第9話 決着

しぐれは慌てふためき、なんとかその手から逃れようとする。


「は、はな、離しなさい! わわわ分かったわ、こうやって密着すれば私が魔法を使えないと思ってるのね!? それは大きな間違いよっ!!」



当然、そんなことを考えていたわけではない。この後の作戦などあるはずもなかった。ただ、次の一撃で自分は意識を失うだろうと、楓華は何となく感じていた。



「……シロはね。私を優しいって言ってくれた。裏切らないって約束してくれた。魔法を教えてくれるって言ってくれた。私は……シロと、友達になりたいって思った」

「離せって言ってるの! 分からない!? 貴女なんか変よ、気持ち悪い!!」

「これ以上……私の大切な人を傷つけないで……ッ!」


もしかしたら。自分の思っていることをここまで口に出来たのは、初めてだったかもしれない。

最初から勝とうとは思っていない。これだけ言えれば十分だった。

もうすぐ自分は、しぐれの魔法で力尽きるだろう。誰が見てもしぐれの勝利だ。

それでも自分は、シロのために。そして、自分のために。逃げることなく立ち向かったのだ。





……そして、グラウンドに倒れ込む。ドサリという音はしたが、打ち付けられる感覚はなかった。まるで、身体の感覚がなくなったような……

続けて、周囲の取り巻き達が悲鳴を上げる。



「こ……光明院様が、泡を噴いてお倒れに!!」

「……えっ?」


楓華は恐る恐る目を開けた。倒れ伏しているはずの自分が立っていて、気絶しているしぐれを見下ろしている。何が起きたのか、自分でも全く分からない。

張り詰めていた緊張が一気に解けたのか、楓華は足から力が抜けてしまい、立っていられずその場にへたり込んだ。その脇で取り巻き達は担架を持ってきて、手際よくしぐれを回収していく。


……その場に残されたのは楓華と、グラウンドに散らばった無数のプルタブ。そして……



「ふ……楓華さまぁ!!」

感極まったように、シロが楓華に飛びついた。



「すごいです、すごいです!! 光明院さまに勝ってしまわれるとは!」

「シロ……私、勝った……の?」

「はい、それはもう! 誰が見ても楓華さまの勝利です!!」



正直、実感は全く湧いてこない。勝ったと言われても、自分が何かしたわけではない。

それでも、自分はシロを守りきれたのだ。そう思うと無性に嬉しくなった。

楓華は満足そうに、グラウンドに身を横たえる。



「ふ、楓華さま!?」

「……あー、滅茶苦茶痛い……」

「当たり前ですっ! こんなに……こんなになるまで……!」



シロは今にも泣きそうな顔で、楓華の傷ついた足首を見ている。また寂しそうな顔して、と楓華はふっと微笑んだ。



「……ねぇ、シロ。お願いがあるの」

自分は今度こそ、シロを裏切らなかった。ようやくシロと向かい合える。自分を変えるための第一歩は、シロと一緒に踏み出したい。そう決めていた。



「シロが迷惑じゃなかったら……私を、シロの……」

「楓華さま。先に、シロのお願いを聞いていただけないでしょうか?」



喉元まで出かかった言葉を、楓華は飲み込んだ。シロのお願いとは何だろうか?

全く見当もつかないが、自分に出来ることならしてあげたい。

シロは少し躊躇ってから、頬を紅潮させて叫ぶように言った。



「楓華さまには、シロの……ご主人様になっていただきたいのです!」





「うん、ともだち……ん?」



聞き間違いだろうか。



「今なんて言った?」

「ですから、楓華さまには、シロのご主人様になっていただきたいと!」



シロはふんふんと鼻を鳴らして、楓華に迫る。聞き間違いではなかったようだ。

頭が痛くなってくる。そもそもしぐれと争うことになったのは、シロを犬扱いされたからだ。なのに、当の本人がその状態に甘んじているのでは、何のために戦ったのか分かったものではない。

とりあえず、楓華はシロの説得を試みた。



「……シロ、あのね。私、そういう魔女の上下関係は受け入れられないというか……」

「いえ、そういう意味ではないのです!」



どういう意味? と聞くよりも早く、シロの口からは楓華の予想もしない一言が飛び出す。


「シロはそもそも魔女ではなく犬なので!」

「…………」



思考が纏まらず、楓華はその場で硬直した。シロは背中を向けると、スカートの裾をつまんでちょっと持ち上げてみせる。

布越しでは全く分からなかったが、シロの腰には丸まった白い毛の塊がちょこんとくっ付いていた、



「……え、と。これ、なに?」

「シロの尻尾です! シロは魔法で人の姿になってるだけの、ただの犬なのです!」



……もはや、言葉が出てこない。

今にして思えば、しぐれが「シロはただの犬」だと繰り返し言っていたのも、言葉通りの意味でしかなかったのかもしれない。

しかし、もうそんなことはどうでもよかった。



「ですから楓華さま、ぜひともシロのご主人様に!」

「……はぁ……」



人生、何事も思ったように上手くはいかない。

それでも。この学園で、少しずつでも変わっていきたい。楓華はそう心に決めた。




──この世界に魔法があるのなら。

きっと私も、変わっていける。魔法みたいに。

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ツユキフーカは魔女見習い chocopoppo @chocopoppo

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