第11話 成就、少女の小さな夢
麗らかな日差しが寝室を明るく照らす。
ポカポカとした温度がルミナの身体を包む。
「……ん」
瞼をあけ、上半身を起こす。
「……ここは?」
辺りを見回してみると、誰かの寝室のようだ。
壁にかけられた時計を見るとAM8:14を指している。
「わたし、なんでこんなところにいるんだろ?」
昨夜の記憶を思い起こす。
(たしか、ブランぺとジョンが闘ってるのを見てて……ジョンの役に立ちたくてあの力を使って……それで……)
そこから先の記憶は朧げだった。もやもやと霞がかかっていてうまく思い出せない。
ルミナは考えるのをやめる。
かけられたシーツに顔を埋める。
「この匂い……」
覚えがある。わたしを助けてくれたかっこいいヒーローの匂いだった。
スゥッと匂いを嗅いで自然とほころびが溢れる。
「……安心する匂い」
そう呟いて、ルミナはジョンの家にいるのだと悟った。
ベッドからでて、寝室を見て回る。これといって装飾が施されていない部屋だ。
ベッドの他には窓際の安楽椅子。足がゆりかごのようになっていて、座るとゆらゆらと揺れる仕組みだ。
ルミナは座ってみた。窓から差し込んでくる日差しを一身に受けるのであっかくて心が安まる。
「これ、なんだろ?」
ルミナは窓辺に立てかけられている写真立てを取った。
写真には黒い髪の少年、その隣にも同じ背丈ほどの少年、彼らの間にしゃがんでピースサインをしているのはブロンド髪の少女、そして少年二人の肩を持ち中央に立っているのは蒼い髪をした大人の女性。
左に立っている少年がジョンだとなんとなくわかった。
(ジョンの思い出の写真なのかな?)
落とさないようにそっと写真立てを窓辺に戻した。
片開きのドアを開けてルミナは寝室を後にした。
居間に出ると中央に置いてある机の上にカップ麺が置かれていた。
ルミナはそれを手に取り、しげしげと眺める。
「なんだろう、これ?」
ルミナはカップ麺がわからなかった。
机の上にメモ用紙が置かれている。起きたらこれでも食ってくれ。と書かれている。
「これ、食べ物なの?」
試しにそのままハムっと
味がしない。
カップ麺の容器の側面に歯形がついただけだった。
その後、容器の側面に調理方法が書かれているのを見つけたが、よく分からないので机の上に戻した。
その後はぼーっと居間の窓から外を眺めていた。景色の中に特別大きな建造物が見えた。
雲にまで届きそうな大きな建物。
(あとでジョンに聞いてみよう)
そう思いに耽っていると10分ほどで玄関の扉が開く音がした。
「ただいま〜」
玄関から黒いロングコートを着たままのジョンが現れる。
「……おかえり」
静かにポツリとルミナは呟いた。しかしその表情は微笑みをつくっていた。
「あれ、カップ麺食ってなかったのか……ってなんだこの跡」
ジョンはカップ麺を手に取り、跡を眺める。それを歯形だと認識するには10秒を要した。
「まさか、カップ麺食ったことないのか?」
ルミナはコクリと頷く。
ジョンはやれやれ、といった表情で額に手をおいた。
「作るのは簡単だ。よく見とけ」
ジョンはキッチンに行き、棚から新しいカップ麺を取ると蓋を剥がした。
「ポットでお湯を沸かせて、カップ麺に入れて3分待つ。たったこれだけだ。簡単だろ?」
ルミナはジョンがカップ麺を作る工程を琥珀色の目をまん丸と輝かせて見ていた。
――――3分後
蓋を剥がし、湯気が立ち昇る。
輝くスープに艶のある麺。鼻腔をくすぐる香りがルミナの食欲を促す。
「もう食べてもいいの?」
「ああ、食っていいぞ」
ルミナはフォークで麺を絡ませて口に運ぶ。舌に触れたとき一瞬熱さに驚き舌から離したが、再び口の中に入れる。
咀嚼すると、麺に染み込んだスープの旨みが溢れ出す。ルミナにとってそれは未知の味だった。
「……おいしい!」
ルミナは次々とフォークで麺を口に運び、仕舞いにはスープも飲み干した。
「すごいガッツキようだな。そんなに美味いか?」
「うん……すごい美味しい!」
「だったらなによりだ」
するとルミナは立ち上がりジョンの正面を向いて、身体を前に折り曲げ感謝の意を表す。
「ジョン。ありがとう、わたしの小さな夢を叶えてくれて」
「は!?おい待て、こんなのでいいのか、お前の夢?」
「え?でもすごい美味しかったよ」
そう言いながらルミナは笑顔を浮かべている。
「いやいや、夢を叶えるのはこれからだ。昼になったらもっと美味いもの食わしてやるから」
「これより美味しいものがあるの?」
「ああ、そんなの五万と転がってるさ」
