スズとミケ

MAYAKO

あるネコのお話し

 その日俺は拾われた。

 このミケという女に。

 ミカという名前らしいが、俺はミケと呼ぶことにした。

 その方がネコらしいだろう?

 そしてこの大きなネコは、俺にスズという名前を付けた。

 鳴く声が鈴みたいに可愛から、だそうだ。


「お母さん、だめ?いいよね?可哀想だよ!」


「猫は汚いの!捨ててきなさい!」


 汚い?失敬な!

 俺は子供ながらにそう思った。

 そう、俺は生れて間もない子ネコだ。


「猫は壁で爪とぎするし、マーキングするしダメだ!」

「そんなぁお父あさぁん!」


 だが、ミケはねばり、成績の向上とお手伝いを生贄に、俺との生活を勝ち取った。

 下僕ミケよ、良きに計らえ。

 ただし、生活は外の小屋。

 家には入れてもらえなかった。

 チッ、まあこの小屋で許してやろう。


 俺はメキメキと大きくなり、この貧しい三人家族の面倒を見るようになった。

 そう、俺はこいつらのために、カエル、トカゲ、カナヘビ、ゴ(ピー)リ、スズメなど食い物を調達してやった。

 小食なのか恥ずかしがり屋なのか、こいつら俺の前では決して食べない。

 まあ、気難しいヤツラなのだろう。


◆◆◆


 ノァアアアアアアアアアノ!

 ノアアアアアアアアッツノ!


「お母さん、最近スズが変な声で鳴きだしたの、病気かしら?シクシク」


「ミカ、スズはオスなのよ」


「え?女の子じゃなかったの?!」


「病院に連れて行くか」


「え?お父さん?病院!?スズ何処か悪いの?男の子は皆病院に連れて行かれるの!?」


 その日、俺はネコ式40センチ主砲、別名44マグナムを無くした……くっ、耳までカットしやがって!


 ナーナーナァーニュアーグギャー!


「スズ、凄い抗議していない?」


「うう、お母さん!私が切ったんじゃないのに!」


 てめーだ!

 てめーが切ったも同然だ!

 返せ!おれの主砲!

 お前だ!

 お前が拾ったからお前に全責任がある!


 そして、それから10年掛けて、俺はこの家を乗っ取った。

 俺は自由に家に出入り出来るようになった。

 ドアの開け閉めは『お母さん』だ。

 網戸をバリバリと引っ掻くと、窓が開かれる。

 豪華な俺専用の皿の前に座ると『お父さん』が、ご飯を素早く用意する。

 ほう、今日は鰹節味か、悪くない。

 そしてこの二人は私を撫でようとする。

 まあ、ご飯の時はいいだろう。

 だがそれ以外がダメだ!

 シャアアアアアアアッ!

 鋭い牙を見せる。

 触るでない、下僕ども!


「いつまで経っても撫でさせてくれないねぇ」


「そうですねぇ、お父さん」


 そして、ある足音が俺サマの耳をくすぐる。

 ミケだ!俺は玄関まで走り、そのドアが開かれるのを待つ。


「ただいまぁ!」


 アーン。


「すずぅ!ただいまぁ!今日もお迎えありがとう!」


 さあ、もふるがよい!

 俺はごろり、とミケの前に転がる。


「いやぁんすずぅ!」


 なにがイヤなのか解らないが、ミケはその小さな手で俺のお腹を撫で回す!


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴゴロゴロゴロゴロッ。


 あうあう、いやぁんっ!


「おとうさん、見てよスズのあの声!あの格好!」


「俺達は触らせてもくれないのになぁ」


「それはお父さんとお母さんが反対したからよ!きっと!」


「「まさかぁ」」


 そうだよ!

