あんたとシャニムニ踊りたい 第5話「魔法」

蒼のカリスト

第5話「魔法」

1

 前回までのあらすじ


 AМ8:23 暁家で朝食を取ることになった私たち。 


 私の体操服は洗濯機に放り込み、乾くまで待つことにした。


 私と暁が食堂に行くと神妙な面持ちの宮本さんが座っていた。 台所には、お兄さんが洗い物をしており、この2人だけだった。 


 どうやら、朝さんはシャワー中らしい。 机を見渡すとやべえ景色が広がっていた。


 ご飯と目玉焼き、カリカリのベーコン、サラダに昨日の残りと思われる肉じゃがに、漬物、味噌汁、牛乳、麦茶、バナナにドライフルーツ、ヨーグルト、プロテインと言った混沌とした料理が机に並んでいた。


 「朝から、これ・・・」


 「全部は食べないよ!」


 「分かってるけど・・・」


 「詩羽は寝るんだって。俺の部屋で寝てる」 


 作業をしながら、お兄さんは暁に話しかけた。


 「了解。あいつ、男の部屋で何やってんだか」


 「詩羽って、誰?」 


 疑問に思った私は口を開いた。


 「朝の本名だよ」


 「朝って、名前じゃないの」 


 私の何気ない言葉に、全員の視線が私に集中していた。


 「知らなかったっけ?そうだよ。あいつの苗字は朝。本名は、詩羽なの」 


 暁は、いつもの調子で話し続けた。


 「まぁ、いつも、晴那、朝ってしか言ってないし。茜もそう思ってたし」


 「まぁ、あいつ、本名嫌いだからな」 


 お兄さんは視線を食器に戻していた。


 「何でなんですか?いい名前なのに」 


 私は素直な疑問を暁にぶつけた。


 「名前負けしてるの気にしてるんだって。お父さんが、キレイに歌を羽ばたかせ、歌うような子供に育って欲しいって、言ってたんだけど、あんな柄悪くて、何より、音痴だから」


