東北のライター
小塚米思
1.「東北のライター」
「東北のライター」という、怪談・ホラー界隈ではよく知られた存在がいる。
ある日、業界関係者の元に非通知で電話がかかってくる。通話先の暗い男の声は、初めての相手であっても名乗りもせず、決まってこう切り出す。
『東北の者ですけど。こんな話があるんですが』
男は、どこで仕入れたのか定かではない、しかしプロの目から見ても新鮮で、驚くほど魅力的な怪異譚を一方的に語り始める。
想像上の典型的な東北人の印象そのままの、こちらを怖がらせようとする意図のない朴訥な語り口は、むしろ業界慣れしている人間ほどかえって強烈な恐怖をかきたてられる。
そして話し終えると、
『この話、使えませんか』
と尋ねてくるのだった。
その際、怪談の利用法を問わず対価を要求することは一切ない。業界と関われること自体に価値を見出す、卑屈なタイプの怪談好きなのかもしれない。
以前、怪談業界関係者に軽く聞き取り調査をしてみたところ、だいたい4割程度が「東北のライター」からの電話を受けた経験があるようだった。この電話がかかってくることこそが、業界人として一人前である証という風潮も一部にはあるようだ。幸いなことに、私も何度か「ライター」氏から電話をもらったことがあり、記事や小説のネタとして使わせてもらった。
業界では広く認知されている「東北のライター」だが、奇妙なことに誰ひとりとして「東北のライター」の本名を知らない。連絡先も同様なので、こちらからコンタクトを取ることもかなわない。本当にライターなのかどうかすら曖昧だ。そもそも、個人情報の管理にうるさいこのご時世に、業界関係者の電話番号をどうやって調べ上げているのだろうか。
この上なく怪しい人物ではあるが、ただ、語る話の質の高さは折り紙付きであり、著作権などの問題で揉め事を起こしたことも一度もないのは確かだ。そのため業界関係者たちには、都合のいいネタ元としてとにかく便利に使われていた。
何か面白い話がほしい。そう考えている時に限って、あまりにタイミング良く電話がかかって来ることから、あいつ自体が怪異なのではと冗談交じりに囁かれることさえあった。
「――まあ、怪異とは言っても座敷童とかの類だけど」
怪談・ホラー関係者のちょっとした集まりでまたしても「東北のライター」の話になり、その無害さ、有益さを改めて強調するそんな軽口が出た時。
大半の人間が同調して軽く笑っている中、オカルト雑誌のベテラン編集者であるK氏ひとりが、妙に厳しい顔で押し黙っていた。
私同様にそれに気が付いた人々が、どうかしたのかと水を向けると、はじめK氏はなんでもないと誤魔化そうとしていたが、すぐに思い直したのか「……そうでもないかもしれん」と重々しく呟いた。
その意味を理解するには、少し時間が必要だった。
K氏は、「東北のライター」が座敷童みたいなもの=無害な怪異である、という解釈に異議を唱えているのだ。
そしてK氏はぽつりぽつりと、その場にいない業界人の一人について語り始めた。主にX(旧Twitter)で活動している、Mの話だ。
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