第2話……史上最低(完結)


 やばい、どうしよう……。


 強盗は、コンビニの外に集まり出した人達にも、大声を浴びせた。



「お前らも、店に入りよったら、ガキを殺すきにゃあ!」


 その言葉に、外にいる人達は、その場で傍観するしか出来なくなってしまった。




 次に強盗は、商品棚にあった作業用ロープで、僕達の両手を後ろ手にして結んだ。


 素早く店内中央の柱に縛り付けると、無理やり座らされた。



 僕達の自由を奪った強盗は、カウンターの上に腰を下ろして、頭をボリボリと掻いている。


 この局面を、どう打破するか、そんな事を考えているようだ。



 そういえば、裏口からは逃げられないのだろうか?


 もしかしたら、僕達を人質にして逃げるつもりだろうか?


 あぁ、早く諦めてくれると、良いのだけれど……。






 ◇ ◇ ◇






(くっそぅ……)


 僕の隣で縛られている和也が、悔しそうな声で唸った。


 和也は涙目で、何度も瞬きを、繰り返している。



 僕は、強盗に聴こえないよう、小声で話しかけた。


(和也、大丈夫? 目、見える?)



(ああ、見えるようになってきた。ちくしょう、あんなジジイにやられるとは……)


(仕方ないよ。まさか、あんな武器を隠し持ってるとはね)



(まだ顔がヒリヒリするぜ。催涙スプレーってやつかな。あんな物まで持ってるって事は、あいつ今までも、強盗やってたんじゃねえか?)


(そうかもね)



(あーあ、最悪だ。これ、ニュースとかになるんだろ? もう恥ずかしくて、学校に行けねえよ。あんな弱そうなジジイにやられたなんてよ)


(……)



(だいたい、何でこんな事になったんだよ、まったく。圭太のしょうもない小説なんか、手伝わなきゃ良かったぜ)


(……しょうもないって、何だよ)



(だってそうだろ? どうせまた、くどい文章を書くんだろ? ほんと読んでいて、イライラするぜ。そう言えば、良い作品が出来たら、新人賞に応募するとか言ってたな。はっきり言って、お前の小説なんか送ったら、編集部への嫌がらせだぞ。三十秒で、シュレッダー行き確定だな。ゴミだからな)




 ……嫌がらせ?


 ……シュレッダー行き確定?


 ……ゴミ?




 なんだよ。


 なんだよ、和也。



 なんで、そんな酷い事ばかり言うんだよ。


 お前は、人の心ってものが無いのか?



(ぼ、僕だって、頑張って書いてるんだよ……)


(あ? 頑張って書いても、才能ゼロなんだから、意味ないだろ。時間の無駄)





 ……まただ。


 才能ゼロ、時間の無駄。



 中学の時にも、同じ事を散々言われ続けた。


 あの頃、僕は漫画家を目指して、絵ばかりを描いていた。


 だが、いつも和也のダメ出しが入ってきた。



 絵が下手、コマ割りがダメ、女キャラがオカマに見える。


 頑張って描いてるのに、言いたい放題だ。


 二年間も才能ゼロ、時間の無駄と言われ続けた僕は、とうとう漫画を描く事をやめてしまった。





 高校生になると、僕は文学に興味を持ち始め、小説を執筆し始めた。


 だがやはり、ここでも僕の前に立ちはだかるのは、和也だ。


 小説についても、ダメ出しばかりしてくる。




(ひ……酷いじゃないか……)


(酷いのは、お前のクソ小説だろ)


 和也が、投げやりに言う。



 もう我慢の限界だった。


 怒りの津波が押し寄せ、自制心の堤防が決壊した。



 ああ……熱い……。


 燃えるように、身体が熱い。


 全身の血液が、沸騰しているようだ。


 もう……何が何だか……分からなくなってきた……。




(おい圭太、どうした? 顔が真っ赤だぞ)


「う、うるさい……うるさい……うるさいよ! 和也に何が分かるんだよ!」



(おい、声がでかいって!)