 「晴那、言い過ぎ。そういうとこやぞ」


 「ごめんごめん。あんまり、名前が好きじゃないんだ。だから、朝って呼んでるの」 宮本さんの言う通りだと心から思った。 


 しかし、彼女も音痴なのかと思うと、とても他人事とは思えなかった。


 「へぇ~。だったら、何でお兄さんは?」 


 「年上だからね。それに何でか、俺にはキレないんだよなぁ、あいつ」


 お兄さん、強いのか、図太いのか。 そもそも、女の子が、一人男性の部屋で眠っているって、どんな神経なんだよと考え込んでしまった。 


 お兄さんは、ようやく、食器を片付け終わったようだった。


 「終わったから、洗濯物干してくるわ。後の洗い物は頼むぞ」


 「へーい」 


 暁は短く、呟いた。 お兄さんは、食堂を後にした。 私と暁は席に着いた。


 「はぁはぁはぁはぁ~。晴那ぁぁぁぁぁ。聴いてないぞ、お兄さんが何でいるのよぉぉぉ」 


 宮本さんは口を開いた。  


「そりゃ、実家だからね。いただきます」 


 淡々と暁は、バナナを手に取った。


 「そういう問題じゃない。ご飯が喉通らなかったぞ」


 「もしかして、宮本さん、お兄さんと何かあったの?」


 宮本さんは、再び沈黙。顔がどんどん、紅潮しているように見えた。


 「うん、だって、茜、にーちゃんに」


 「やめろぉぉぉぉ。聞こえてたら、どうすんだよ」


 「だって、一年前の話なんでしょ?だったら、いいじゃん」


 「八か月前だ、バカヤロー」


 そういうことかと思った私は口を噤んだ。 


 これ以上は、宮本さんの地雷だと思ったので、私は麦茶に口をつけた。


 「そうだよ。おにーさんに告白しました。そして、フラれました」


 吹き出しそうになった口を何とか、抑え込み、お茶を飲み込んだ。


 「はぁはぁはぁ。それは、その・・・」


 私は何を言ったらいいのか、分からなかった。


 「いいんだよ、羽月さん。悪いのは、茜の過去を穿り回すコイツだから」


 「色ん゛な゛け゛い゛け゛ん゛が。人を育てるんだよ。それに、にーちゃんも友達になりたいって、言ってたし。このままでのいいの?茜は」 


 サラダを食べながら、暁は宮本さんを見つめていた。


 「いや、別にそういう話したいわけじゃ・・・。気まずいこっちの身にも」


 「逃げてたら、いつまでも、このままだよ」 


 「真剣そうに話すか、ご飯食べるかにしなよ」


 「じゃあ、ご飯食べる」 


 暁はごはんを掻きこみ始めた。


 私自身、お前が言うなと思ったが、それ以上は傷口に塩を塗るようなものなので、多くは語らなかった。 宮本さんは、こんなに良い人なのに、何で、モテないんだろう。 私はベーコンを咀嚼していた。


2

 AМ9:20


 全員の食事が終わり、私はそろそろ、帰りたいと思った。 


 流石に、暁の体操服のままも、気まずい上に、シャワーを浴びたいと思った。 


 他人の況してや、暁の家のシャワーを借りるのは、何とも言えない気持ちが強い。 


 「妃夜、そろそろ、帰る?」 


 暁は、食器を手で洗い始めながら、私に話しかけていた。


 「いや、体操服はどうするのよ?」


 「うーん。乾いたら、あたしが届けるよ。これなら、いいでしょ?」


 イイワケないだろと思ったが、これ以上に良い選択は考えられなかった。


 「まぁいいわ。そろそろ、お暇させて頂きます」


 「いや、シャワー浴びたら、よくね?茜も入りたいし」


 場が一瞬凍った。宮本さんンンンン!