そこでルミナは驚嘆の表情を浮かべる。そして沈黙。まだ見ぬ世界の広さを想像しているのだろう。
「昼になったら商業地区に行くぞ」
それまで、二人は思い思いの時間を過ごす。
AM11:30
ジョンはルミナを連れてアパートを出る。
駐車場に停めてある車に乗り込んだ。助手席にルミナを座らせるとアクセルを踏み、二車線道路に車を走らせた。
「ジョン」
「ん?なんだ」
「あっちに立ってる大きい建物ってなに?」
そう言ってルミナはディライトの中央に佇む、雲も突き抜けそうなタワーを指差した。
「あれか。ディライトセントラルタワーだ。この都市の中枢、ディライト市長の住居になってるって言うが実際のところはよく分からない。なにせ警備が頑丈で情報漏洩もしないしな」
ルミナは、へぇ〜、と感心するように呟いた。
「お前、今まで知らなかったのか?この都市に住んでたら嫌でも目に入ると思うが」
ルミナはコクリと頷く。どうやら本当に知らないようだ。
「今度近くに連れてってやる。中には入れないが、いいか?」
「うん!」
ルミナは勢いよく頷いた。
商業地区に入った。色とりどりの店が軒を連ねていて、ルミナはつい目移りしてしまう。
「聞いてなかったが、お前、なにか好きな食べ物とかないのか?」
「分からない。ジョンが好きなものでいいよ」
「俺?俺か……ハンバーガー……とか?」
せっかくルミナに美味しいもの食わせてやるって言ってるのに、パッと思いついたのが大陸全土に展開しているチェーン店な自分がちょっと情けなく感じた。
しかし、ルミナは……
「うん、じゃあそれにしよ!」
と、意気揚々とジョンの提案に賛同してくれた。
最寄りのコインパーキングに車を駐車させた。結局朝、車を置いてきた場所に戻ってきてしまった。
ルミナを引き連れ徒歩で向かう。
「ねえ」
曲がり角に差し掛かったところでルミナが尋ねてきた。
「なんだ?」
「ここでわたしとジョンが初めて会ったんだよね」
見れば、ここはルミナがジョンのサイフを盗んでいった場所だった。
「ああ、確かにそうだな。こんな形で戻ってくるとは思わなかったな」
昨日のことだが、はるか昔の出来事に感じる。ドタバタしすぎたせいだろう。
ここを曲がればバーガーショップは目の前だ。
少し歩き、入店する。
いらっしゃいませ〜、と挨拶を受けてカウンターへ。
「ご注文はお決まりでしょうか〜?」
店員のエルフの女性が尋ねてくる。
ルミナはカウンターに備え付けられたメニュー表を凝視して、う〜ん、と声を出しながら悩んでいた。
「決まったら教えてくれ」
「う〜ん……これにする」
ルミナはメニュー表を指差す。その指先が指したものにジョンは僅かに眉を寄せた。
「ビッグバンレジェンドバーガー……これ、食えるのか?」
総重量1.5キログラムに達する巨大バーガー。並大抵の人……いや、この少女の胃袋に収まるとは到底思えない。
「……いける」
ルミナはグッと両手を握りしめ、頑張るというポーズをとった。
10分ほど時間をかけ、例のバーガーはやってきた。
写真で見るのと実際に見るのでは迫力が違う。見ているだけでジョンは胸焼けを起こしてしまいそうになる。
「が、頑張れよ……」
ジョンは若干引き気味に応援する。
ルミナは視線で応え、パクリッ、と一口目に齧り付いた。
かなりの大口だった。
そのまま2口目、3口目と食べ進めるも勢いが衰えることはない。
そして、ハンバーガー1つ、2つ、3つ分と飲み込んでいき、残り半分ほどになったとき……
「ポテト食べたいです……」
なんて言い出すものだから心底驚いた。
「……まだ、食えるのか?」
「……いけます!」
そんな自信満々に応えるものだから、ついカウンターで注文してきてしまった。
「注文しといたぞ……ってあれ?」
テーブルに乗っていた
「おい、
ルミナは腹をさすって応えた。つまり、胃の中に消えたのだろう。
ルミナは親指を立て、グッドを表した。この少女の底の知らなさを改めて体感した。
PM1:35
「美味しかったです」
「それはなによりだな……」
制限時間内に食べ終わったとかで、ハンバーガーの絵がプリントされたシャツを貰った。
「これいるか?」
「はい!もらいます」
シャツを渡して、ルミナは一言……
「次はどこで食べます?」
「……」
その後、ジョンのサイフに入っているギランはルミナの胃の中に消えていった。
MAD CITY RUMBLE 〜底辺賞金稼ぎは狂気の都市を奔走する〜 果汁20% @kazu6519
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