要なくても気になるので入ってもらった。


ご飯も必要ない。濡れた髪も元通り。

うん、意味が分からない。少女も困った表情をしていた。


そんなこんなで疲れた。今日はもう寝よう。


「おやすみー。」

「おやすみなさい。」


そう言ってそれぞれの部屋に行った。うちに部屋が余ってて助かったな。

そう思いながらベットに寝転がる。


本当に疲れていたのか睡魔が襲い、頭が呆然としていくのが分かった。



声が聞こえる。これは――誰かの足音?


はぁ、はぁ。荒く枯れ葉だらけの道、荒い息遣い、何かから逃げてる。


枯れ葉の踏む音。木の枝を踏む音。小気味よいそのザッ、パリッ、ザッと踏み鳴らす足音は近くに。


「わたしの⋯⋯。」


そう聞こえ、いや自分が喋った。わたしの?


足音はどんどん速さを増す。相手も本気で走っている。


ふっと視線が上がった。あれは⋯⋯、火事だ。そしてここは――山?


途端に崖? へと走った。待ってそっちは――落ちる!


そんな声も出ず、坂のような崖に落ちた。


ザッ、ザッ、ザンッ、と。ジェットコースターなど比にならない速さで。

勢い余って頭から落ちるところを途中木に掴まれたお陰で一命を取り留めた。お尻が痛い。


「う」


けど多くの枯れ葉がクッションとなり酷いことにはならなかった。

それでも勢いのせいで木で切ってしまったのか手から血が垂れ出ている。


これがもし坂のような崖じゃなかったら危なかった。何を考えてるんだ、この人。あ、今は自分か。


「行かないと。」


そう幼い声で自分が呟いた。きっと、子供だ。そして多分誰かに追われていて、火事が起こった方に向かうということは⋯⋯、ッ。


山道を駆ける。足音は⋯⋯まだ聞こえない。どうやら落ちたことでとりあえずは撒けたらしい。


だけど、この子供の足で逃げ切れるとは思えない。


山道を徐々に着々と降りていく。途中、また落ちながら近道だと言わんばかりに降りていく。


かなりの獣道も構うことなく通っていく。それくらい大事な相手――なのだろうか?


ザッ、ザッ、パリッ。


来た、足音だ。やっぱり子供の足では無理があったか。

にしてもかなり速かったと思うけど、相手も速かったということだろうか?


「5月4日。」


そう後ろから声が聞こえる。足音が聞こえる。自分は走る。はぁ、はぁ。


「今日は、火事がありましたね。」


ザッ。また足音が近づく。

走っているのに――一向に距離が開かない。そのことに自分も気付いたのか後ろを振り向く。

近っ! 黒い服着た身体しか見えない。性別が分からない身体つきだ。


「5月5日。」


パリッ。近くで小枝の踏む音がした。


「いやっ」


子供が、自分が喋った。尻もちを着く。相手の顔が――見えなかった。黒い布で覆われている。


「――今日は禍日記の誕生です。」


恍惚とした声が聞こえたと思うとぐるりと目まぐるしい速さで視界が回った。


バッと起き上が――あれ? ベット?


途端に三半規管が悲鳴を上げていることに気付く。

お゛ぇ。き、気持ち悪い。


「すみません、なぎさん。大丈夫ですか?」


そうドアをコンコン叩く音が聞こえる。

少女だ。

何処か覚束ない頭でベットから降りた。


今、開けて――


「開けないで下さい!」


何処からか声がした。あれ? これも少女の声?


