ワイルドな知らないお姉さんと子どもの遊びをするだけ
鴻上ヒロ
第1話:連鎖しりとり
塾に、行きたくない。
急にそんな気持ちが湧いてきて、どうしようもなく足が動かなくて、僕は家と塾のちょうど中間くらいにある公園に来ていた。一人でいる夕方の公園は、ほんの少し気分が高揚してくるけれど、塾をサボっているからか、なんとなく居心地が悪い気がする。
ああ、やだやだ。中学生にもなってこんなの。
「現実に疲れた顔をしているな、少年!」
ブランコに一人腰を掛けていると、急にデカい声がした。なんか少し低いけど、大人の女性の声のように感じる。
顔をあげると、そこには髪の短いワイルドな服装をしたお姉さんがいた。
「何なんです?」
「疲れてブランコに座るのは社会人の特権だ! 子どもにはまだ早い!」
「なんの話!?」
ドラマなんかで、疲れたサラリーマンが夜のブランコに一人座っているというのを見たことがあるけど、特権じゃあないだろう。そもそもブランコは子供の遊び道具であって、サラリーマンの現実逃避場所じゃない。
「少年なら、いや、少年でなくとも遊べ!」
「塾サボって遊ぶなんて最悪じゃないですか」
「なんだサボりか、ならなおさら遊べ!」
「なんで!?」
「せっかくのサボりがもったいないだろうが!」
なんだ、この人。テンションがおかしい。言動もおかしい。何もかもおかしい。本当に大人か? この人は。
ああ、風が、気持ちいいなあ……。
「というわけで連鎖しりとりゲーム!」
「急に始めんなよ! 連鎖しりとりってなんだよ! 誰なんだよ!」
「説明しよう!」
「子供向けヒーローアニメのやつ!」
ダメだ、早くも息切れしてきた。全部にツッコむときりがないぞ、この人。
「連鎖しりとりとは、同じカテゴリの言葉でコンボを作り、連続して発言できるしりとりのことだ! 発した言葉の数が得点になるぞ!」
お姉さんが、どこか明後日の方向を指している。
「どこ指してんの?」
「カメラ目線だ!」
「カメラ無ぇ!」
お姉さんは「よっこいしょ」と、隣のブランコに腰を下ろし、僕を見据えた。栗色の瞳がとても綺麗だけど、なんだろう、この残念な気持ちは。
「先攻は私! 手本を見せるぞ!」
「やるって言ってないんだけど?」
「しりとり・りんご・ゴリラ・ラッパ・パンダ・ダーツ!」
定石だなあ……ん?
「同じカテゴリ!?」
「そうだ、しりとりんごりらっぱんだーつコンボ……通称しりとり定石コンボだ」
「あ、そういうのもアリなのか」
「このゲームは屁理屈でも相手を納得させればOKだぞ少年! 君が今そういうのもアリかと思った時点で、私の6点の得点は確定した!」
うわあ、ルールの後出しとか汚い。大人がやることかよ。
「先攻有利すぎない?」
お姉さんが、なんかこっちを見ている。期待の眼差しなのかもしれない。続けろということか。つ、つ、つ……。
「月・金星・異星?」
「なるほどコズミックコンボか」
「言いたいだけだろ」
「インコ・コアラ・ラクダ・ダチョウ・ウミウシ……動物コンボだ」
なんでこんなに強いんだよ、実は頭いいのか? こんな滅茶苦茶な人なのに?
「鹿・貝・イカ・カンガルー」
「これで君は7点、私は11点だな」
ちょっとだけいい勝負になってきてんじゃねえよ。
「ルビーロウムシ」
「待て待て待て」
お姉さんがきょとんとしているようだ。そんな顔すな。きょとんとしたいのは、どう考えてもこっちだ。
「何それ」
「病害虫として知られてる虫だな、貝殻の下に約1000粒ほど卵を産むぞ! 超キモいぞ!」
「いるのかよ……いたわ」
スマホで調べてみたら、ちゃんといた。しかも、ちゃんとキモい。
「ルビーロウムシ・シロスジコガネ・ネプチューンオオカブト」
「今度は虫かあ……ト、ト……闘気・気・キャリバー・バトル」
「お、何コンボだ?」
「……バトル漫画にありがちな言葉コンボ」
しまった、つい真面目に取り組んでしまった。これで11点、お姉さんは14点、地道に近づいているな、なんて考えてしまった。お姉さんがニヤニヤしているのが、とてもうざい。
「ルマンド・ドーナツ・つ、つ……くっ、浮かばない」
「積み木、キン消し、食玩……あ」
「はい、君の負けー! というか渋いの知ってるねえ」
くっ、なぜか本気で悔しいというか、ムカつく。この名前も知らないお姉さんのニヤケヅラが、無性にムカつく。得点とは関係なく普通のしりとりでも負けてるのも、なおムカつく。
お姉さんがやれやれといった感じで立ち上がった。やれやれと言いたいのは、こっちだ。
「じゃ、また明日な! 少年!」
「は?」
「さらばだ! はーっはっは!」
リアルでさらばだとか言う人、はじめて見たな。しかも高笑いして、土煙をあげて爆走している。なんだあの人、新種の妖怪か何かじゃないだろうな。
「ん? また明日?」
ワイルドな知らないお姉さんと子どもの遊びをするだけ 鴻上ヒロ @asamesikaijumedamayaki
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