 「いいじゃん。茜もベッタベタだし、それに、羽月さんもそんな体操服嫌っしょ?」


 「そ、そうだけど・・・。宮本さん、服はどうするの?」


 「うーん、晴那の服借りる。サイズは大きいけど、洗濯すれば行けるっしょ」


 「そ、そうですか。じゃあ、私はそろそろ、帰らせて」


 席から立ち上がり、宮本さんは立ち上がろうとした。 それが分かってか、後ろで洗い物をしていた暁も洗い物をやめ、泡がついたままの手で、宮本さんを静止した。


 「茜!ストップ、ストップ!」


 「どうしたん、晴那」 


 暁の私への配慮に対し、宮本さんは怪訝そうな表情で見つめて来た。  


「妃夜の体操服はあたしが届けるから。それに妃夜は、あれなんだ」


 「あれって?」


 「女の子の裸で興奮するんだよ。そう、ね?」


 「え、う、ううん」


 変な誤解生むような発言はやめろと内心、冷や冷やしたが、裸を見ると気分を害する私にとって、これ以上ないパスに私は黙っていた。


 「そ、そうなんだ。そういえば、水泳の授業の時、遅れて来てたような?興奮してたからなんだ。ふーん。」


 「あたし、茜と一緒にシャワー浴びたいな。どう?そうしようか」


 2人の仲好さげな行動に、私は心が痛かった。 


 私が普通だったら、みんなでお風呂に入っていただろうに。


 「そろそろ、私帰りますね。お邪魔しました」


 「待って、羽月さん」 


 席を立ち上がろうとした私を引き留めたのは、他でもない宮本さんだった。


 「何か、ごめんね。その・・・。羽月さんはやっぱり、女の子が・・・」


 「あははは」 


 何だろう。突っ込む元気すら、無くなって来た。


 「今日は遊べて、嬉しかった。またね」


 「う、うん」 


 私は席を外し、暁の体操服を着たまま、家を後にして、玄関口まで、出ようとした時だった。


 「妃夜、ごめんね」 


 その声は紛れもなく、暁の声だった。


 「いいって。他に選択肢も無かったわけだし」


 「また、体操服持ってくるね。今日中に」


 「いいって、学校が始まったらで」


 「それじゃあ、あたしの気が休まらないの。妃夜はそうやって、いつも、逃げ道作るんだから」


 「そうだけど・・・」


 「それに、夏祭り、どうするか決めてないよ」


 「そんなことも言ってたね」


 「あたし、これから、めっちゃ忙しいの。遊べる時間も無い位、部活ばっかなの」


 「そ、そうだけど・・・」 


 どう返しても、私は完全に八方ふさがりだ。人気者の暁と2人で夏祭りというのは、誤解しか生まない気がしてならない。


 「まぁ、いいや。今日はありがとね。体操服はいつでもいいから」


 「う、うん・・・」


 「じゃあね」


 「うん・・・」


 私は暁の家を後にすることにした。 走る前より、気まずい気持ちを抱えたまま。


3

 AМ10:24 


 家に帰り、部屋に眼鏡を隠し、着替えの服を用意した後、すぐさま、一度髪をまとめ、私は服を脱ぎ、風呂場に入り、シャワーを浴びていた。 


 体操服を洗濯機に回し、少しでも、早く届けたい思いだった。


 走った後はあんなに気持ちが良かったのに、何で、こんなにモヤモヤしているのだろう。 


 私が普通じゃないから、こういう付き合いも出来なくて、友達が出来ないんだろうなと心から思った。 


 前進したはずなのに、どんどん後退していくような気分だった。


 「妃夜、おかえりなさい」 


 その優しい声は紛れもない私の姉こと、白夜姉さんだった。


 「ただいま」


 シャワーで音が反響して、ちゃんと声が聞き取れない。


 「お疲れ様。走って来たんでしょ?」


 「うん」


 一度、シャワーを止めた。


 「妃夜に、お友達が出来て、良かったわ」

 言葉が出てこなかった。何故か、白夜姉さんと話していると言葉が出てこない。 


 「私もお風呂に入っていいかしら?」


 「えっ・・・」 


 一度、思考が止まった。余りにも、姉さんらしくない言葉に、頭がこんがらがった。


 「冗談よ、冗談。うふふふ。ごゆっくり」


 白夜姉さんは、洗面所を後にした。


 「本当に何だったんだ…」 


 私は独り言を漏らしていた。