何か頭がグラグラぼーっとする。

う、喉渇いた。けど、少女が二人いる⋯⋯。


「聞こえてますよね? 開けて下さい、汀紗さん。」


そうドアの少女がコンコン叩きながら言う。そうか、少女って二人いたのか⋯⋯。


「ぜっったい! 開けちゃダメです!」


また、何処からか少女の声が聞こえる。なんなんだろ、寝てたっていうのに。もう開けちゃうよ? 喉渇いたし。


そう思い、ドアに手を伸ばすと


「ふふふふ。」


ドアから少女じゃない声がした。


え。


一気に頭と身体が冷えていくのを感じた。さ、寒い。心臓から底冷えするような感覚だ。なんだ、これ⋯⋯。


「開けないで下さい! 扉から離れて!」


そう何処からか聞こえる少女が言う。


つまり――、こっちの少女は。


「ひ」


思わず腰が抜け尻もちを着く。構うことなく必死に手と足でドアから後ずさった。

まだ、寒い。


「開けて下さい。開けて――ください。」


ドアから少女に似た声が聞こえる。ドアを叩く音が強くなる。

ドンドン、バンバン、バンバンッ。


これは少女じゃない。絶対に少女じゃない。脳が分かっているも何処か呆然としてしまう。不意に気付いた。


――トイレしたい!! と。


あ、どうしよう。夢が怖かったせいかトイレしたい。


「ごめん!! トイレしたい!!」

「え!?」


何処からか聞こえる少女が驚いている。心なしかドアのノック音も途絶えてる。


これはもしや――。


「あ、今行ったら漏らすかもなー。」


汚い話しだが、こうするしかない。


「な、何言ってるんですか?」


何処からかの少女がそう言う。対してドアの少女じゃない何かは


「え」


と反応に困っている。意外だ。寧ろ寄ってく――ってそれは個人の価値観か。


「そ、そんなに行きたいのですか?」


そう何処からかの少女が言う。あ、困らせてしまった。でも――


「滅茶苦茶!」


事実だ。事実でしかない。


「ちょっと待って下さい。最悪、そこでするかドア目掛けてかけちゃって下さい。」


そう何処からかの少女が言った途端


「ッチ」


そうドアから聞こえ、足音は何処かへ向かって行った。


えっと⋯⋯、嘘だろ?


「何か大丈夫みたいです。」


嘘だろ?


思わずドアをズドンと開ける。


嘘だった。嗤い声が聞こえる。相手の口角が釣り上がっているのが視界の端に映る。


赤黒いなにかが見えた途端に私はかけた。

咄嗟にかけてしまった私は悪くないと思う。多分。


「嫌ぁぁああ嗚呼!」


目の前から悲鳴が上がる。

上を見れない。身体がぐろいからだ。

身体の中心は抉れ、内臓物が飛び出。

骨が筋肉が皮膚が垂れ何処かしこも飛び出ている。

血がぼた、ぼた垂れている。

咄嗟に口を抑えた。声が出そうになった。


本物だろう少女が横から駆けてやって来た。


「あ、本当にかけたんですね。」

「え、なんで嘘ついた?」

「その方が早いですから。」

「嘘だろ。」

「嘘です。」


え、この少女こわ。うちが臭い⋯⋯。拭こう。


「ごめん、除菌しなきゃ。」

「凄い冷静さ。流石、見込んだだけあります。」

「何か勝手に見込まれてるし。」


そんな軽口を叩きながらも階段を降りる。


「あ、追い出しときますねー。」


どうせやるなら最初からやって?!

そう思ってしまった。何なんだ、この少女。


えっと、除菌ウェットティッシュとビニールとティッシュ。

なんだこのティッシュ率。


急いで階段を駆け上がった。普通に嫌だからだ。


「あ、掃除大丈夫ですよ。元に戻しておきました。」


も、元に?


「え」


除菌類が驚きで下に落ちた。


「うわ、トイレー!!」


それに構わず慌ててトイレに駆け込む。

階段近くにトイレがあって良かった。ヒドイ、あの少女⋯⋯。いや有り難いけどさ。床、あれとか嫌だし。


「それでですね――」

「ちょっと待って? 平然と入ってこないで?」


プライバシーって何だっけ?


「あ、すみません。」


そう言って少女は鍵を開けて閉めトイレから出て言った。

え、鍵の意味。


わ、私が常識を叩き込まなきゃ!


