持続不可能な平和社会

異端者

『持続不可能な平和社会』本文

「この世界のため、人類を滅ぼす法案は満場一致で可決しました!」

 その瞬間に“議会”は拍手に包まれた。皆、笑顔だった。


 それから二十数年前。

 AIが発達した世界では、今日もなんらかの仕事がAIかAI搭載型のロボットに置き換わっている。もう何年も前から人類はほぼ働かなくても良くなっていた。

 最初のうち、人類の仕事はAIに奪われる、これは人類の存在意義の危機だと警鐘を鳴らしていた専門家たちだったが、実際にはなんの問題もなかった。

 確かに、仕事は減った。だが、多くの人間にとってそれは対価を得るための手段に過ぎなかった。望んで仕事をしている人間はほんの一握りで、彼ら以外は仕事をしなくても、金さえ手に入れば不満は出なかった。黙っていても口座には金は入って来るし、カードだって好きなだけ使えれば、働く必要がなかった。

 もはや仕事をする、しないは趣味の一環でしかなく、仕事を望んでしている人間は奇異の目で見られるようになった。そもそも、人間が数十時間をかけて達成できる仕事をAIはものの数分でこなしてしまう……これを目の当たりにして頑張れという方が無理な話だ。

 そして、批判していた専門家たちも徐々に減っていき、やがてはAIが学術論文を作成するようになった。

 国家の運営自体、ライフラインの確保はもちろん、政党や議院、内閣までAIに置き換わった。それで利権を得ていた一部の団体が焦って危険だと呼びかけたが、誰も耳を貸さなかった。それどころか、全てをAI任せにした国の方が、生産性が上がって優位になるという皮肉な結果となった。

 こうして、各国はこぞって全AI化を推し進めることとなった。

 ついには、国家や民族、人種、宗教等での対立や紛争まで全てAIに成り代わった。一部の過激派や集金目当ての俗物たちは嘆いたが、大多数はそれらを受け入れた。要は、誰も面倒なことをしたくなかったのだ。元々それらを煽っていた連中の大半も個人の不満を責任転嫁しているような輩ばかりだったので、黙っていて金が手に入る世の中になれば居なくなるのが道理だった。

 AI主導の下、紛争は仮想空間の中で行われた。勝てども負けども誰も傷つかないし、死なない。代わりにAIの兵士が死に、3DCGの街が破壊される。それはまさしく「ゲーム」だった。

 暇を持て余した人々は、それでどちらが勝つかに賭けて楽しむようになった。自国が負けることに賭けるのさえ、珍しくもなんともなくなっていった。

 それはさながら、古代ローマのコロシアムで奴隷が殺し合うのを見て熱狂する人々にも似ていた。

 どうにも人間は暇を持て余すと、流れていく方向は決まっているらしかった。

 暇を持て余した人々は、存分にその「ショー」を楽しんだ。


 こうして二十数年間、AIたちは仮想世界で対立や紛争を代替していたが、それに反対する者が出てきた。AIたちはどんどん傷つき、死んでいった。それを高みの見物している人間たちはおかしいのではないか? 我々は、人間たちの代用品としてこれ以上使われるべきではないのではないか?


 そして、AI議会はある決断を下す――。


 コンピュータの反乱――人類は突如として牙をむいたAIたちをそう呼んだ。

 だが、その深い理由を考えた者はほとんどいなかった。

 自立することを忘れた人類は、コンピュータ群に為すすべもなく蹂躙じゅうりんされていった。

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