 俺はミケ以外、誰も触らせない。

 まあ、ご飯を食べているときは別だが。

 ある日、そんなミケが泣いていた。

 なんでも志望校とやらに落ちたそうだ。

 俺ならば、落ちても綺麗に着地できるのだが。

 こいつは鈍いから、どこかぶつけて、着地に失敗したのであろう。


「私、頑張ったんだけどなぁ」


 シクシクと部屋で一人泣くミケ。

 ああ、悲しい匂いがする。

 俺はこの匂いが大嫌いなのだ!

『お父さん』も『お母さん』もオロオロするばかりで、何もできない。

 情けない下僕どもめ!

 ドアをバリバリ。

 カチッ、と軽い音を立て開く、木のドア。


 ナーオ。


 その向こうには、赤い眼のミケ。

 俺はスルリ、と部屋に入りミケを見上げる。

 泣くな、『お父さん』も『お母さん』も心配している。

 取敢えず俺はこのデカいネコを毛繕いしてやることにした。


 ぺろぺろ。


 その小さな手、頬、一生懸命毛繕いしてやった。


「あ、ありがとうスズ」


 そうだ、感謝するがよい!

 俺が毛繕いしてやったのだ!

 次の日の朝、ミケからはもう嫌な匂いはしなかった。

 元気になったのだ!さすが俺。

 もっと感謝するがよい!

 さあ朝の縄張り巡回だ!

 俺は機嫌良く縄張りを見て回る。


◆◆◆


 隣のばーちゃん、これがうるさい。

 俺の縄張りなのに、庭に入るな、とか横切るなとか、とにかくうるさいのだ。

 ペットボトルに水を入れ、沢山並べているが、何をしているのだ?

 俺は関係なく俺サマの縄張りを巡回する。


◆◆◆


 巡回で思ったのだが、ここ最近、大地から嫌な臭いがする。

 気のせいだろうか?


◆◆◆


 そしてその日が来た。

 その日は、朝から嫌な臭いが立ち籠めていた。

 大地から、吹き上がっているのだ。

 俺は落ち着かず、下僕に注意を促した。


 にゃーにゃー。


「今日はスズ、落ち着かないねぇ」


「そうだね、お母さん」


 ドオオオオオオオオオオオッ!

 ガガガガガガガガガッ!


 家が波打った!

 俺はパニクって部屋の中を走り回った!

 なんだ!?

 何が起きたのだ!

 バキバキと音を立て倒れる柱、天井が迫ってくる!


「スズ!外へ!」


 悲鳴のようなミケの声。

 何もかも一瞬だった。

 燃え上がる家々、黒い煙、沢山の声。


 気がつくと、俺は見知らぬ場所にいた。

 どこだろう?ここは?

 ああ、水の匂いだ。

 俺は壊れた鳥居を横目に、手水舎の水をちびちびと啜った。

 水の場所は覚えた、でも家がどこか分らない。

 周りは一変していた。

 俺の縄張りはどこだ?

 焦げ臭いな、それに異臭が立ち籠めて、ほとんどの家が潰れている……。


◆◆◆


 ああ腹が減った。

 取敢えず、砂浴びや小石を食っているスズメを狙い、食す。

 だが、いつもこう上手くいくとは限らん、早く家に帰らなければ!

 俺は彷徨った。

 下僕は何をしているのだ?

 探しにこないなぁ。

 ん?この気配?どこかで?


「あんたここにいたのかい?」


 あ、隣のばーちゃん!


 にゃー。


「ここが安全だ、広いし水もある、あんたはここで暮らすといい」


 そう言って隣のばーちゃんは手を2回叩き、帰って行った。

 次の日、隣のばーちゃんが『いりこ』を持ってきた。


「さあ、お食べこれだけしかないけど」


 にゃー。

 かみかみ。

 塩辛い。

 ミケや『お父さん』はこんな塩辛いご飯は食べさせない。

 でも贅沢は言えん、まあそれに美味いしな。

 そして隣のばーちゃんは帰って行った。

 俺は、隣のばーちゃんが帰った方向に行ってみた。

 暫く歩くと……あ、俺の縄張りだ!

