第10話 朝焼け、ハンターギルドへ

 地平のはるか先まで白が支配している。

 見渡す限りの白、白、白。

 そこに異物のように佇む、顔がない少女。

 ラン、ラン、ランと独特のリズムを口ずさんでいる。


 「また、この夢か……」


 以前も見た夢。さまざまな疑問を残したまま目覚めてしまった夢。それの続きなのだろうか?


 「やっほ!ジョン!」


 顔のない少女はテクテクとブロンドの髪を靡かせながらジョンのもとへ近づいてきた。


 「いや〜、ジョンも大変な人生送ってるんだね」


 「全部観てたのか?」


 「ジョンの目を通して観てたよ!激しい動きばっかするからジェットコースターに乗ってる気分だったよ」


 少女はヘロヘロ〜、とその場で一回転した。


 「そうか、それはお気の毒に」


 「お気の毒なのはジョンの方だと思うけどね!」


 「まあ、それもそうか」


 波瀾万丈な一日を思い返し、ため息一つ。


 「それはそうと、ここはなんなんだ?」


 「なにって、なーんもない場所だよ」


 「見ればわかる。ここは夢の中なのか?」


 「まあ、そんなとこかな」


 「なんだ?その言い方。まるでなにか知ってるような口ぶりだな」


 少女はハッという表情をしたのだろう。自分の失言に気づいたようにブンブンと首を振った。


 「知らない知らな〜い。んじゃ!今日はここまで!」


 なにかを誤魔化すようにパンッと手を叩き、会話を断ち切った。

 途端、身体全体に重りがのしかかったように重くなる。


 ああ、これは目覚めだ。


 「次はいつになるかわかんないけど、また会おうね!」

 

 そんな少女の声を最期に聞いて、ジョンの意識は覚醒した。




 温かい光が瞼を透かす。

 重い瞼を上げると、窓の向こう側から陽の光が差していた。

 陽は地平線の向こうから顔を出したばかりらしい。携帯端末を取り出し、時刻を確認。

 AM6:30

 4時間ほど睡眠は取れたようだ。これくらい寝れれば充分だ。

 窓辺の写真に、おはよう。と目覚めの挨拶をして、安楽椅子から立ち上がる。

 ベッドを見れば、すやすやとルミナが寝息を立てている。

 安らかな寝顔なので、起こさないようにそっと寝室から出る。

 居間に入り、そのままキッチンへ。

 水場の下に備え付けてある棚からカップ麺を取り出す。居間の中央にある机にそれを置き、ペンとメモ用紙を取り出し、ルミナへ書き置きを残す。

 内容は、起きたらこれでも食ってくれ。だ。

 美味いものを食べさすのは昼時と決めてある。それまでは質素だがこれで満足してもらおう。

 

 「さてと……」


 軽く伸びをして、深呼吸。気分が整ったところで野暮用を済ませなければならない。


 「車、置いてきちまったからなぁ」


 懐をまさぐり、車のキーがあることを確認する。商業地域まで歩くのは面倒だが、早くに起きてしまったので無駄な時間は省きたい。

 玄関扉を開け、外へ。

 階段を降りると、朝焼けの光がジョンを包む。ポカポカしていて気持ちがいい。

 チュンチュン、と街道に林立する木の上で小鳥達がさえずっている。

 人気はまずまずといったところ。通勤する社会人もいれば、ランニングに勤しんでいるものもいる。

 ジョンは商業地域に足を向け、歩き出した。


 車を停めてあったコインパーキングに到着。

 料金を払って車に乗り込んだ。

 時刻はAM7:15

 ルミナが目を覚ましているかと思って、家電をコールしてみる。10回コール音がなってもでないのでまだ眠っているのだろう。

 

 「なら、ちょっと寄り道してくか」

 