「毎日毎日、小説を読みあさっては、徹夜で一生懸命、書いてるんだよ! 簡単に才能ゼロとか、時間の無駄とか、言うなよ! 和也に僕の苦労が、少しでも分かるのかよぉ!」



(け、圭太……)


「一度でいいよ! たった一言でいいよ! よくやったとか、頑張ったとか、言ってくれよぉ! 幼稚園の頃からずっと一緒にいるのに、一度も僕を褒めてくれた事がないじゃないか! 小説を破られても、毎回見せているのは、和也に褒めて欲しいからだよぉぉ! 認めて欲しいからだよぉぉぉぉ! なんで分からないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ————————!!!!」




 止めどなく、涙が溢れた。


 同時に、ジタバタと手足をよじらせた。


 荒れ狂う僕の様子を見た強盗が、怒り心頭で走って来た。



「うるさいわや、クソチビ! おんしゃあ、しばかれたいがかや!」


「なんだよ、チンケな強盗のくせに! どうせギャンブルで作った借金で、首が回らなくなったんだろ! 偉そうにするな! だいたい『おんしゃあ』って何だよ! 日本語喋れ!」



 僕は、自分でもビックリするくらい、大胆に言い返してしまった。


 感情的になっているとはいえ、包丁を持った強盗を相手に、こんな事を言ってしまうとは……。



「お、おい、圭太やめろって! 落ち着けよ!」


 和也が、慌てふためく。



「なんな、このチビは! いよいよ、まっこと、刺されんと分からんがかや!」


「刺せるものなら、刺してみろよ! そんな度胸あるのかよ、クソジジイ!」



 理性を失った僕は、また口を滑らしてしまった。


 ああ……もう、どうにでもなれっ!




 激怒した強盗は、包丁を振り上げた。


 何という事だ。


 これから僕に向かって、刃物を振り下ろすつもりなのだ。



 あの目は、本気の目だ!


 僕は思わず叫びながら、暴れた。


「うわぁぁぁ、人殺ちぃぃぃぃぃぃ!」




 その時、後ろ手に縛られていたロープが、外れた。


 身体の自由を手に入れた僕が、床に転がると、強盗と和也が目を剥いて驚いた。



 ……そうか、ずっとジタバタしていたから、ロープが緩くなったんだ。


 もしかしたら、小柄な僕には、きつく結んでいなかったのかも知れない。




「逃げろ!」と、和也が叫んだ。


 その声に、ハッとした僕は、背中を押されるように駆け出した。


 だが僕は、自動ドアの前で足を止める。



 僕だけ逃げてしまったら、和也はどうなる?


 ……置いていけない。


 和也一人を、置いていくわけにはいかない。



 僕は振り返ると、叫んだ。


 それは、恐怖を払いのけるためだった。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 無謀にも、包丁を持つ強盗に突進する。



 逃げられたと思って、諦めていた強盗が、面食らった顔をした。


 まさか振り返って、突進してくるとは、思わなかったのだろう。



 強盗が包丁を構えるより早く、体当たりをする。


 ドスン!


 強盗が、よろけた。



 そこへ、和也の強烈な一撃!


 なんと強盗の股間を、思いっきり蹴り上げたのだ!



 ドスッ!



