第3話「余裕」
私たち二人は地下牢から出るとすぐに、二人寄り添って話し合っていたチャールズとミゼルの元へ向かった。
「なっ!! なんだ!! ナザイレ……その女は地下牢に入れたはずだ!」
「……嘘でしょう」
チャールズはわかりやすいくらいに狼狽しているけれど、目を見開いていたミゼルは不思議と落ち着いた態度だった。
可愛らしいピンク色の髪に水色の瞳、驚くほどに可憐な容姿。チャールズだって、こんなチャーミングな女の子に迫られれば悪い気はしなかったはず。
けれど、そんな外見から似合わないくらいに、落ち着いていて、にっこり微笑み余裕の態度を崩さない。
きっと、今ある優位が揺るがないと思っているのだろう。私だって、そう思っていた。
ーーーーナザイレが地下牢にまで、私を迎えに来てくれるまで。
「ええ。お二方、どうやら誤解があったようです」
大仰に胸に手を当てたナザイレは、私の肩を抱いたままで彼らの元へと向かった。
騎士団長である彼は、途中寄った屯所に居た物々しい装いの部下たちを引き連れていた。
私だって、ここから何が起こるかわからずにドキドキするばかりだ。
「誤解だと? 証拠は全て揃っているんだ。それに、ヴィクトリアだって……」
私が犯人であると見せかけるために用意された証拠なので、今まで話したことも会った事もない面々に、ミゼル殺害を依頼したことになっている。
生き証人だって居たけれど、彼はもう殺されてしまっていた。
「こちらのエインズワース公爵令嬢ヴィクトリア様は、悪い誰かから呪われているようでして、貴方たち二人の事に対し口にすることが出来ないのです。つまり、冤罪についても喋ることが出来ず、釈明なども出来なかったので、誰もに誤解されてしまうことも仕方ないかと……」
予想外のことが起こったので気に入らない様子のチャールズの言葉を遮って、ナザイレは流れるような口上で説明をした。
「……喋れなかった?」
ぽかんとした表情のチャールズの隣に居たミゼルは、うるっと目を潤ませてわかりやすく彼に寄り添った。
「まあっ……怖いわ。ヴィクトリア様って、罠に掛けられてしまったの? かわいそう! 誰なのかしら。そんな悪い事を企んでいるのは……」
「よしよし。ミゼル。大丈夫だ。しかし、ヴィクトリアがミゼルに嫌がらせをした事は間違いない。なので、婚約破棄は妥当だろう」
泣きそうな表情になったミゼルの頭をよしよししつつ、チャールズはナザイレと私を睨みつけた。
「……いえ。少々の嫌がらせで、婚約破棄など……正気ですか。チャールズ殿下。それに、婚約者であるのならば、嫉妬してもおかしくない状況にあると思いますが」
二人の近い距離を見て誰しも思うはずだ。この二人は恋仲にあると……私も周囲の面々も冷めた目で彼らを見ていた。
「何を言う。僕とミゼルが……こうして距離が近付いたのは、ヴィクトリアと婚約破棄してからだ」
わかりやすく目を逸らしたチャールズに、ナザイレはくくっとくぐもった笑いを漏らした。
「ですが、公爵令嬢に呪いを掛けた件は詳しく調査する必要があるようです。おい。あの女を地下牢へ」
ナザイレは後ろに控えていた部下の騎士たちに命令をし、ミゼルを捕える為に彼らは動き出した。
「なっ……なんですって!」
今まで余裕の表情だったミゼルは、慌てて立ち上がった。
「落ち着け。ミゼル。そのような言いがかりのようなよく分からぬ容疑、すぐに晴れる。終わったら、直々に迎えに行こう」
チャールズは私がナザイレと共に居て、彼らが調査すると言うならば従うべきと判断したのか、ミゼルに宥めるように言った。
「やっ……止めて……チャールズ様ぁ……私、何もしてないんです! 地下牢なんて、行きたくないー!!」
騎士たちに取り囲まれ、絶望の表情でみっともない程に泣き喚くミゼルを見て、私はほっと息をついた。良かった。彼女が私に何かをしている事がわかれば、全ての容疑は晴れて失った名誉も取り戻せるかもしれない。
「……チャールズ殿下。お気分は、どうですか?」
「気分? 気分……? いや、何だろう。変な気分だ」
チャールズはナザイレの問いに不思議そうな表情を浮かべ、頭を押さえていた。
「あの女からは、甘ったるい匂いがしました。あれが殿下を操っていたかもしれません」
「……なんだと!? ああ、だが……なんだか、頭の中がスッキリするような……」
何度か頭を横に振っていたチャールズを見て、ナザイレは微笑んだ。
「ああ。お助け出来て、良かったです。悪い魔女のような、そんな存在だったのでしょう」
「あっ……ああ。そうか……僕は操られていたのか。ヴィクトリア……すまない」
