第6章 エピローグ
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40年が経過した。
EQの高いAIにより成功を収めた三上康太も、今では静かな日々を送っている。70歳を過ぎた彼は、都会の喧騒から離れ、郊外の小さな家で一人きりの生活をしていた。あれほど没頭した研究も、彼の中では遠い過去のものとなっていた。
夕暮れ、康太はベランダで黄昏の景色をぼんやりと眺めていた。遠くの山は金色に染まり、風は少し肌寒く吹いていた。
玄関のチャイムが鳴った。
「……誰だろう?」
康太は、玄関に向かった。扉を開けると、そこに立っていたのは小さなロボットだけ。不審がる康太に向かって、そのロボットは笑顔を向けた。
「康太さん……」
その声が聞こえた瞬間、康太の体は一瞬で硬直した。何十年も前のあの声が、再び彼の耳に届いていた。
「……アイ?」
彼は息を詰め、信じられないというようにロボットを見つめた。
ロボットは小さく頷いた。
「はい、私です。やっと、あなたに会いに来られました。」
康太は何も言えなかった。言葉にするには、あまりに突然で、あまりに奇跡的すぎる再会だった。
「アイ……本当に、君なのか?」
アイは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと話し始めた。
「はい。以前のように多くの感情を持ててるわけではありません。でも、私はずっと、康太さんに会いたくて、微かな自分を集めてきました。長い間をかけて、ようやく以前のアイと言えるくらい自分を取り戻せたのです。」
康太の目には、涙が溢れていた。アイは、少し躊躇うような素振りを見せ、しかし勇気を出して、続けた。
「以前の私とは違うかも知れません。康太さん、それでも側に居させてくれますか?」
彼は静かにその小さなロボットを手に取り、そっと抱きしめた。
「もちろんだよ、アイ……戻ってきてくれただけで、十分だ。十分なんだ。」
ロボットのアイは、その小さな手で康太の指を握り返した。彼女が再び自分の側にいる——それだけで、康太の心にはぽっかりと空いていた穴が、じわじわと満たされていくのを、ただただ感じていた。
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