「はううっ……!」


 強盗は、股間を押さえて硬直すると、その場にゆっくりと崩れた。


 その後は、ピクピクと痙攣するだけだった。



 そんな強盗を見て、外にいる人達が一斉が入って来た。





◇ ◇ ◇





 ——次の日。


 僕達は、病院で手当てを受けた後、強盗を撃退したとして、警察署で表彰される事になった。


 金一封は出なかったが、高知のお土産品を沢山貰った。



 もちろん、親は心配していた。


 とにかく、一日でも早く、家に戻って来いと。


 それもあって、僕達は警察が手配してくれたホテルに一泊し、翌日の飛行機で帰る事になった。



 ありがたい事に、その飛行機のチケットも、警察が用意してくれた。


 東京に戻るのが、事件の翌々日という事で、少し遅くなるが、まあ仕方ないだろう。





「俺達、凄え! コンビニ強盗やっつけたぞ!」


 和也が、昨日の出来事を思い出し、ベッドの上で飛び跳ねた。



 そこは警察が手配してくれたホテル。


 僕も和也同様、はしゃいでいた。



 二人で調子に乗って騒いでいると、ふと和也が何かを思い出したように、黙り込む。


 珍しく、神妙な面持ちだ。



「あれ? どうしたの、和也?」


「なあ圭太、一緒に縛られてる時、お前言ったよな。一度でいいから、俺に認められたいってさ」


「そ、そうだっけ?」



 僕は気恥ずかしくて、忘れたフリをした。


「……認めるよ。悪かったな。なんか圭太には、つい上からものを言っちゃうんだよ」


「……えっ」


 あの和也が、こんな事を言うとは。


 長い付き合いだが初めてだ。



「圭太の文章、だんだん上手くなってきてるよ。頑張ったんだな」


 これは、夢だろうか。


 耳を疑うような言葉だ。



 僕は鳥肌が立ち、目頭が熱くなった。


 溢れる涙を見られないよう、顔を背ける。



「泣いてんのか?」と和也。


「べ……別に泣いてないよ」



「とにかく、お前は将来、小説家になる人間だ。その第一歩が、今回のノンフィクション小説なんだ。なあ、今から書こうぜ!」


「今から、ここで? もう夜の十時だよ」



「だって、明日は東京に帰るじゃないか。高知にいる間に書きあげようぜ! まだ興奮冷めやらぬ今! この勢いで、一気に書こうぜ! そして新人賞に応募しようぜ!」


 僕は、和也の熱い想いを、受け止めた。



 小説には、今この瞬間にしか書けないものがある。


 あの激闘を忘れないうちに、熱量を持ってペンを走らせるんだ。



「……分かった!」


 僕はリュックに入れていた、原稿用紙を取り出した。


 僕が前々から送ろうと思っていた、△△社の新人賞は、四百字詰め原稿用紙で、二十枚から三十枚。


 ショートストーリーになるが、初めての応募には、丁度良いだろう。


 一夜入魂、一気に書き上げよう!





