第9話 鳴動、動き出す闇
携帯端末を取り出し、慣れた手つきで番号を押す。
プルルル、と電子音が鳴り、2コール目で相手に繋がった。
「こちらハンターギルドA区支部。どのようなご用でしょうか?」
「こちらハンターネーム
ブランぺに目を配す。ブランぺは依然、一言も発せずに意気消沈としている。それはまるで干からびきった
「あ、ジョン君か!分かったわ!場所はどこ?」
「本名は言うなって……まあいい。場所は――」
現在地の詳細を事細かに教えた。
「りょーかい!んじゃ、あと10分ほどで着くわ!」
そこで、ツー、と電話が切れた。
「ったく、アイツは……」
愚痴りながらルミナが横たわっているベンチに近づいた。
その表情に苦悶を浮かべている様子はない。規則正しいリズムで胸が上下していた。
布団代わりに被せておいたロングコートを取り、袖を通す。
そして、ブランぺの様子を見る。項垂れたまま動く様子もない。回収車が到着するまで待つ必要はないだろう。それよりもルミナをあたたかい布団で寝かしてやりたかった。
再びルミナを見つめる。こうして見るには容姿は綺麗な普通の女の子だ。
「あんな魔法?みたいなの使った後なのにこれか……いい顔で眠ってんな」
ジョンの表情は無意識にほころんでいた。
ルミナをベンチから下ろし、背負う。
「んじゃあ、帰るか」
「…………うん」
そうルミナが寝言で呟いた。ジョンはハッとして目を見開いたが、寝言だと気づくと、ハハ、と自嘲しながら帰路に着いた。
AM1:00
20分ほどかけて、ディライトシティA区の住宅街にたどり着く。
周囲は閑散としていて、人気は感じられない。
そして、ジョンが住まう赤煉瓦の外壁が特徴のアパートの前にたった。
黒塗りの階段を登り、3階の通路へ。303のナンバープレートがかけられた部屋の前に立った。
懐から鍵を取り出して鍵穴に差し込む。右に回して、ガチャリという音を確かめて玄関扉を開く。
「ただいま」
誰もいない空間にジョンの声は響いた。帰ったら誰もいなくてもただいま、と言う。これは昔ながらのジョンの癖だ。
居間を横切り、寝室へ。
背負っていたルミナを下ろし、自分のベッドの上で寝かす。
シーツをかける途中、これは臭くないか?ダニはいないか?などと心配したため、一度ベランダに行き、今朝干したばっかりのシーツを持ってきてルミナにかけてやった。
「…………いい匂い」
だなんて、寝言で溢すものだから驚いた。実は起きているんじゃないか、と疑ったが規則正しい寝息を立てているものだから疑いはすぐに消えた。
居間に行き、救急セットを取り出して打撲箇所を簡単に処置した。包帯を巻くことで内出血や腫れを軽減させる。
昔からこれっぽっちのケガは慣れているので一日経てば回復しているだろう。
この回復力は昔から周囲の人間からいろいろ言われてきたが、自分でも原因は分からない。生まれながらの体質なのだろう。
「…………はぁ」
今日一日で溜まった疲れを一気に吐き出すように嘆息する。
今日一日でいろいろありすぎた。サイフを盗まれ、ルミナに出会い、
疲れがどっと来たため、瞼が重くなる。
ルミナの横で寝るのも悪いので、窓際に置いてある木製の安楽椅子に身を委ねた。
波に揺られるように椅子が動く。この揺れが心地いい。
窓辺に置いてある写真立てをとり、その写真を見ながら……
「…………おやすみ」
そう呟いた。
写真立てを再び窓辺に置いて、ゆっくりと瞼を閉じる。意識が途切れるまで、30秒も経たなかった。
ジョンがブランぺの元を去り、数分。回収者が到着し、抜け殻のようになんの抵抗もしないブランぺを回収した。
「なんだ?コイツ?抜け殻みたいに全然動かないぞ?」
「だが、呼吸はしてるしな。まあいい。とっとと本部に送っちまうぞ」
二人組の回収人はブランぺの様子を訝しみながらも、懐から取り出した注射器をブランぺの血管に刺し込んだ。
これは体内にある魔素循環回路を封鎖させ、魔法を扱えないようにさせる拘束用の
そして、ブランぺを後ろに備え付けられた護送用の一室に放り込んだ。
車が発進し、スラム街を後に……。
A区に差し掛かった頃のことだった。後部の護送用の一室に衝撃が走った。ガタン!と回収車全体が揺れる。
「な、なんだ?」
「まさかアイツ!動き出したか!?いや、だが……」
注射器を使ったため、魔法を行使することはできないはず……ならば、外的要因のはずだ。
回収人2人は運転席を飛び出した。
途端、鼻腔をくすぐる甘い香り。脳がとろけ、身体全体が液状化するかのような快感。
その香りに運ばれ、2人の回収人はぐったりとその場で意識を落とした。
「だらしないですねえ。こんな低級負荷魔法に対抗する術がないなんて……こんな己の職に責任のない人たちがいるからディライトが腐乱していく……」
その声の主はカツカツと靴音を鳴らして、護送室の扉に手をかける。
鍵が掛かっているはずだが、ガチャリとロックを外れる音が響いた。
その男は両開きのドアの取手に手をかけ、勢いよく開いた。
中には、隅の方でうずくまるブランぺの姿。男はブランぺの前に立ち。パチンッ!と指を鳴らした。
「…………ハッ!」
途端、ブランぺの意識に光が広がった。目の前にはスーツ姿で、銀髪の髪をオールバックにまとめた、
その男は、掛けているメガネをクイッと持ち上げ、ブランぺに問う。
「あのあと、ブランぺさんのアジトを散見させていただきましたが、例の少女は見つかりませんでした。心当たりはありませんか?」
「オ、オレは……今まで何を?」
「今はそのことはどうでもいいのです。聞かれたことを答えて下さい」
「オ、オレはそいつを見た気……が……」
再び、ブランぺは口籠る。
「話になりませんね。では直接拝見させていただきましょう」
吸血鬼の男は人差し指をブランぺの額につけた。
その瞬間、ブランぺの記憶は吸血鬼の男に逆流する。
「うぉぉあぁぁぁぁ!!!」
ブランぺの呻きが漏れる。頭の中をこねくり回されるような感覚がブランぺを支配する。
「なるほど……ジョン・パリサーですか。そいつがあの少女を攫ったのですね」
吸血鬼の男はブランぺの額から人差し指を離し、呟く。
ブランぺは先ほどの衝撃で全身から汗を流していた。
「汚いですねぇ。この程度の思考視察に動揺しすぎです」
「な、なあ?これでオレの役目は済んだんだろ!?ならもう放っておいてくれよ!」
「取引相手だった人になんですか?その物言いは?…………まあいいでしょう。」
「…………だったら!」
「ええ、だったらアナタはもう用済みです」
「…………へ?」
吸血鬼の手が開かれる。その手のひらの先に魔法陣が展開。
「すべて、忘れていただきます」
魔法陣から白い光が溢れ出す。吸血鬼特有の犬歯を覗かせ微笑すると、光がブランぺの視界を包み込み……意識がシャットアウトした。
吸血鬼の男は回収車を後にした。
「我々
そう一人呟き、吸血鬼は夜闇に溶け込むように消えていった。
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