目を覚ましたら死にゲー風な異世界だったけど最強ヤンデレ美少女に好かれてヌルゲーになりそう

生焼けうどん

第1話


「まぁ! 愛しの貴方様、お目覚めになられましたか?」


声に誘われるようにまぶたを開くと、眼前にはまるでアニメから飛び出してきたような顔もスタイルも完璧な女の子が笑顔を浮かべていた。


燃えるような赤い長髪に、暗い銀河色の瞳。それが、俺の顔と触れ合うんじゃないかという近さまで迫っている。ふわりと良い匂いまで漂っているほどだ。


「ここは一体?」


彼女を優しく押しのけながら上体を起こすと、硬い石棺のような場所で眠っていたからか身体の節々が凝り固まって悲鳴を上げていた。


……俺はついさっきまで、職場でサービス残業をしていたはずだ。いわゆる『デスマーチ』というやつで延々と終わることのない仕事を続けていた。


そしてエナジードリンクでのドーピングにも限界が来てうとうとし始めた時にすごく大きな地震が起こり……それからのことは全く思い出せなかった。


「ここは古い都『ナルディア』の王城ですわ。ここで眠っている貴方様を見つけてから100年?200年?とにかく長い間ずーっと、お待ちしておりましたの。そろそろ、淑女にあるまじく『おはようのキス』をしてしまうところでした」


「ナルディア? 200年?」


聞き間違いのような単語が耳に入り、思わず辺りをぐるりと見回してみる。そう言われれば、ここはとても年季の入った……中世ヨーロッパの城跡のような光景が広がっていた。


寝ているうちにTVのドッキリ企画のように海外のどこかへにでも移動されてしまったのだろうか。世界史の成績はそれほど悪くなかったが、『ナルディア』なんて都市に聞き覚えはないけれど。


しかし、建物はとっくに廃墟と化しているようで天井がなく空には綺麗な夜空と満月が見える。


それにしても200年か、それが本当なら俺は230歳ってことになるわけだが。いや、そもそも身体が腐りそうなものだけど。


「ええ、わたくしが『王の器』を探し、長い旅を経てナルディアに辿り着いた頃には城は既に朽ち果て、貴方様は眠りについておられました」


まるで、RPGゲームのような設定だな。時間的に余裕のあった学生時代はこういうゲームをそれこそ夢中になって徹夜で遊んだものだ。


最近は仕事ばかりでそんな余裕など欠片もなかったわけだが。


「わかった。一旦言われたことを受け入れるよ。それじゃあ君はなんなんだ?」


色々と聞きたいことはあったが、細かく問い詰めていたら話は一向に進まない気がするのでやめておくことにした。


「わたくしの名前は、アンナマリア。貴方様の魂の伴侶でございます♡」


そう答えた勢いで大型犬のように飛びついてきそうな彼女をひとまず手で制する。


……いや、それじゃ何の返答にもなってないが?名前しか情報が得られなかったし。


「えーっと」

「名前はお好きなようにお呼びくださいませ」

「じゃあ、アン。君はなんでそんなに好意的なんだ」


俺のその問いかけに彼女は困ったようにはにかむ。


「なんでと言われましても、そういうものですから……。しいていうのであれば、一目惚れですわ」


一目惚れで200年? それは随分と悠長な話だ。


それを鵜呑みにするとしても、生まれてこのかた女性から一方的に好かれたなど経験はないので困惑しかない。


自慢ではないが、俺は身長体重顔面全てが平均よりやや悪い一般的なサラリーマンで、おまけに金もない。学生時代はいわゆる陰キャとして過ごし、イジメられた経験だってあった。


そんな俺が美少女から無条件に好かれている?


うーん、ちょっと都合がよすぎるけれどいっそ夢みたいなものだと思って楽しむか。現実感ないしな。


「では、せっかくお目覚めになられたのですから、そこにある燭台に触れてみてください」


アンに促されるまま、大きな広間の真ん中に立っている燭台の側へ歩く。いや、燭台ってこんなところにポツンと置かれるものではないだろう……そう思ったもののツッコミを入れているとキリはなさそうだ。


俺が蝋燭に触れると、ぼうっとわざとらしい点火音と共に青い炎が灯った。


【あなたの素性は狂戦士バーサーカーです】


やたらと壮大な音楽が頭の中に響いたと思うと、謎のシステムメッセージのようなものが表示され空中から両刃の斧が振ってきて床に突き刺さる。


同時に、ピコンっと視界の右下に『始まりの火』と実績を解除したような表記が出てきた。


何が起こった??


