4.おわりに

「結局Mはその問いに、行く、と答えたそうだ」

 空になったグラスの底を見つめて、K氏が言った。

「これから、『東北のライター』の家に行くんだと笑っていたよ。そこが具体的にどこなのかはどうしても教えてくれなかったが」

 木皿の件で抗議を受けるのか。意外にも歓迎してもらえるのか、いずれにしろ、何かのネタにはなると思ったのだろう。

 その即断即決の行動力は、私などには決して真似のできないもので、Mのことが少しうらやましく思えた。

「この話をMから聞いたのが3カ月前のことだ」

 周りの人々が息を飲むのが分かった。

 私は知らなかったが、ちょうど3カ月前からMのアカウントが更新を停止していたらしい。連絡も取れなくなり、いくつかのイベント仕事は穴埋めが大変だったようだ。

 3カ月。成人の捜索願を出すにはまだ微妙なラインだろうか。

 何があったのかは分からないが、と前置きしてK氏がまとめるように言った。

「俺たちも、『東北のライター』に頼るのはほどほどにしといた方がいいのかもな」

 教訓めいた言葉を合図にして、その場はお開きとなった。


 それから数日後、久しぶりに私のところに「東北のライター」からの電話があった。

『東北の者ですが。こんな話が』

 言いかけた声を遮って、私はつい自分から話しかけていた

 K氏から話を聞いて以来、胸の中でしつこく渦巻いていた疑問を、回線の向こうの存在に矢継ぎ早にぶつける。

 あなたは本当にライターなのか。

 業界関係者の電話番号をどうやって調べているのか。

 木皿の件について、あなたはどう思っていたのか。

 Mはあなたと出会えたのか。

 今、Mはどこにいるのか。

 電話の向こうの声は、それらの質問には一切答えることなく、ただじっと沈黙を返すだけだった。

 ただ、最後の、

 あなたとMについてのこの話を、小説の形式で発表したいが問題ないだろうか。

 という問いにだけは、

『そうすか』

 と素っ気ない言葉を残した。

 そして、そのまま通話は向こうから切れた。


 こうして私は「東北のライター」についての文章を書き始め、もうすぐ書き終えようとしている。

 だが、今更ながらに「ライター」の最後の言葉が気になってくる。あれは本当に承諾だったのだろうか。

「そうですか」ではなく「そうすか」。

 基本的に丁寧な言葉遣いを崩さない「東北のライター」が「で」の一文字を抜いたこと。あれは言い間違いや訛りなどではなく、もしかしたら怒りの表現だったのではないか。

 もしもあれが拒絶の言葉で、その意思に反してこの文章を公開してしまったとしたら、私もMのように「東北」に招かれてしまうのだろうか。

 その可能性におびえつつ、だが、いくらか期待している部分も正直ある。

 私はまだ一度も、東北を訪れたことがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東北のライター 小塚米思 @koduka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画