 昼前には戻れるだろうとふみ、車を走らせる。

 目指す場所はハンターギルドだ。


 ディライトシティA区行政地区。

 さまざまなビルが林立する地区。それらを横目に流しながら進む。

 ジョンは一つの5階建てのビルの前に立った。そこがハンターギルドA区支部だ。


 「はあ、めんどくせぇな……」


 そう呟き、足を進める。

 両開きの自動扉を潜り抜けると、接客用カウンターが目に飛び込む。

 朝も早いので、人の姿は少ない。


 「あ!ジョンじゃない!」


 カウンターの内側にいる女がこっちこっちと手をこまねいている。

 ジョンは女のもとへ近づく。

 女の容姿は、腰まで垂らした赤い髪に頭にある猫耳が特徴的な獣人だ。

 

 「ひっさしぶりね!ってさっき電話したばっかだけど。でもここに来るのは72日振りじゃない!」


 「なんでそんな事細かに覚えてやがんだよ。キモいな」


 「なんですと!?キモいとは心外な!ギルドメンバーのことなら身長、体重、好きな異性のタイプまでわかるわよ!」


 「やっぱキモいじゃねえか……とりあえずいつもの頼むよ」

 

 「オッケー!持ってくるわね!」


 猫耳の女は親指と人差し指で丸をつくり、奥に引っ込んでいった。

 ジョンは椅子に腰を下ろした。

 彼女の名はウルド・モメント。ギルドの受付嬢や事務仕事を主な生業としている。

 昔は新進気鋭のルーキーとしてその名を轟かせたが、ある時賞金首ターゲットの魔法によって右足を失ってしまった。

 後にその足に義足がつけられたが、ハンターとしての活動は引退。それっきりギルドの受付嬢を担当としている。

 昔は仕事の都合でなんどか背中を預けあったこともある。


 「お待たせ〜。さあ!ささっと書いちゃって」


 渡されたのは何枚かの書類とペン。

 昨夜捕まえたブランぺについての手続きだ。

 ジョンは慣れた手つきでペンを走らせていく。


 「それにしてもC級がB級賞金首捕まえたってすぐ話題になるわよ。そろそろ本部から強制的に昇級試験受けさせられるかもよ?」


 「それは面倒だな。なんとかのらりくらりとわしてきたが、もう避けられないってことか」


 「そーゆーこと。観念しなさい!」


 ジョンはハァとため息を吐く。昨日と今日で何度目だろうか。


 「あと、ブランぺについてなんだけどね」


 「ん、なんだ?」


 そこでウルドは一拍時間をおき……


 「どうも様子がおかしいのよね」


 「俺が捕まえてたときのアイツブランぺはそうとうイカれてたぞ。それは当たり前じゃ……」


 「いや、違うのよ。精神錯乱っていうかなんていうか……の一点張りなのよね」

 

 「知らないってどういうことだ?」


 「うん。あの現場で起きたグレイブのアジトの爆発。なんで自分が暴れてたのか。そこのところもスッポリ記憶が抜け落ちてるみたい」


 「嘘ついてるだけだろ」


 「おおかたそうだろうけどね」


 そこでジョンは書類を書き終わり、椅子から立ち上がった。

 

 「あれ?もう行っちゃうの?」


 「もうやることは済んだだろう?」

 

 「え〜、もうちょっと話してたいのに……」


 ウルドは心底名残惜しそうな顔をする。


 「この時間だ〜れもいないから暇なんだ」


 「いつもなら話してやるが、今日は先約がいてね」


 「え!なになに?……ハッ!?まさか彼女……」


 「アホか。家に親戚の娘が遊びに来てるんだよ」


 ルミナの素性は伏せておく。


 「あ〜……なるほど」


 ウルドはしみじみとなにかに納得したのか頷く。


 「まあジョンに彼女ができるわけないもんね〜」


 その言葉がズキリと胸にダイレクトアタックを決める。


 「やめてくれ傷つく。俺は意外とガラスのハートなんだからな?」


 ウルドはへへへ!きれいな歯をみせて笑った。ジョンもそれに笑みを返して背を向ける。


 「あ、ちょっと待って」


 「なんだ?」


 ジョンはウルドに振り返る。


 「たまにはにも会ってあげなさいよ。アイツ、意外とジョンのこと心配してるんだから」


 「ハハ、アイツに限ってそれはねえな」


 ジョンは軽く笑い、ハンターギルドを後にした。

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