2.Mのこと1~木皿の話

 たいていの怪談関係者は、一般の受け手が自分の話を純粋な「事実」として受け取ることをむしろ嫌がる。あらかじめフィクションを明言している場合はもちろん、いわゆる実話怪談であっても「もしかしたら本当にあったという可能性もあり得るかもしれない」程度の没入で留めてくれるのが理想だ。

 一方で身内同士の間では、お互いの話を半ば実話である前提で尊重し合う。矛盾点へのツッコミなども基本的にご法度だった。

 それは、単純に怪異の存在そのものを本心では信じている、というのとは違う。あくまで私個人の解釈だが、実在しない怪異を実在しているかのように振る舞うところにこそ異界からのインスピレーションが訪れる、というねじれた信念のあらわれなのだと思っている。

 だが、Mのスタンスはそれと正反対だった。

 Mは「ホラージャーナリスト」を名乗り、自分がツイートで語る怪談の全てが紛れもない実話であることを日頃から周囲に強調していた。それどころか、自身の体験談としての話を多めに語ることで、「霊感体質」アピールも積極的に行っている。

 その甲斐あって、信者というかビリーバー的なファンを大量に獲得。現在ではリアルイベントにも頻繁に出演する人気を得ることとなった。

 しかし、裏に回って同業者と交わる時にはそれが一転する。怪談を創作として冷徹に割り切り、自分の能力の純粋な産物としてのみ扱った。他の関係者の作品についても、批評めいたことを言うのが当たり前だった。

 一度自作に手厳しい評価を受けて以来、私は正直Mが苦手だった。


 そんなMが、「東北のライター」からの電話を初めて受けたのだという。

『東北の者ですけど。こんな話があるんですが』

 そのとき語られた話は、こういうものだった。

 

 戦後すぐのこと。

 東北のとある農村では、土地の神を祀った小さな祠があり、木皿にのせて食べ物を供える習慣があった。

 そのお供え物をある時、村はずれに母親と二人で住み着いている浮浪者の子供が盗んで食べてしまった。

 食糧事情の厳しい時代のことである。都会よりはいくらかマシとはいえ、苦しい生活の中でなんとか捻出した供物を台無しにされたことで、村人たちの怒りに火が付いた。

 子供の身体を祠近くの大樹に縛り付けると、老若男女が寄ってたかって、殴る蹴るの折檻を加えた。村の一員とは言い難い浮浪者が相手だったことも、罰に必要以上の力が加わった理由ではあっただろう。

 一通りの暴行を終えると、縛った子供をそのままにして、村人たちはその場を離れた。子供はやけにぐったりとした様子で、もはや泣きわめくことすらなかったが、それを気に掛ける者はいなかった。

 ところが翌日、子供は樹の下で冷たくなっているのが発見された。どうやら、昨日の折檻がどこかの内臓を傷つけていたらしい。

 村人たちはさすがに青くなったが、どうせ浮浪者一人のこと、事故で済ませてしまえばいいとすぐに開き直った。面倒を嫌った駐在もそれに加担し、この件は曖昧に処理される。

 子供のただ一人の身寄りである母親には、お前の子供は神さまのお供え物を盗んだ罰が当たり、遠くへ連れていかれたのだと言い含めた。もともと少し足りないところのあった彼女は、そんないい加減な説明でも納得してしまったのか、大人しく無言でうなずくだけだった。

 だが、その数日後。祠の前で、今度は母親の死体が見つかる。

 それもただの死体ではない。首を切られた状態である。

 そして母親の首は、供物を載せるはずの木皿の上に、祠と向き合うようにして置かれていた。

 首は、一枚の半紙を咥えていた。そこには、血文字でこんな言葉が書かれていた。

『むすこが おそなえものを ぬすんで もうしわけありません わたしのくびで つぐないますので むすこは おかえしください めしあがれ』

 村人たちは今度も事件を内輪で隠蔽したが、母親が自分自身の首を斬ることも、ましてや斬り落とした首に紙を咥えさせることもできない以上、これは殺人である。その犯人だけは探し出そうとした。

 だが、拷問まがいの手段まで用いてどれだけ厳しく捜索しても、首切り犯の手がかりすら一つも見つけることはできなかった。

 やがて村は疑心暗鬼に包まれ、一人、また一人と出ていく者が後を絶たなかった。

 この村は今は廃村となっている。

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