第2話
【ナルディア王城】
……大仰なマップ名が視界に表示され、気がつくと俺は燭台の前に座りこんでいた。
青白い火がほんのりと死で冷えた身体を温めてくれて、冬場の焚き火のように手のひらを向けたくなる。
「おかえりなさいませ、貴方様♡」
「えーと、俺って死んだんだよね?」
「はい!貴方様は一度『廻』られたようですね」
アンに確認をとってみると、彼女はにこやかに俺が一度『廻』った……つまりは死んだという事実を告げた。
いや、そんな爽やかに言うことでもないだろう……とは思ったものの、そのくらい命が軽い世界観なんだろう。逆に死ぬ度にいちいち大泣きされたりしても、それはそれで重苦しい気もする。
でも、試してみてわかったが燭台はチェックポイントみたいなものらしい。ゲーム専門用語で言えば『
ボス前やフィールドの色んなところに燭台があって、それにあらかじめ触れておけば死んでしまった時にやり直せるという仕組みだろう。
じゃあ、誰が燭台なんてものを置いてるんだ?とかはあまり気にしちゃいけない。そういう設定はそのうちわかるだろうし、わからないかもしれない。結局は雰囲気重視なのだから。
ざっと体感したところ、これはいわゆる『死にゲー』というジャンルなのだろう。最近では『ソウルライク』なんて呼ばれたりもするが。
『死にゲー』とは、大多数のプレイヤーがクリアできるような難易度で調整されていない為に、試行錯誤を繰り返しながら何度も死んでやり直すタイプのゲームだ。
最近、配信者などの間で流行ったゲームソフトでは最初のボス突破率が総プレイヤーの半分を切っていた。
例えるなら、半数の人間が『始まりの騎士 クローディア』が倒せなくてコントローラーを投げたようなものだ。
事実、あの騎士は一撃を喰らっただけで即死だったしな。まぁ、『狂戦士』とかいう素性が大外れの可能性はあるけど。
だいたい『狂戦士』なんて攻撃特化で防御性能はまるで無かったりするし、盾も防具もないから本当にキツい。
……これ、キャラクリからやり直せませんかね?
「貴方様、この世界のルールは何となくわかりましたか?」
「だいたいわかったけど、もう一回アレと戦わなきゃダメかな」
アンの問いかけに俺はボス部屋の方を見ながら苦笑いで答える。
正直なところ、騎士ともう一回戦うのは避けられるなら避けたい。これが本当に単なるゲームなら何回殺されたところで構わないが、痛みを伴うとなると話は別だ。
死の影響が尾を引いているわけではないが、何となく精神衛生的によろしくない。この感覚は一回死んでみないと伝わらないとは思うけど。
「ねぇ、別のルートとかないのかな。例えば、強引に外へ出ちゃうとか」
「……では、試してみてはどうですか?」
彼女に促されて、恐る恐る壊れた外壁まで近づいてみる。城はとても高い所に建てられているようで、暗さもあって底がまるで見えない。とにかく、落ちたらひとたまりもなさそうだった。
だが、周囲を見渡してみると建物の屋根をジャンプで伝っていけば何処かには辿り着けそうな気配がする。
……とりあえず、何事もやってみるしかないよな。挑戦しないことには何も始まらないし。
そう思って、壁際から助走をつけて屋根までジャンプを試みる。しかし、思っていたより跳躍力が足りなかった。
俺自身の情けない叫び声がこだまして、身体はどこまでも奈落の底まで落ちていく。しかし、いつまで経っても感じるのは嫌な浮遊感だけで地面に衝突することはなかった。
そして、また例の効果音と共に【あなたは死にました】というメッセージが表示され、静かに視界が暗転する。
【ナルディア王城】
「おかえりなさいませ、貴方様♡」
……俺は気がつくと燭台の前に座り込んでいた。
ーーー
ムキになって何度か落下死を繰り返しながら屋根伝いのルートを探索していると、途中で幾つかのアイテムを見つけた。
落下には痛みがないので、ボスに殺されるよりかは精神的に楽だった。
【見習い戦士の指輪】
『王都ナルディアで新兵に送られる指輪。慈愛の巫女の祈りが込められている。数多もの名も無き兵たちが『星の獣』との戦いに挑み、敗れ去っていった。装備するとHPの最大値が増加する』
【夢見草】
『ナルディアに伝わる薬草。口にすると体力が回復するが、しばらくのあいだ正気度が下がる。ナルディアの戦士たちはこの草を戦場に持ち込み『星の獣』との戦いにおいて恐れを知らぬ猛勇を振るったという』
システムメッセージが新しいアイテムを拾う度に、わざわざこうしたテキストを表示してくれる。
なるほど、テキストを読む限りではナルディアという都市は『星の獣』というものとの戦いに敗れて滅んだらしい。それが何だっていう話だけど。
俺はとりあえず指輪を装備してみたが、体力ゲージが増えたのかどうかはよくわからなかった。
『夢見草』も謎が多い、そもそも正気度が低いとどうなるんだ? 見ちゃいけないものが見えるようになったりするのか?
