《2》もうひとつの告解
深淵と同じ色に染まった純白のドレスと、瞳の奥から欠落した光。
それこそが僕の最大の望みであり、願いでもあった。
さあ、答え合わせをしよう、エマ。
君はひとつ大きな誤解をしている。
あの日、僕はアレンに誤って刺されたわけじゃない。わざと刺されてやっただけなんですよ。
目障りだった。
君を娶ることが決まっているあの男は、僕が君へ向ける控えめな好意の視線に誰より早く気づいた。口汚く僕を罵りながら、彼女に手を出せばどうなるか分かっているだろうなと醜く顔を歪めたあの男……僕はあいつに、君のそれより遥かに危険な嫌悪を抱いていたんだよ。
僕を刺したアレンは、案の定、簡単に取り乱した。
手が僕の血で染まっていく様子を横目に、その耳元で囁いてやったんだ。伝承に登場する悪魔のようにね。
『その穢らわしい手でエマに触れるつもりか』
そうアレンに告げた時点で、僕はすでに深淵に見初められていたんだよ。
唯一の誤算は、アレンだけが死んで僕が生き残ったことだ。
君のご両親は、君を遠くの女子校へ転校させてしまった。ご両親が君に転校を促していたのも、あの事件より前からだったんでしょう?
僕は身分など持たない庶民。本来なら、アレンと結婚する君を、あのまま指を咥えて眺めているしかなかった。
でも……馬鹿な男だ、アレンは。自分からチャンスを潰した。あいつがあんなふうに僕を脅さなければ、僕も、こうまでして君を手に入れようなんて思わなかったのに。
――ああ、でもこれで君は僕のもの。
自殺という最悪の手段を用いて、君の気を最大限に惹くことができた。
人は脆く弱い生き物だ。動揺が常識を上回ることなんて日常茶飯事で、それが命に関わってしまうことだって言うほど少なくはない。
君が後を追ってくれるかどうかは賭けでしかなかった。
だが、もし君が自ら死を選ばなかったとしても、僕はこの死神の鎌で君の命を奪っていただろう。
君は知っているだろうか。
自殺者が死神になるわけじゃない。死に魅入られ、その死にこの上ない充足を覚えた者だけが死神に堕とされるんだ。
だからアレンは死神にならなかった。そして君は、僕と同じく深淵に染まった。
ドレスだけではない。髪も、瞳も……ほら。あれほど鮮やかだった金色も紺碧も、今や見る影もない。深淵が君を捕らえ、君もまた深淵を受け入れた。
……愚かだ。君も、僕も。
死の先に望むべき未来などありはしない。そうと分かっていながら、どうして君は笑っている。どうして僕も笑えてしまっている。
僕らの唇はどちらも、すでに氷と同じ温度しか持っていない。
君のそれはまだ人の形をしているが、僕はとうに人としての形を失って久しい。唇もまた然りだ。硬く冷たい口づけは、交わしたところでぬくもりなど生まない。体温を宿さない僕らが交わしているのは、もはや愛でもなんでもない。
賢い君は、そのことにもう気づいているんでしょう?
癒えない渇きを引きずりながら、それでも今日、君は新たな死神となった。
美しい心を持った天使のような君は、深淵をまといながら恍惚と微笑みを浮かべている。
騙して、と表現していいだろう方法で君を手に入れ、それでも満たされない心を引きずって、僕は一体どこに向かおうとしているんだろう。
でも、それを問うたところでどうなるものでもない。この先、僕は永遠に君の隣にあり続ける。この形が愛であろうとそうでなかろうと、そんなものはもう、僕らにとっては露ほども関係のないことだ。
望む幸せを手に入れることが永遠にできなくても、それで構わない。
この先ずっと君が隣にいてくれるなら、僕はもう、それだけで。
間違いも嘘も、すべて深淵と同じ色に塗り潰して真実に変えてしまえばいい。
〈了〉
深淵サンクチュアリ 夏越リイユ|鞠坂小鞠 @komarisaka
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