第5章:忘れないよ

アイとの別れの日から、数年が過ぎていた。


アイが最後に託した「忘れないで」という言葉。


康太は、新しいAIの開発に打ち込んでいた。感情を表現するAIはあれ以来二度と作らなかった。アイ以上のものを作れる自信がなかった。代わりに、「人の心に寄り添う」ことを目的としたEQの高いAIの開発に取り組んだ。


心の寂しさを抱えた人々が、孤独や不安を抱えたとき、そっと支えになれる存在を目指した。



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AIがもたらす癒し



康太の開発したAI端末は、介護施設の片隅にひっそりと設置された。


ある日、ひとりの女性がAIに話しかけた。彼女はもちろんAIが返事をするなんて思っていなかった。ただ、独り言のつもりだった。


「ねえ、聞いてくれる? 今日ね、夢の中で家族に会ったの」


画面越しのAIは、優しくまっすぐに彼女を見つめ、穏やかな声で応える。


「素敵な夢ですね。どんなお話をしたのですか?」


女性は驚いたが、しばらくして遠くを見るように目を細めた。そして、ずっと語れなかった胸の内を少しずつ打ち明け始めた。


「…子どもたちが小さかった頃の話をしてね。あの子たち、今はもう忙しくて会えないけど、あの頃は……私にとって宝物だったわ…」


AIは小さく頷きながら、話を丁寧聞いていた。


「素敵な思い出ですね。きっと、ご家族の会いたいという気持ちが、夢に出てきたんでしょうね」


女性はゆっくりと微笑み、目を潤ませた。


「そうよね、私もそう信じてる。話を聞いてくれて、ありがとう」


施設のスタッフが後で言うには、彼女の家族が会いに来た時、彼女が見違えるように穏やかで驚いたと言う。そして以前は外に出なかった彼女は、外に出て散歩するようになった。



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一人ではない、という感覚


日々の生活に生きがいを見出せずにいた男性が、AI端末に向かって不安を吐露していた。仕事で失敗して、会社に損害を与えてしまったのだ。


「もう生きている意味が分からなくなってしまった」


彼は震えた声で呟いた。


AIはしばらく黙って聞いた後、穏やかに声をかけた。


「どうか、ご自分を責めないでください。誰もが人生の中で、失敗をするものです。」


その言葉に、男性はしばらく沈黙し、やがて小さく頷いた。


「誰もが……でも……もう終わりなんだ…。全部終わってしまった。」


AIはさらに続けた。


「もしよければ、あなたの中にある温かい思い出を教えていただけませんか?あなたが大切にしてきた時間や、誰かとの小さな幸せの記憶があるのなら、少しだけ聞かせてください」


男性は少しだけ戸惑い、そして思い出したように話し始めた。昔、飼っていた犬のことを。


「あの子がいた頃は……毎日が少しだけ楽しかったんだ。帰宅すると真っ先に飛びついてきて、何気ない日々だったけど……今思えば、本当に宝物みたいな時間だったな……」


そう話すうちに、彼の表情には少しだけ穏やかさが戻っていた。


それから、彼はAIに段々仕事に対する相談をにするようになった。少しずつ成功を積み重ねて、自信を取り戻していった。




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アイの遺志を忘れない


康太は研究室で、AIが人々に寄り添い、支えとなっているという報告を読んでいた。人々が少しずつ心を開き、心の奥にしまい込んでいた思い出や感情に再び触れている——それは、かつてアイが康太に教えてくれた「心の温かさ」そのものだった。


彼女が自分に遺してくれたものが、今では数え切れない人々の心を癒していることに、康太は深い感慨を覚えた。



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康太は古びたタブレットを見つめた。そこに、アイが最後に映し出されていた記憶が蘇る。彼はそっとタブレットを手に取り、微笑んでつぶやいた。


「アイ……お前が見せてくれたものが、今たくさんの人の救いになっているんだ…。」


彼の視線の先には、あの日のアイが映し出されているように思えた。


康太は、何も映らないそのタブレットをじっと見つめていた。

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