 頭や体を洗い終え、体を拭き、顔を拭き、髪を乾かした。 部屋着に着替え、部屋に戻った。 すぐさま、私はベッドにダイブした。


 今日は疲れた。本当に疲れた。 


 走ったり、ご飯を食べたりして、何とも、体が重い。 


 未だに、脇腹が痛い、太腿も、足も上がらない。 


 思考も、嫌なことばかり、考えてしまう。惨めな自分を思い出す。 


 しかし、変われない私は、それをただただ、受け入れていくしかないのかと考えながら、ひと眠りつくことにした。


4

 PM4:19 ピンポーンと甲高いチャイムの音が聴こえて来た。


 「な、なに?」 


 ベッドから、起き上がり、私はそのまま、二階から、降りて、部屋を出て行った。 


 インターホンの画面を確認するとそこには、暁と宮本さんが映り込んでいた。 私は扉を開けた。


 「お邪魔します」 「ど、どうも・・・」 


 気まずそうな2人に、私は困惑を隠せなかった。


 「なんで?」


 「いや、体操服返しに」 


「どんな家か、気になって」


 「あっ、洗濯したままだった。ごめん、ずっと、寝てて」 


 頭が回っていない私はどうも、テンパっていた。


 「いいって。こっちは好きで来たんだから」 


 暁は私の体操服を渡した。


 「どうも」 


 短い言葉で受け取り、私は正門の扉を締めようとした時だった。


 「何で、閉めようとすんのさ」 


 暁のツッコミに、私は正門の扉を再び開けた。


 「晴那、近所迷惑だろうが」


 「ごめん、つい」


 「それに、お邪魔しますじゃねぇだろ」


 「そうだけど」


 「ごめん、今日はありがとう。2人とも、わざわざ来てくれて」 


 私は正門の扉を再び、閉めようとした瞬間、暁は私に声を掛けた。


 「夏祭り、2人で出かけない。やっぱり?」

 私は再度、扉を開けた。


 「それを言う為に?」


 「言ったでしょ。あたしは直接じゃないと話し出来ないって」


 「いや、それは・・・」


 「返事待ってるから。じゃあね!」 


 暁は走って、自転車の方に向かって行った。


 「おい、晴那」


 嵐のような出来事に、ようやく、頭に血が上り始めた私は状況を飲み込めてきた。


 「ごめんね、羽月さん。迷惑で」


 「そんなことは」


 「あと、さっきの嘘憑かせてごめんね」

 さっき?と疑問符が浮かんだが、あの時の話だろう。


 「いや、いいって、そんな」


 「他にも、隠してることがあるんでしょ?」 


 核心を突かれ、私は言葉に詰まってしまった。


 「言わなくても、分かるよ。あいつ、顔に出やすいし、それは羽月さんも同じ」


 「そ、それは・・・」 


 宮本さんには、ちゃんと話すべきなのだろうか。彼女にならと思ったが、口がそれを拒んでいた。


 「言わなくていいよ。茜もこれ以上は詮索しない。ただ、これだけは信じて」 


 宮本さんは、自身の手で私の両手を掴んだ。


 「晴那を信じてあげて」 


 いつもの嫌悪感と生ぬるいぬくもりに、私の体は硬直した。


 両手を放し、じゃあねと暁を追いかけていった彼女を背に、私は扉を閉じた。 


 その瞬間、倒れ込むまいと自制し、私は我慢しようとした。 


 その時だった。私の頭に暁が浮かんできた。


 彼女の顔が浮かび、先ほどまでの嫌悪感が少しばかり、楽になっている気がした。


  「妃夜、平気なの?」


 そう言って来たのは、白夜姉さんだった。


 「へいき・・・」


 「顔がやつれているわよ」


 「少し疲れただけ」 


 私は玄関を後にして、自室に戻ることにした。


 「なんで、妃夜にそんなことするのかしら。許せないわ」


 姉さんの言葉は何処か、鋭く突き刺さていた。 

 それもこれも、私が誰にも言ってないからであって、宮本さんは何も悪くない。 


 彼女の真心を無碍には出来なかった。


 「あんな子、お友達になるべきではないと思うわ。もっと、いい子が」


 「その通りだと思います。姉さんの言う通りです」 


 私の意志と矛盾するように、白夜姉さんにどうして、こんな言葉を投げかけていたか。


 私は無言で二階の自室に戻り、部屋のベッドで横たわろうとした時、私は近くのスマホに向かい、電話を掛けた。


 「暁、一緒に夏祭り行こう。2人だけで」


5


