二人で食べる『天ぷら定食』と『焼き魚定食』

第1話

森永もりながさん、お昼ご飯にどうぞ」


 これは、鶴の恩返しか何かですか?

 私が勤務する百円ショップに若芽さんが研修に来てから、まだ二カ月程度しか経っていない。

 これといって若芽わかめさんに親切心をばら撒いてきたつもりはないのに、彼女は私を健康に保つため奮闘し始める。


「ありがたいけど、食費! 食費くらい払わせて……!」


 もちろん不摂生が祟って倒れた私が彼女の厚意を無下にするわけなく、ありがたく彼女の手作りお弁当は日々の活力となっている。

 それは間違いないのだけど、私から若芽さんにお返しすることは相変わらず何もない。


「こちらとしては、味見してもらえるだけでありがたいんです」

 

 日に日に申し訳ないって気持ちが積もりに積もっていくのに、若芽さんは食費を一円たりとも受け取ってくれない。

 これが将来の大手百円ショップ幹部候補のパワーなのかと、若芽さんらしくない妄想を膨らませて、一人妄想劇場を修了させる。


「一体どうしたら……」


 正社員の若芽さんと休憩時間が重なることはほとんどないため、今日も私は独りご飯。

 一人でご飯を食べたくないなんて見栄を張る時期はとうの昔に終わっていて、一人での食事には何の違和感もない。


(でも……)


 若芽さんに看病してもらったとき。

 彼女と言葉を交わし合いながら食事をしていたときの方が、楽しかったななんて。

 彼女に伝えられない迷惑な気持ちを片付けて、今日も若芽さんが作ってくれたお弁当を食させてもらう。


(明らかにサラダチキンじゃない……)


 今はサラダチキンのバリエーションも豊富で、サラダチキンを購入すれば料理の手間をがっと省くことができるはず。

 それなのに若芽さんは今日も手間をかけて、お弁当作りに勤しんでくれる。


(美味しい……)


 今日も私の胃を心配してくれたのか、消化に良さそうな蒸し鶏にネギダレが添えてある。

 無理しないでっていう若芽さんの気持ちが込められているみたいで、蒸し鶏を口にしているだけで涙が溢れてきそうになる。


(っていうか、若芽さん、料理上手すぎ……)


 高校を卒業して、すぐに一人暮らしを始める。

 そして、自炊をちゃんとやっていれば若芽さんレベルになれるのかなれないのか。

 過去に遡って人生をやり直すこともできず、妄想の範囲で学生時代の若芽さんの成長に想いを馳せる。


(食費は受け取ってもらえない……じゃあ、私は若芽さんに何ができる……?)


 若芽さんの愛情が詰まったお弁当を一口ずつ味わいながら、心の中で感謝の気持ちを噛みしめる。

 でも、どんなに私の心が手料理に癒されても、私は若芽さんにしてあげることなんて何もないのだと気づかされた。


(社会人になって、自分の無力さに今更気づくとは……)


 どんなに自分が無力だと卑下したところで、抱えている仕事は心の調子が整うのを待ってはくれない。


「ん……?」


 文具売り場の品出しをしている、ふとした違和感に気づいた。

 ペンケースの横に、なぜか彩り豊かなメガネスタンドが並んでいた。


(いや、まあ、文具売り場でも間違いはないけど……)


 文具売り場にメガネスタンドがあっても違和感ないと言われれば違和感ないけど、私が勤めている百円ショップには眼鏡用品売り場というものがある。

 一つ一つのアイテムを丁寧に手に取り、私は眼鏡用品売り場へと向かった。


「商品名確認してから、品出ししろって話」

「もっとこう違和感を持ってほしいんだよね。この商品は、ここじゃないって……考えれば分かると思うんだけどな」


 百円ショップに勤務する男性は昔より増えているはずなのに、やっぱりまだ女性の店員が多いところは否定できない。

 現に私が勤務している百円ショップは女性店員しかおらず、女性の園とも言える場所で陰口が繰り広げられていた。

 男性がいれば少しは職場環境が違ったんじゃないかと夢見たところで、男性は面接にすら来てくれない。


(文具売り場の品出しをしてたの……)


 平日の百円ショップには、運送会社が休む間もなく大量の段ボール箱を届けてくれる。

 この段ボールの中に詰められている中身を、少ない店員で店頭へと並べなければいけない。

 大きな段ボールは場所を取るから優先的にとか、品薄になっている棚を優先に埋めていくという優先順位が決まっているものもある。けれど、それ以外は、どの段ボールから手を付けてもいいことになっている。だから、具体的に誰がどこを担当という決まりもない。


(どうやって注意しよっか……)


 サプリメントで栄養摂取して、ご飯を口にしないというあまりの不摂生っぷりをやらかして以来、若芽さんは私のためにお弁当を作ってくれるようになった。

 そんな彼女のためにできることを言ったら、彼女を仕事のできる人間にすることなのかもしれない。

 けど、先輩風を吹かせるのはなんか自分らしくないと思った。

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