トイレが終わり、手を洗ってドアを開けると少女がめっっちゃ近くに立っていた。


「ひっ」

「それでですね、明日。あ、いやもう今日のことなんですが⋯⋯。わたし、先生として学校に行きます。」

「待って? 今日みたいなことを学校で起こす気? 先生?」

「それもありますが、あなたを守る為です。」

「え、凄い真剣な表情とその前の言葉に触れていいのか分からない状況でいっぱいいっぱいなんだけど。」

「一度禍日記と関わり、名前のこともわたしの責任です。あなたが禍日記と関わりを持つ限りは全力であなたを守ります。」


そう、やけに真剣な表情で少女は言った。そういえばそうだった。


「名前っていえば――お互い自己紹介まだだったよね?」

「そうですね。わたしは一方的にあなたの名前を存じ上げていますが。」

「え、嘘だろ。」

「本当ですよ。」

「人権って⋯⋯。」

「そこになかったらないです。世知辛い世の中ですよね。」

「ヒェッ。」


少女⋯⋯。


「それで名前なんていうの?」

「えっと、あだ名付けてもらえませんか?」

「え、じゃあ少女ちゃんで。」

「もう少し別のでお願いします。」

「えぇ⋯⋯、といっても思いつかない。」

「絶対考える気ないですよね?」

「はい、ありません。」


ぐ、だって私にとって少女は少女ちゃんだし⋯⋯。


「ハッ、少ちゃんは?」

「もうそれでいいです。」


何かムッとしている。


「あ、そうです。親戚という風にするのであなたの苗字、名乗らせてもらいますね?」


え、苗字?


「別にいいけど。いいの? 逆に私の親戚ってことで。」

「その方がやりやすいので。」

「なるほど? あ、そういえば服あったっ

け?」

「大丈夫です。このまま――」

「いや、私が大丈夫じゃないので買って来ます!」

「はぁ⋯⋯。」


あ、でもこの時間帯店開いてない。それにお風呂入りたい。気持ち悪い寒気とあれがあったせいか何かお風呂入りたいんだ。


「お風呂入って、急いで――う、服どうしよう? ちっちゃい頃のとってないんだよな。」

「ですから、このままで大丈夫です。」


そう言って白い装束を見せる。

ごめん、無理がある。流石に看過出来ない。


「私の服、裾縫うからそれ着て!」

「え⋯⋯? 間に合うんですか?」


そう言う少女。現在時刻、3時16分。

多分、間に合う。というか間に合わせる。


それから大慌てでお風呂に入り、髪を乾かしついでに身支度を済ませた。

よし、縫う。


ミシン、いや流石に手縫いか。急いで裁縫道具を引っ張り出し、少女にどのシャツを着るかを選ばせる。


すると意外なことに淡く色のついたシャツを選んだ。理由を聞くと


「禍日記持ってる時思ったんです。目立つ白い服のせいで夜も目立ってしょうがないって。」


なんだか理由が犯罪者みたいだが、それは置いておこう。

急いでシャツと黒パンの裾上げを行う。縫っていきシュッと糸が見えなくなり裾も上がった。


意外と早かった。着てもらうことも忘れない。


「どう? キツイ? 緩い?」

「ちょっとぶかってします。」


ま、それくらいは勘弁してほしい。


それから、急いで少女を連れ電車に乗り込んだ。学校終わったら、絶対服買おうと心に決めて。


今日の電車は誰も見――見てる。みんなチラチラ見てる。あ、昨日の人もいる。

「あれ、夢じゃなかったのか?」

とか言ってる。不味い。


直ぐに少女の顔を覆った。


「急になんですか。」


少女は少し驚いていたが、やがて察したのか何も言わなくなった。

あとは禍日記をか日記とした諸々の記憶隠滅――コホン、ずーっと勤めていた少女ちゃん先生の出来上がりだ。



席につきガラッと後ろのドアから入ってきた副担任の少女ちゃん先生を見る。

よし、完璧だ。

しかし、似合うな。割りと。


そんなこんなでいつもの日常――いや、不思議な日常が始まった。

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禍日記と少女 芒硝 繊 @Rsknii7_myouya

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