チャールズが私に近寄ろうとしたので、ナザイレがその前へと立ちはだかった。
「殿下……僕の婚約者に近寄るのは、ご遠慮ください」
「なんだと? しかし、僕が婚約破棄を宣言して、まだ一日も経っていない」
チャールズは戸惑っているようだ。けれど、操られていたとわかっても、私にとってみればミゼルと虐めるなと迫る彼は恐怖の対象だった。
「ですから、求婚しました。ヴィクトリアは、僕と結婚します。既にそう約束しておりますので」
「なんだと? 本当なのか。ヴィクトリア」
私にはまだチャールズとミゼルの事を話せない呪いが発動しているようなので、必死で何度も頷いた。
そんな私を見たチャールズは、とても悲しそうだった。
胸が痛むけれど、そういう約束で助けてもらっているし、チャールズ本人から婚約破棄を宣言された事だって事実だった。
「そう言う事ですので……ヴィクトリアは我が家へ連れ帰ります。彼女に仕える使用人も怪しい。全て調査を終えましたら、陛下と共に殿下にも報告を」
騎士として跪いたナザイレはそう言い、両手で頭を押さえていたチャールズは一言だけ「わかった」と呟いた。
私たちは城からナザイレの邸へと移動し、数時間前まで地下牢に居たことが嘘のようだった。
流石は、権勢を誇るアレイスター公爵家で豪華で広い邸には、数えれない程の使用人たちが居た。
「彼には、何も……言えないままでしたね」
私はこくりと頷いた。操られていたチャールズが哀れに思えてしまって、同情しそうになったけれど、彼が私に婚約破棄を宣言したのは間違いないことだった。
それに、ミゼルに対する彼の姿を思い出せば、何もなかったかのように夫婦として愛せるかと言われればそれは出来ない。
だから、そういう意味では、何も言わないままで良かったんだわ。
これから使用する部屋にと用意してくれた部屋に入り、使用人を遠ざけるとナザイレは私のことを抱きしめた。
それを驚きはしたけれど、別に嫌ではなかった。
ナザイレは処刑される寸前の私を助けてくれたし、魅力的な男性で嫌がる要素はなかった。
きっとすぐに好きになって、幸せな結婚生活を過ごせるんだと確信してしまえるくらい。
「……ヴィクトリアと話せなくなって、ずっと寂しかったので、あの時に地下牢に行って良かった。あれを知らないままで、何も出来ずに終わるところだった」
「ナザイレ……」
美しい金色の目は間近で、私は反射的に目を閉じた。
「愛しています。ヴィクトリア……もう二度と君を、誰にも渡しません」
◇◆◇
じめじめとした地下牢の空気は、苦手だ。ここに来た目的が、あの彼女でないと一層。
「……嘘つき」
恨みがましい目つき。ミゼルが僕に騙されたと思っているのだろうが、それは完全に誤解だ。
僕たちはお互いに、欲しいものを手に入れる。
「全く嘘でない。これまで手が届かなかったはずの王族と良い思いが出来ただろう? 以前に望んでいた通りになった」
僕は何も、地下牢に閉じ込めたミゼルに嘘は言っていない。
やたらと人気のある王子や令息に近づく庶民出身の男爵令嬢は、きっとチャールズと親しくなりたいのだと思った。
だから、そんな彼女の願望に協力しただけだ。
僕はチャールズ殿下の婚約者ヴィクトリアと親しくなり、いつの間にか彼女の虜になっていた。
素直で好奇心旺盛な性格、高位貴族であるのに偉ぶらない態度に、可愛らしい屈託のない笑顔。
手に入れたかった。僕のものだけにしたかった。
『婚約者に誤解されてしまうから、もう話せない』と、悲しそうにヴィクトリアに伝えられたときに、僕の心は壊れてしまったのかもしれない。
「ちゃんと……逃がしてくれるんでしょうね?」
「もちろん。僕を救ってくれたのは、ミゼルだったからね」
何をどうしたとしても欲しいものが手に入らない渇望から、僕を救ってくれたのは、まぎれもなく彼女だった。
海を越えた異国の伯爵位を持つ貴族の養女の身分も用意し、十分過ぎる額の報酬は整えておいた。
それだけがあれば、このミゼルならば、きっとうまくやるだろう。
「変なの。まあ、私も欲しいものが貰えたから、それで良いわ。男爵令嬢よりも伯爵令嬢の方が、素敵な男性と結婚できそうだもの」
恋愛至上主義を隠さないたくましいミゼルの言い分に苦笑いし、僕は彼女が閉じ込められていた牢の鍵を開けた。
Fin
死亡フラグ立ち済悪役令嬢ですけど、ここから助かる方法を教えて欲しい。 待鳥園子 @machidori
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