 夏祭り当日の午後2時。 

 私は暁家に向かっていた。 

 水色のドット柄の浴衣を着て、母親に送迎して貰うことになった。 

 最初は、浴衣なんて、恥ずかしいと思ったが、白夜姉さんに似合うからと言われ、お古を貸して貰うことになった。


 車から降りて、母親から手渡されたお土産と体操着を背に、私は暁家に到着した。


 「お邪魔します」 


 「ようこそ、妃夜!って、浴衣!いいじゃん、可愛いよ」


 暁は紺色の甚平を着ていた。 

 足下がとても強調されたスタイルに、着ている人が違うだけで、こんなに違うのかと心底、痛感した。


 「あの、親御さんにこれをと」


 「ごめんね、かーちゃん、今寝てるんだ。夏休み貰っててさ」


 「お父さんは?」


 「とーちゃんは、トラックドライバーなんだ。今日も仕事。家にいる時間は少ないんだけどね」


 「そうですか。体操服とお礼のプリンです」


 「ありがとう。これ、美味しいヤツじゃん、サンキュー!」 


 暁は瞳を輝かせながら、プリンと体操服を受け取った。


 「あの、お邪魔します」


 「あがって、あがって」


 「とりあえず、これから、どうするの?」


 「んー、今は暑いから、夕方に行こうと思うんだけど、いいかな?」


 「いいけど、それまでは何するの?」


 「勉強だけど?」


 プリンを冷蔵庫に置く為、台所に向かっていた暁の言葉に私は耳を疑った。


 「はっ?」


 「そんなに驚かなくてもいいじゃん。妃夜先生もいるのに、教えて貰いたいじゃん。これが終わったら、〇〇大会とか、全国とか、忙しくなるからさ」


 「ごめん、今日はそういう気分じゃ・・・」


 「冗談だよ、冗談。ごめんね、今日は違うよね」 


 私は冷蔵庫にプリンを入れる暁の背を見つめていた。


 「よしっと」 


 プリンを入れ終え、暁は振り向いた。


 「じゃあ、ゲームしよう!」


 「いや、やったこと無いんで、パス。ゲーム酔いするから、苦手」


 「そっかぁ。しゃあないなぁ。じゃあ、部屋行こうか」


 「他の人は?」


 「にーちゃんは、友達と出かけた。涼は彼女とデート・・・。遥はクラブの皆でってカンジ」


 何で、二番目の弟さんと思われる彼だけ、トーンが下がったのだろう。


 「今は寝てるかーちゃん以外はあたしと妃夜だけ」


 いわば、女性が3人という現状。実質、2人だけの現状に私の鼓動は誰よりも、速かった。


 「みんなは誘わなくて」 


 妃夜は、私の唇付近に人差し指を近づけ、黙らせようとする素振りを見せた。


 「今日は2人だけって、約束しただろ。他の人のこと、どうでもよくない?」 


 これが本心なのか、何なのか。私は何をさせられているのか、判断に困った。  人差し指を放し、暁は冷蔵庫から、麦茶を取り出していた。


 「じゃあ、2人でプリンを肴に語り明かすか」


 「なんで?」


 「だったら、勉強する?」


 「分かった。少し座るね」


 私は暁家の食堂の椅子に座り、暁と語らうことにした。  


 暁は並々いっぱいにお茶をグラスにそそぎ、私のいる場所に置いた。


 「入れすぎ。あと、プリンはいらない。暁家の皆さんで食べて」


 「いいの?じゃあ、遠慮なく」


 羨ましいという気持ちが無いわけではない。 


 ただ、ちょっと食べたいと言う気持ちはある。この店のプリンは・・・。


 「本当は食べたいの?」


 「そ、そういうわけじゃ・・・」


 「やっぱり、あげるよ、妃夜に」


 「何で?」


 「あんまり、糖分は取りたくなくてさ」


 こういう時、暁はプロのアスリートみたいと思う時がある。


 「チートデイはあるよ。それ位のガス抜きはしないとね。でも、妃夜の今にも、食べたそうな顔みたら・・・ね」


 「い、今はいい。本当は食べたいけど、やっぱり冷えたヤツが食べたいから」


 「まぁ、覚えてたらね」


 暁も自分の麦茶を注いだ。


 「じゃあ、乾杯」


 「それやったら、零れるからやめて」


 「バレた?」


6

 その後、私と暁はそれと言って、内容の無い話をした。 


 最近の練習がきついこと、宿題のこと、自由研究をどうするべきかについて等、様々だった。 私は聴くばかりで、暁に引っ張られてばかりだった。 