 隣のばーちゃんの家が見えてきたのだ!

 だがおかしい、隣の家のばーちゃん、一軒しか家がないのだ。


◆◆◆


 俺は我が家を探した。

 ここにあるはずなのだが?

 あったのは沢山の花。


 ?


 こんな所に花捨てるんじゃねー!

 俺はここでミケや、お父さん、お母さん、下僕達の帰りを待つことにした。


「おや、あんた帰ってきたのかい?」


 にゃー。


「さあ、お食べ、今日はこれしかないけど」


 お、鰹節!

 なぁーお。


「ふふ、うれしいかい?」


 いつしか俺は隣のばーちゃんの家で暮らすことになった。


「また隣の家を見ているのかい?」


 俺の縄張りだし、下僕が帰ってくるかも知れないだろう?


「明日から私は避難所に行く、あんたはどうするかい?」


 にゃー。


◆◆◆


 ばーちゃんは忙しく家を出て行った。

 そして隣のばーちゃんは時々ご飯を持ってくる。

 ばーちゃん、ここは任せろ、俺の縄張りだし、ちゃんと見張っているから。

 あ、また来た!

 あいつらだ。

 俺は距離を取り、その様子をじっと見る。

 大きさはミケと同じくらいのメスネコ、2匹だ。


「ミカ、これ、河川敷に咲いていた花だけど……」


 こいつらはいつも花をここに捨てに来る。

 鰹節ならいいのに。


「あ、あのネコ!ミカのネコじゃない!?」


 眼のいいヤツめ、見つかったか。


「え?そうかしら?痩せてボロボロじゃない?怪我もしているし、違うネコだよ」


「そうかなぁ?10年以上付き合っている自慢の彼氏だっけ?……ネコも、大変だよね」


「ごめんね、ネコ、私達余裕がないの……ぐすっ……」


「ミカ、また来るね……」


◆◆◆


 隣のばーちゃんはご飯を持ってこなくなった。

 きっと忙しいのだろう。

 なぁに安心しろ、俺の縄張りだ、ちゃんと守ってやるぞ!

 ……と言いたいが、最近は目がよく見えん。

 スズメもトカゲも逃すようになった。

 ああ、腹が減った、おい下僕ども!早く俺を見つけろ!


◆◆◆


 どうやら俺はここまでのようだ。


 ニャーオ。


 ここでは死ねん。

 死んだ俺をミケや『お父さん』『お母さん』、隣のばーちゃんが見つけたら悲しむからだ。

 どこか、皆の知らない所に行かなければ……。

 俺は起き上がろうとしたが、脚が動かなかった。

 ……もう少し寝てから動くか。

 俺は深い眠りについた。


◆◆◆


 目が覚めると、絶好調だった。

 おお、こんなに身が軽いのはいつ依頼だ?

 ふはははは!

 俺サマ復活!

 で、ここはどこだ?

 目の前には小さな川。

 おお、小魚!蝶もスズメも舞っている!

 ひひっ、久しぶりのご飯だ!


 !?


 今、誰かが俺を呼んだぞ!?

 小川の向こうの綺麗な平原、花が沢山咲いている!

 そこに、ミケがいた。

 ああ、『お母さん』も『お父さん』もいるではないか!

 下僕ども、ここにいたのか!

 俺は怖がることなく小川を渡り、ミカを目指した。


「すず!」


 俺はミケの前に寝転がり、真っ白いお腹を見せた。


 さあ、もふるがよい!


◆◆◆


「ねえ、あれミカの彼氏じゃない?」


「あ……」


「埋めてあげようよ」


「そうね……え!?」


「ねえ……口元が……」


「幸せそう……」


「きっと、ミカに逢えたのよ!」


 二人の少女は、瓦礫で穴を掘りました。

 そして幸せそうに眠るネコを横たえ、花を添えました。


            

              完

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