第6話 怪しげなJob
正人は電機メーカー子会社のJobをやり遂げると晴れてマネージャーに昇格した。中途採用であっても30代のうちにマネージャーにはなりたかった。クライアント、マネージャーに罵倒される毎日ではあったが、今までの苦労は無駄ではなかったかと正直うれしかった。会社名はTCPになったものの、仲間も周りもなにも変わっていない。旧TCPのメンバーが合流してきたが、未だ一緒に仕事することもなく当初持っていた不安も大したものじゃないと思っていた。
マネージャーになって変わったことと言えば、アシスタントも付いたことだろうか。早々にアシスタントから挨拶があった。今のところ別にお願いすることがあるわけじゃない。まあ、パートナーとのミーティング設定の調整をお願いするぐらいか。出張の切符手配ぐらい自分でできる。
担当はCA出身のアシスタントだった。アメリカの大学出ただの、彼氏がイギリス人だの。これ見よがしに大きな声で周りに聞こえるように話していた。以前は会議設定一つにも、スタッフのアシスタントじゃない的な冷たい対応であったが、掌返しとは正にと言わんばかりの丁重な挨拶だった。マネージャーになってこんなことで勘違いする連中も出てくるのだろう。
アシスタントから連絡があり、山下のアシスタントと日程調整させてほしいとのことだった。スケジュールの開いてるところに入れてくれればよいと伝えた。正人は森田のチームではあったが、所詮個人商店、売り上げが全て。どこからでもお呼びが掛かれば飛んで行くのがこの世界。当然、山下から森田に仁義を切ってるのだろう。詳細聞いてから報告すりゃいいか。正人は森田の傘の下だから山下もおいそれとはクビにはできないはず。そんな後盾もある。一方、山下と言えばダボハゼと言われるぐらいどんな仕事でも請け負うコンサル界の何でも屋だ。大きなものは先の電力会社のプロジェクトから小さなものは先輩の零細会社の会計改善まで何でもやる。名前と顔を売るために時には利益も無視する。
”鈴木はん。久し振りやな~。例の電機屋さん、あんじょう廻したらしいな~。” 山下はいつものねちっこい京都弁で話し始めた。”ちょっと北のお店のプロジェクト手伝ってもらえまへんか。この件は森田はんには伝えてあるさかい心配せんでええ。今日あたり店に挨拶兼ねて行こか。7時にオフィスで待ち合わせや”
山下は、いつものことで相手の意向など一切お構いなし、こちらにしゃべらさせない。 ”承知しました。” と正人が言うと、山下は会議室から出て行った。全くもってどんなものかもわからない。質問させる隙も見せなかった。
”森田さん、今良いっすか。山下さんから北のお店のプロジェクトを手伝えって言われたんですが。” 正人は何とかプロジェクトの概要を森田から聞き出そうと森田のパートナールームに首を突っ込んで聞いてみた。山下が本当に森田に許可を得ているのかも確認するために。
”ああ、バッキーの件な。” 大阪の北で有名な巨大ショーパブだ。 ”キャストの人材管理と給与システムの構築だって聞いてるが。しばらく我慢してつきあってくれ。そのうち代わりを寄越すから。”
J-SOXバブルがはじけてコンサルも仕事探しに躍起になっている。こんな仕事もやらなきゃならんか。ダボハゼでもほかのパートナーは山下の営業力に頼るしかないといったところらしい。同じ泥船に乗っている以上どんな手を使ってもできるだけ沈むのは後に伸ばしたいようだ。
”今晩はおかまバーで打ち合わせか。” 正人は好奇心はあるもののため息をつきながらつぶやいた。
”あらー山下ちゃん、いらっしゃい。” テレビで見たことのあるバッキーだ。 ”今日は仕事や。オーナーはんいはる?” どうも山下は常連らしい。
正人は”えっ、” 思わず口からでそうになった。オーナーはもろ、そちら様の風体。風体だけならいいが、と思いつつあまり深入りしないほうがよさそうなので、好奇心は一旦棚上げとしておくことにした。プロジェクトになるとして、品質管理部の審査に通るかどうか。。。。(監査系コンサルはクライアントに対する要件が厳しく、反社はもちろん、ギャンブル、ピンク系など世間評判に関わるクライアントから仕事を受注することを厳しく制限している。)
”ほな、旦那はん、1年、1本でいかがでしょ。ソフト(人事パッケージのライセンスのこと)は抜きでっせ。” 山下が、いきなり見積もり?を出し始めた。正人は何も聞いておらず、見積もりすら出せる状態じゃない。ので考えてもいない。 "山下さん、わかりました。細かいことは若い衆に任せますんでよろしゅう。それと金はどっから出せばええんかの。” オーナーが答えた。完全に映画の世界や 。 ”そうですなー。ミナミの商社でどないでしょ。 ” "わかった、そうしまひょか。” きな臭いにおいがプンプン、絶対深入りしてはだめだ。正人は今まで冗談でスタッフにJOBで失敗しても命まではとれらないと言っていたが、もしかすると本当に命まで取られる可能性がある。さっきまでの傘だ盾だのお気楽な気分がぶっ飛んだ。
”今日ははりこんだろ。” オーナーがいうと、"では、ごちそうになりますか、こっちは鈴木いいますけど、今回のプロジェクトマネージャしますん。よろしゅうお願いします。" お店のフロアーに一緒にいくとオーナーは、”楽しんでってや。バッキー、ほな後はよろしく。"
聞かなければ男とわからないほどの美人?ぞろいであった。山下としてはいつものことだろう、嬢?の名前は全員覚えていて楽しく談笑している。ショーパブだけにお笑いあり、ダンスあり、で多くのサラリーマン、主婦などが楽しんでいるようだった。そこへ30代前半の3ピーススーツ、銀縁眼鏡のできる銀行員風の男がやってきた。
”長田と言います。今回のLDさん、いや失礼しました。TPCさんのプロジェクトの窓口になります。よろしくお願いします。” 全く淀みのない標準語で話しかけてきた。この担当だけ見れば普通の会社なのだが。それが更に正人の恐怖を増幅させた。
品質管理部は審査の結果、何事もなかったかのように契約締結にGoが出た。見積りは流石、長年コンサルやってるたぬき親父、”うまく” 進めば何とか1年かつ1億で収まりそうだった。というか、そうするしかなかった。
正人は後戻りできない闇夜に押し出されるような感触をおぼえた。
第6話 了
次の更新予定
隔週 月曜日 18:00 予定は変更される可能性があります
Up or out Mah @mah_fujiyama
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