叶えたいことばかり

「花巻さん、遅刻ですよ」

「先生、アオスジアゲハがいたのよ!」

「また蝶々を追っていたんですね……」


 花巻叶枝の在籍するクラスの担任教師は、困り笑いをした。

 彼女は、テストの点は取れるが、授業に遅れたり、突然教室を飛び出したりする。だから教育者としては、もう少しおとなしくしてほしかった。


「花巻さん、時間を守るのも学生の仕事ですよ」

「でも、アオスジアゲハよ?! とってもキレイなんだから!」

「何が飛んでいても、きちんと時間は守ってください」

「……はぁい」


 不服そうに、叶枝は席に着く。

 チャイムが鳴り、一時間目の国語の授業の終わりを告げた。


「では、今回はここまで」

「起立。礼。着席」


 教師は、職員室に行く。そして、隣のクラスの担任に話しかけられた。


「また花巻さん?」

「ええ、またです…………」

「親御さんには?」

「……電話します」


 放課後。小学生たちを下校させてからも、教員の仕事は続く。

 件の担任教師は、花巻家に電話をかけた。


『もしもし』

「こんにちは、私、花巻叶枝さんの担任教師で……」

『あら、先生! どうしたのかしら?』


 可憐な少女のような声。

 電話に出たのは、叶枝の母、花巻メアリーである。


「あの、叶枝さんが、本日遅刻して来まして」

『まあ、ごめんなさいね。よく言っておきますわ』

「はい。よろしくお願いします。では、失礼いたします」


 メアリーが母親として良くないとは思わないが、叶枝には、彼女のお説教は効き目が薄いらしい。


「はぁ…………」


 教師は、溜め息をついた。

 翌日。

 叶枝は、ちゃんと登校して来た。


「花巻さん、おはようございます」

「おはようございます、先生」

「今日は、ちゃんと来られましたね」

「クロアゲハが、学校まで来てくれたのよ」

「……そうですか」


 花巻家の母は、どんな言葉をかけたのだろう?


「お母さんに何か言われましたか?」

「お母さまは、好きなことをするためには、色んなことが出来た方がいいって言ってたわ」

「好きなこと?」

「虫の専門家よ! わたし、虫のお医者さんになるのよ!」


 花巻叶枝は、とびっきりの笑顔で言った。


「それから、虫の画家にもなるし、虫の小説家にもなるし、それから……」

「夢いっぱいですね…………」

「お母さまが、夢はいくつあってもいいと言ってたのよ!」

「……そうですね」


 メアリーは、叶枝を心から愛しているのだろう。

 魔女の祝福は、永遠のものだ。

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花巻家には秘密がある 霧江サネヒサ @kirie_s

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