 気付けば、夕方になっていて、そろそろ、行かなきゃと言う時間帯になって来た。


 「そろそろ、行きますか。」


 「私、もう、疲れた。家で花火見ましょう」


 「インドアの癖に、よく夏祭りに行くなんて言ったね」


 「そうね。何でだろう、悔しかったからかな?私の友達、馬鹿にされて」


 ん?と不審そうな顔で見つめる暁に、私はいつの間にか、本音を曝け出していた。


 「な、何でもない。そろそろ、行きましょうか」


 「おぉぉぉい、晴那ぁぁぁぁ」


 いきなり、長身体躯のスタイル抜群なのに、ぼさぼさ髪のスウェットというアンバランスな格好の女性が欠伸をしながら、現れた。


 「かーちゃん、起きるの遅いよ。もう、4時だよ、4時」


 「いいだろ、別によぉ、アタシが寝てようが。今日はデリバリーね」


 「あたし、この子と夏祭り。って言うか、お客さん来るって、言ったよね?」


 「ど、どうも」 


 見たことのない女性に私はもぞもぞと体を揺らしてしまっていた。


 「あら、可愛い子。晴那のお友達にしては、珍しいタイプだね」


 「そ、そうかな?」


 「あー、この子が妃夜ちゃん。何、可愛いんだけど、ねぇ、飴ちゃん舐める」


 「やめろ、関西人でもないのに、関西のおばちゃんみたいなノリ」


 「えぇー、だって、こんなインテリ超清楚眼鏡外したら、絶対可愛い女の子とお友達になりたいじゃあん」


 ヤバい、この人、暁の母親だ。その上、クセが強すぎる。 


 このままだと、この人と家で過ごすのは、苦痛だ。


 「いくよ、妃夜。この人といたら、夏祭り終わっちゃう」


 暁は私の手を握り、私を引っ張るように、外へ連れ出した。


 「じゃあね~、妃夜ちゃん!バカ娘を宜しくねぇ~」


 私と暁は玄関で草履と下駄に履き替えた。


 「いいの、お母さんにあんなぞんざいな」


 「いいんです。かーちゃんに一度絡まれたら、最後なんだから」


 それをあんたが言うのも、何だか、おかしな話だが。


 「あっ、そうだ。ねぇー、焼き鳥とビールと焼きいかと焼きそばとあと」


 「行ってきます」 


 暁に連れられ、私は暁家の扉を閉めた。


 「あいつ、金持ってるのかね。まぁ、いいか」


7

 「ごめん、さっきは平気だった?」


 「何が?」


 「何がって、触られるの。嫌じゃなかった?」


 「そういえば、いつもなら、吐きそうなのに、何でか平気」  


 夏祭りに行く道すがら、私と暁は歩きながら、会場を目指していた。 


 少し遠いが、こういう時間も何だか、愛おしい。


 「もしかして、治った?」


 「多分、気のせい。あんまり、糠喜びさせたくないし、期待しないで」


 「そうだね。そう上手くはいかないよね」


 「今思ったんだけど」


 「ねぇー、糠喜びって、なに?」


 久々の暁のツッコミに私はこいつはそういう奴だったと思い出し、笑っていた。


 「あっ、その笑いはバカにした笑いだ。中学生がそんな言葉使わないし、使う必要ないから、いいもんだ」 


 膨れる暁に、私は優しく解説することにした。


 「あてが外れて、ムダな喜びのことよ」


 「そっかー、そういうことかぁ。羽月先生はためになるなぁ」


 「ところで、お金大丈夫?」


 暁の足が一瞬で動かなくなる感覚を感じ取った。


 「やっべ、かーちゃんにお金借りるの忘れてた!」


 「はっ?」


 「どーしよー、ああいう所、電子決済じゃ払えないだろうし、やばい、全財産1200円しかない!どうしよう!」 


 慌てふためく暁に、珍しい物が見たようで、何だか、頬が緩んでいた。


 「ふふふ」


 「さっきから、笑いすぎだぞ、羽月さんさぁ。悪いかよ、お金持ち合わせてなくて」


 「いやいや、最近のあなた、何処か張りつめてたから、気が抜けた感じがして。何だか、あなたらしくて」


 むっとしながらも、照れくさそうな顔のあなたは何処にでもいる女の子のように思えた。


 「帰る。不本意だけど、かーちゃんに金を」


 「今日は私の奢りでいいよ」


 「いや、そんなわけには」


 「今日は卸して来たから」 


 本当は母親から、1万、白夜姉さんからも、1万、父親からも1万の合計三万円も貰ってしまったのだった。


 「あの家見て、思ったけど、妃夜さん、金持ちなん?」