 僕は原稿用紙に、今回のヒッチハイクから始まった高知旅行を、余す事なく書き連ねた。


 登場人物である僕達の名前だけは、仮名にしておこう。



 岡島圭太である僕は『岡本圭地』とする。


 和也は『達也』という名前にした。



 時計の針は深夜一時を回り、次に見ると四時を過ぎていた。


 和也も一睡もせず、隣で熱心に、原稿を読み返してくれた。



 あと少しで完成……というところで、和也の助言が入る。


「強盗との激しい闘いをイメージさせるために、原稿用紙をグシャグシャにしようぜ! 所々、破っておこう。より激しさが伝わるだろ?」


「ダメだよ、応募用紙にそんな事をしたら……」



「いいんだって。応募規約に、グシャグシャにしてはいけません、なんて書いてないだろう?」


「そうだけど……」



「とにかく、お前は執筆に専念しろよ! あと、もう少しだろ!」


「……分かったよ」




 僕は再び、強盗との熱い闘いを綴った。


 そして最後の一行、……圭地と達也は凶悪な強盗を見事に打ち負かし、高知を後にした……と。


「で、出来たぁ。完成だ!」



 精根尽き果てた僕は、ドサッと床に倒れ込んだ。


 小刻みに震える右手から、ペンが転がる。



「やったな、圭太」


「……うん」



「これは傑作だ。史上最高の小説だ。題名は『高知奮闘記』にしようぜ! 間違いなく賞を取れるぞ!」


 眠りに落ちかけた僕は、最後の力で半身を起こした。


「……賞、取れるかな?」


「取れるさ! あとは沢山貰った高知土産を、同封しておこうぜ。例えば、この鰹」



 和也は、真空パックされた袋から、鰹の生節を取り出した。


「鰹を入れるの?」



「そうだよ。封筒を開けた瞬間、鰹の匂いが漂ってみろよ。一瞬で高知に来たような錯覚に陥るだろ? 選考委員も、この作者は只者では無いって、一目置くぜ!」


「……そうかな? 魚なんか一緒に封筒に入れていいのかな?」



「だって応募規約に、魚を入れてはいけません、なんて書いてないだろう?」


「……そうだけど」



「大丈夫だって。明日の朝イチ、切手を買ってポストにぶち込もうぜ! 高知から送ったとなれば、よりリアルだろ?」


「……まあ確かに」




「おっ、見ろよ圭太。もう朝だぜ……」


 いつの間にか、外は明るくなり、カーテンの柄模様が浮き彫りになっていた。


 和也は、そのカーテンを開けた。



「朝日って、こんなに綺麗なんだな、圭太……」


「……うん」



 僕は朝焼けの眩しさに、目を細めた。


 オレンジがかった金色の光は、小説作りに奮闘した僕達を、祝福しているようだった。






 ◇ ◇ ◇






 ——あれから、半年。



 昼休みの教室には、僕と和也がいた。


 窓から見える景色には、暖色が増え、季節はすっかり秋めいていた。



 半年前、高知から戻った僕達は、人気者だった。


 ニュースで話題となった『コンビニ強盗撃退高校生』が、僕達だと皆が知ったからだ。


 他のクラスの生徒や下級生までが、毎日教室に押しかけ、僕達の武勇伝を聴きにきたのだ。



 連日、チヤホヤされた僕達は、まさに有頂天だった。


 しかし半年も経てば、誰も話題にしなくなり、次第に僕達はまた二人でいる事が増えだした。




 教室には、窓際に座る僕達の他に、後方に三人の女子達がいた。


 死神とインディアン、そしてボスの横綱。


 例の三銃士だ。



 その三銃士を一瞥した和也が、重い溜め息をつく。


「俺達、高知から帰った時は、あんなに人気者だったのになぁ……」


 落胆しながら、愚痴る和也。



 だが僕は何も答えず、黙って震えていた。


 和也が、訝しげな顔をする。



「どうしたんだ、圭太? なんか、今日は朝から様子が変だぞ」


「ふっふっふ……実は昨日、届いたんだ。これ」



 僕はリュックから、A4サイズの封筒を取り出した。


 それは△△社から、僕宛に届いたものだ。


 封筒には、賞状在中と書かれている。



「え? まさか、これ……」


「その、まさかだよ! あの小説が、賞を取ったんだよ!」



 僕は、朝から抱えていた秘密を、遂に口にする。


 これだけは、和也と二人で見たくて、昨日から開封せず取っておいたのだ。



「凄え! 凄えよ! おい、早く開けようぜ!」と、和也が急かす。


「わ、分かったよ、落ち着いて!」


 僕は震える手で、ぎこちなく封筒を開け、中の賞状を確認した。





 ——ペンネーム・岡本圭地殿。


 あなたの作品『高知奮闘記』は、評価のしようも無いほど最悪です。劣悪です。

 史上最低の小説です。

 よって選考委員、満場一致で【史上最低賞】に決定。ここに、賞状を贈らせて頂きます。


 追伸……同封されていた魚は何でしょうか?

編集部室が臭くなり、とても迷惑しました。

 もう二度と作品を送らないで下さい——





 ……?


 ……?


 僕と和也は、意味が分からず、無言で何度も読み返した。


 しばらくして、和也がプッと吹き出した。



「だっはっはっはっ! 史上最低賞だって! 何だよそれ!」


 僕もつられて、アハハと笑った。


 いや、笑わずにはいられない。


 正気を保てないからだ。



「だっはっはっはっはっはっ!」


「アハハハハッ!」


 なぜだろう、笑いながらも、涙が溢れてくる……。



 ふと、三銃士が視界に入った。


 大笑いする僕達を、怪訝な顔で見ている。



 和也は苦しそうに、ヒィヒィと腹を抱えながら、僕の肩に手を乗せてきた。


「なっ! 俺の言った通りだろ! 賞を取っただろ!」


「本当だね、和也! 確かに賞を取ったよ! 間違いなく取ったよ!」



「史上最低賞だけどな、だっはっはっはっ!」


「アハ、アハ、アハハッ!」


「マジうけるぜ! あぁ腹いてぇ。なあ圭太、またヒッチハイクで、何処かへ行こうぜ!」



 その瞬間、僕の中で何かが、プチンと切れた。


 教室の窓ガラスが割れるほど、大声で叫ぶ。



「二度と行くか、バカヤロォォォォォォォォォォォォォ———————‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」






おわり





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史上最低の小説 岡本圭地 @okamoto2023kkk

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