第2話

若芽わかめさん!」

森永もりながさん、お疲れ様です……」

「今日、仕事終わったら、一緒にご飯食べに行こっ」


 学生時代も、社会人になりたての頃も、私の隣にはいつも誰かがいた。

 一緒にご飯を食べてくれた友達もいれば、ご飯を奢ってくれる男性もいた。

 誰かと一緒にご飯を食べるということは、強制的に食べ物を口に入れる機会に恵まれていたということでもある。

 一回一回の食事が私の健康を保ってくれていたことに、いまさら、気づく。


「若芽さん……手作り以外に興味ないと思ってた……」

「食べるのも大好きなんですよ」


 大型ショッピングセンターの中にある百円ショップは、朝早くから夜遅くまで営業を行う。

 私たちだけでなく、百円ショップで働いている人たちの退勤時間はばらばら。

 特に若芽さんは正社員という立場もあって、既に店長代理を任されることもある。

 午後八時に退勤した私は、まだ勤務を続けている若芽さんの仕事が終わるまでショッピングセンターで時間を潰した。


「森永さんのキャラではないと思うんですけど……」

「そんなことない……けど……こういうお店、入るの初めて……」

「ふふっ、そんなに緊張されなくても」


 静かな街角に佇む小さな定食屋の暖簾のれんをくぐると、ほのかな灯りが店内を優しく照らしているところに少し感動した。

 店主と奥さんの温かい笑顔が出迎えてくれて、『これが家庭的なお店の雰囲気か』と初めて味わう空気に大きな感動と安心感を与えてもらう。


「何、食べよっかな……」

「私は、天ぷら定食で」

「うーわー、若さ自慢……」

「たくさん働いたあとは、がっつりしたメニューを食べたくなるんですよ」


 メニューを眺めながら、夜遅くでも満足感のあるものを選ぼうと考える若芽さん。

 一方の私が真っ先に気にしなければいけないのは、いかに自分の体重を増やさずに済むかということ。


「焼き魚定食、お願いします」

「私は、天ぷら定食をお願いします」


 夜遅い時間帯でも世の中は精力的に活動しているらしく、店内には私たち以外にもお客さんが数人いた。

 私たちと一緒に接客業をやっている者同士かなとか妄想を膨らませていると、私は本来の目的を思い出す。


「え、あれペン立てじゃないんですか!?」

「ペン立てでも十分、使えるよねー……」


 お店の中は広いといっても、働く店員の数には限りがある。

 誰がどこの品出しを把握していた私は、昼間のメガネスタンド事件のことを若芽さんに話した。

 すると、若芽さんがメガネスタンドを文具売り場に運んだという事実も判明。

 自分の読みは、間違っていなかった。


「すみません……ペン立てだと思い込んで、品名の確認を怠りました……」


 若芽さんが真面目で一生懸命なのを知っているからこそ、その真面目さが逆に彼女を追い詰めてしまわないように気をつけた。


「あー、悔しいです……ちゃんと品名を確認していれば、みなさんに迷惑をかけることなかったですよね……」

「店長からの受け入りなんだけどね、悔しいって思ってるうちは大丈夫らしいよ」


 若芽さんが気落ちして職場を辞めるなんてことにならないように、私なりに積んできた経験を丁寧に話していく。


「悔しいって思ってる人は、改善しようって気持ちがあるんだって。だから、次からは絶対に失敗しなくなるらしいよ」


 こんな先輩っぽいことを言葉にしたところで、これは私の言葉ではないってところが凄く悔しい。

 私が百円ショップのアルバイトを始めたときに、当時のめっちゃ怖い店長に言われた言葉を若芽さんに知ってもらう。


「失敗から何を学ぶって言われても、難しいかもしれないけど……」

「いえ、職場に迷惑をかけるような人間は、社会人失格ですから」


 社会人失格という言葉は大袈裟な気もするけど、それが若芽さんの真面目さを表現しているなと思って言葉を慎むことにした。


「若芽さんなら大丈夫」

「ありがとうございます、森永さん」

「何か困ったことがあれば、いつでも声かけてね! 少しは助けてもらったお礼、返したいなって思ってるから」

「頼りにしてます、先輩」


 反省終了。

 ここからは、美味しい食事の時間。

 手書きのメニューには何が書かれているのかを覗き込もうとしたタイミングで、香ばしい香りが漂う焼き魚定食が目の前に運ばれてきた。


「一緒に届くって、ありがたいですね」


 一緒に、食事を始めることができるから。

 そんな誰かと一緒に食べるありがたさと当たり前に気づいて、少し照れてしまった。

けど、そんな照れ隠しをする私を置いていくことなく、若芽さんと次に発した言葉が重なった。


「いただきます」

「いただきます」


 若芽さんと一瞬、目が合って。

 互いに何が嬉しいってわけでもないのに、一緒に笑った。

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