3.Mのこと2

 多くの業界人同様にMも、この「東北のライター」の話を気に入り、自分の活動に利用することに決めた。

 だがMにとっては、他人の話をそのまま使うだけでは自分のプライドが許さなかったらしい。

 そこで、

『自分の独自取材によりその村の跡地を突き止め、母親の首が載っていた木皿の実物も入手した』

 という後日談を付け加えたのだという。ご丁寧に「木皿」の写真付きで。

 MがXでこの話を語った連続ポストは、そこそこ話題になった。考察動画がいくつか作られ、木皿をフリスビーのように振り回して悪の村人と戦う首無し死体がミームと化し、ファンアートが流行したりした。

 だがそのせいで、たまたま標的を探していたネットの暇人たちの目に留まることにもなってしまった。

 彼らはあっという間に、写真の「木皿」が、薄汚れてはいるものの、DAISOで税込み330円で発売中のものと特定。Mは一転して炎上することになる。

 ネット慣れしているMはすぐさま謝罪文を画像ポストとして投稿したものの、その内容は、

 首切りの話そのものは自分が実地の調査で収集した実話だが、木皿だけは取材の過程で知り合った東北のライターから譲られたもので、すっかり騙されてしまった。

 というものだった。言うまでもなく実態とは正反対である。

 今後は情報の精査をいっそう厳密に行っていく、という殊勝な言葉で締められたこの謝罪で、一般の炎上はいくらか鎮静化したらしい。だが、傍で見ていた業界関係者たちは余計に心配することになった。

 責任を押し付けるような言い方をして、「東北のライター」が怒らないだろうか?

 そもそも、業界外の人間に「東北のライター」について語っても問題はないのか?

 周囲からのそんな忠告の言葉を、Mは一生に付したという。

 あくまで自分は一般名詞として「東北のライター」という表現を使っただけで、あの「東北のライター」の話をしたつもりはない。

 そもそも、いい大人が「東北のライター」を半ばタブーのように扱うのは馬鹿げた態度である。

 責任を押し付ける形になってしまったのは悪かったが、業界ではこういうことはよくあるし、文句があるなら次に電話をかけてきた時に、ちゃんと謝る用意はある――

 この場合「謝る」というのは、自分の高いコミュニケーション能力で東北の田舎者を軽く丸め込む、ぐらいの意味だろう。

 だから、それからしばらくして非通知の着信が来た時。Mの側には動揺は少しもなかった。

『東北』

 感情の薄い平坦な声が代わり映えのしない前置きを語る。そうMが思ったその時、

『に来ませんか』

 声は予想外の方向へと進んだ。

 説得のための言葉をいくつも並べていたMの頭は、それだけで真っ白になった。今こいつは何と言った?

 Mの内心の疑問に答えるように、声は同じ内容をゆっくりと繰り返した。

『東北に、来ませんか』

 いくらか取り戻した冷静さで、Mはその言葉の意味を考えた。

 これは、自分のところに直接会いに来い、と言っているのだろうか。

 電話の向こうでは、暗く冷たい「東北」そのものが答えを待っているように、Mには感じられた。

『東北に、来ませんか』

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