そうして、行けそうなところを全て探索し終わると結局は部屋の反対側から元の燭台がある部屋へと戻ってきてしまった。
一時間くらいは彷徨っていたのだろうか、アンはいつの間にか机と椅子を用意して優雅にティータイムをしている。
いや、そのティーセットはどこから出した。
「貴方様、探索は捗りましたか?」
「まぁ、ぼちぼちだね」
「少しお休みになられてはどうでしょう」
疑問符ばかり浮かぶが、彼女に促されるまま反対側の椅子に腰掛けた。ティーカップからは仄かにダージリンの香りがする。
「やっぱり、ボスとは戦うしかなさそうだな」
「もし、貴方様が望まれるのであれば、ここで『次の王』が定まるまでわたくしと何千年でも愛し合うことも可能ですよ♡」
アンは優雅にティーカップを傾けながら、そんなことを微笑む。その口ぶりからして、彼女は何か超越的な存在で少なくとも人ではなさそうだった。
「まぁ、アンはいいとして。俺の方は何千年も生きていられないだろ」
「時……という概念も少しややこしいものですね。この世界は『先代の王』の力により、滅びの寸前で時が歪められ淀んでおります」
そう言いながら、アンが机を触ると立派な白い机が見るも無惨で朽ちた姿に変わる。そして、次の瞬間にはまた元の立派な机に戻っていた。
それはまるで『綺麗な机』と『朽ちた机』が同一の時間軸に両方存在しているようにも見える。
なるほど、確かにここでは時が歪み淀んでいるようだ。
「『廻人』が『天の梯子』を上り『次代の王』になるまで、この歪みが解けることはないでしょう。つまり、わたくしたちは愛し合い放題というわけです♡」
彼女がポンと手を打つと、燭台の側に天蓋付きのベッドが現れる。……ティーセットもそんな感じで出したんだろうか。
「もし貴方様が『廻人』である運命に耐えられなくなったその時はこちらへ来ていただければ」
アンは上唇をゆっくりと舌で舐めながらこちらを艶やかな瞳で見ていた。
「わたくしはいつでも貴方様を受け入れますわ♡」
「……実質、選択肢はあってないようなものか」
俺は静かにティーカップを置き、席を立ってボス部屋の方へと向かう。
何千年も美少女と愛し合う、その響き自体は悪くない。ただ、純粋にやれるところまではやってみたいというのがゲーマーの性だ。
「あら、フラれてしまいました」
「そんな悲しい顔するなって、しんどかったらその時は諦めてイチャイチャするから」
その言葉を聞いて、アンは優しく微笑む。
ご丁寧に先ほど開いた筈の扉には霧がかかっていた。ボスエリアは隔絶されていて、向こうからこちらへ襲いかかってくることは無いという仕様なのだろう。
霧の中を進んでいくと、前回と同じように『始まりの騎士 クローディア』という表記とボスのHPゲージが視界の下部に表れる。
しかし、相対した時、騎士は既に大剣を構えた臨戦体制だった。
どうやら、先制の一撃を譲ってくれるのは初回限定のサービスだったらしい。まぁ、それならそれで良いさ。
俺も斧を両手で構えて、クローディアの出方を伺った。
【あなたは死にました】
【あなたは死にました】
【あなたは死にました】
……それから軽く数時間はやりとりしていたので、詳細は割愛。
今度こそ倒すぞ、と騎士の行動パターンを頭の中で何度もシミュレーションする。
例えば、遠距離から突撃してくる攻撃にはパターンが二つある。
武器を最上段に構えて切り掛かってくるディレイ攻撃と、純粋に最速で突きを放つ攻撃だ。突きの方は食らっても一撃死することはないが、ディレイは俺の防御力では即死する。
だから、もし判断が遅れて博打で回避をするなら突きは受けるつもりのタイミングでなければならない。
こういう感じで、ボスがAをしてきたら俺はBをするという細かな対策が死にゲーを攻略する基本だ。センスだけで立ち回っていると、どこかで上手くいかなくなる。
そうして、再びボス部屋の霧をくぐろうとした時、ふと足元に何か文字のようなものが光っているのに気がついた。
……よくわからないが、念の為に触れておくか。
【始まりの騎士 クローディア】
ボス部屋に入ると、社会人になってから親の顔よりみたかもしれない名前と共に何故かアンが長剣を構えて立っていた。
画面の左側には、仲間の体力ゲージなのであろう【使徒 アンナマリア】という表記も追加されている。
「鬱陶しい小物ですわね」
彼女が吐き捨てるように振るった剣の一閃で、あんなに苦戦していたボスのHPゲージが空っぽになってしまった。
【あなたは強大な敵を討ち果たしました】
そして、盛大なBGMと金色の文字が視界の真ん中に浮かぶ。
……なんじゃそりゃ?
目を覚ましたら死にゲー風な異世界だったけど最強ヤンデレ美少女に好かれてヌルゲーになりそう 生焼けうどん @namayake_udon
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