 「そ、そんなことは・・・。普通の家よ、普通の」


 「いや、夏祭りに中学生が3万見せびらかすって、何かもう・・・」


 もしかして、ドン引きされたのか?やばい、どうしよう。


 「ゴチになります!返さなくてもいいよね?好きな物食べてもいいよね?ねっ?ねっ?ねっ?」


 「いいわけないでしょ?お金を忘れた人は黙って、私の言うこと聴いて。OK?」


 「はい、すいません・・・」


 「ふふふ、冗談よ。使いすぎは良くないけど、いつものお礼」


 「いいの、やったー!」 


 ガッツポーズをとる暁の姿に、私は何だか、嬉しくて、何とも浮かれてしまいそうになってしまう。 


 こんな時間がずっと、続けばいいのにと願わずにはいられなかった。 


 本当はお金じゃない形で、あなたに還元したかったのに。 


 不器用な感謝しか伝えられない私はこうでもないと逃げてしまいそうになる。 


 だから、私たちはこうやって、歩きながら、噛み締めていた。


8

  5時過ぎの夏祭り会場付近


 そう思っていたのは、人通りが無い場所だった。 歩けば歩く程、増えて来る人、人、人の数に私たちは圧倒されていた。 5時とはいえ、湿気を帯びた暑さが体に張り付いていた。


 「やば、これはやばいなぁ」


 「よし、帰ろう。これは無理だわ。花火、楽しかったなぁ」


 ガツンと腕を握る暁の圧に私は勝てなかった。


 「まだ、何もやってないでしょ?あたしは焼き鳥を食べるの!あと、綿あめも!クレープとかも」


 「おい、さっきの話はどうした。肉体維持の話、嘘なんか」


 「だって、お祭りだよ!食べなきゃ損じゃん。妃夜の」


 「私帰るね。皆に連絡しよ。ここに金を忘れて、高って来るハイエナがいるって」


 「やめろやめろ。ごめんごめんって」 


 暁は手を放した。 こいつ、本気なんじゃと疑ってしまった。


 「じゃあ、代わりに手をつなぐか!」


 「人の話聴いてた?」


 「迷子になったら、どうするの!」


 「そうだけど・・・」


 「逃げられたら、困るし!」


 私は暁の汗ばんだ湿った左手を見つめた。


 考えてみると人に触れるだけで、吐きそうなのに、ゴミのような人の群れに突っ込むなんて、正気の沙汰では無かった。 


 それでも、こんな私の為に手を出してくれた人の思いに答えずにはいられなかった。


 そして、私は暁の差し伸べた左手を握っていた。


 ふふんと鼻を鳴らした彼女の手を握り、人混みの方へと進んでいった。 


 生暖かく、汗ばんだ左手に対する不快感はある。 


 だが、何故か、嫌な気持ちにはならなかった。


 「ムリしないでよ。せめて、焼き鳥までは」


 「なんで、焼き鳥を食べる前提なんだよ」


 「お腹空いてるから」


 「あっ、そう」


 「妃夜は何食べるの?」


 「分からん、夏祭り来たこと無いから」


 「そうなの!そんなわけ」 


 心から驚く暁の姿に、私は少しばかり、動揺した。


 「そんなに驚かなくても」


 「そうだよね。今日も勇気を持って、此処まで来たんだからね。偉い偉い」


 「言葉に感情がこもってないぞ」


 「そんなことはないし」


 「昔は来たことがあるかもしれない。だけど、覚えてないの」


 「そんなもんだよねぇ。あたしも昔はちょくちょく迷子になってたなぁ」


 「だろうね」


 「決めつけるなよぉ」


 「そう言って来たのは、あんたでしょうが」


 「ふふふ、今度は海に行きたいなぁ」


 「絶対イヤ」


 「えぇ~」


 夏祭りの熱気の喧騒の中、私たちはくだらない会話に終始する。 


 いつもなら、不快に思える人混みも、触れて来る人波も、あなたといると何故か、そういうのも悪くないと思えたんだ。 


 夕方だと言うのに、冷めぬ暑さも、エンドレスに流れ続けるBGMも、意味のない会話をするこの時間も、きっと、何かの糧になる。 


 今はただ、この魔法が解けないことを祈るばかりだった。


 普通じゃない私は神様に祈る位しか出来ないけれど。


 「あっ、焼き鳥だ!食べようぜ」


 「あたしのお金ってこと、忘れてない?」

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