「いやいやいや、もうゲームみたいな展開は百歩譲っても良い。でも、俺が『狂戦士』はおかしいだろ。ただのサラリーマンだぞ」

【過労死ラインを遥かに超える残業により、正気度のステータスが低いです。その他の数値も加味されております】


おいおい、システムメッセージが返事してきたぞ。しかも『過労死ライン』とか現実的なことを言うなよな、悲しくなるだろうが。


落ちてきた斧を持ち上げてみると不思議と重みは感じられなかった。おかしいな、鍛えてもない俺にこんな金属の塊が持ち上げられるわけないのに。


まぁ、夢は記憶の断片を継ぎ接ぎして作られるっていうもんな。ゲーマーだからやけにリアルなゲームの夢でも見ているんだろう。


「……この滅びかけた世界では新たな王となるべき魂が求められております。向こうに『天の梯子』が見えますね? あなた様のような『廻人』は、あの『梯子』を上り王になるべき器なのです」


俺の独り言など意に介さないように、彼女は世界観の説明を始める。確かに、アンが指をさした方向には天に向かって伸びる光の柱のようなものが見えた。


あれが『天の梯子』ね、了解。


それにしても、この何もかも言葉足らずでユーザーを置き去りにしていく感じはどこか懐かしいな。


あれだろ? 手に入れたアイテムのフレーバーテキストとかを読んでこっちで解釈しないといけないタイプの世界観なわけだ。


登場キャラクターがみんな奥歯に物が挟まったような意味深長なことしか言わないやつ。


「王へ至る道のりはとても困難ですが『廻人』である貴方さまはこの燭台に魂の炎を灯しておくことで、それを目印に何度でも『廻る』ことが出来るのです」

「廻る?」

「一度、試してみてはどうですか?」


彼女の視線がふと広間の奥にある大扉に向けられた。……あそこへ行けということなのだろう。社畜の頃の癖で、やれと言われて断るのは性に合わない。


仕方なく背丈よりも大きな扉を押すと、明らかに重たい筈の扉がゴゴゴ……という地響きと共にゆっくりと音を立てて開く。


扉の奥には更に大広間があり、そこには女性型の鎧を着た騎士が佇んでいた。床には大剣が深々と刺さっていて、騎士はその柄に両手を置く姿勢で固まっている。


なるほど、チュートリアルボスみたいなものか。


まぁ、所詮は夢だし。と、軽い気持ちで騎士と相対すると視界の中央下に『始まりの騎士 クローディア』という文字と共に赤いHPゲージが出てくる。


……本当にゲームみたいじゃねぇか。


斧を両手で構えて恐る恐る近づくが、どうやら最初は何もしてこないらしい。深呼吸をして、ボスに向かって勢いよく斧をふるう。


すると、ボスの鎧の上へ打撃した筈なのに出血したようなエフェクトが出てボスのHPゲージが10分の1くらいだけ削れた。


いや、しょっぱいダメージだな。それとも、割と削れてる方なのか?


こちらの攻撃に反応したのか、騎士は床から大剣を引き抜き臨戦体制に入る。身体と同じくらいの剣を青眼に構えた格好いい造形だった。男の子なら思春期に一度くらいはああいうのに憧れるんじゃないだろうか。


一方で両手で斧を構えている俺は何なんだろう。側から自分を眺めたら、立派な狂戦士に見えているかもしれない。


さて、これがアクションゲームだとするなら焦って攻撃をせずに相手の攻撃パターンをゆっくり伺うべきだよな。


じりじりと時代劇のように武器を構えて様子を伺っていると、 騎士は数歩だけこちらへ近づいてきた後で大剣を最上段に振り上げた。


そのまま、あまりにも流麗なステップで一度に距離を詰めてくる。地面を蹴った瞬間から着地までが早すぎて全く目で追えなかった。


……来るっ!! 騎士が大剣を振り下ろすタイミングを見計らって、俺はすかさず回避行動をとる。


しかし、騎士はそのまますぐには大剣を振り下ろさなかった。一拍ほど不自然に置いてから大振りの一撃を繰り出してくる。


なんだよ、そのインチキみたいな動作は!?


攻撃が思ったよりも遅れてくることに気がついた時には、とてもじゃないが次の回避行動を取れない姿勢になっていた。


騎士が木の棒のように軽く振るう大剣は、それでいて相当な質量の金属の塊だ。それが思い切り俺の身体にぶつかり、まるで交通事故のような衝撃が全身を貫く。


そのまま、俺の身体はごろごろと転がされ騎士は元の場所へ戻っていく。左上に小さく表示されていたらしい俺のHPゲージは、騎士のたった一撃で全て削られてしまった。あまりにもあっけなさすぎるだろう。


【あなたは死にました】


夢にしては妙に生々しい痛みと共に、ホラーゲームのようなおどろおどろしい字体でメッセージが表示される。


いや、死にゲーにしたってどんな難易度だよ。


心の中でそうぼやいていると、ゆっくりと視界が暗転していった。


ーーー


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