第4話 覚悟と決断

 いかるが冴久さくからの言葉でその場に立ち尽くした藤堂とうどうおみ二色にしき大雅たいががやっとの思いで回収。



 「え、ちょ..! 何があったの!?」



 戸惑う如月きさらぎ弦太げんたを他所に臣をソファに座らせる。



 「何があったのってば!」



 鵤が彼に経緯を説明する。



 「じゃあ藤堂さんはその女に騙されてたってこと!?」


 「可能性の話です。まだ決まったわけではありません」


 「真白ちゃん良い人に見えたんすけどね」


 「お前は見る目がないんだよ」


 「じゃあ如月さんは見る目あるんすか?」



 後ろで二人の言い合いが始まる。いつもの事だからと聞き流していると



 「その女の本性、僕が暴いてくるよ!」



 如月の提案に臣が机を叩く。全員が話すのをやめて静かになる。



 「お前達は何もするな。……少しに一人にしてくれ」



 二階にある自分の部屋へ向かう。

 スーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。髪から水を滴らせながらベッドに腰掛ける。臣はスマホ画面に、真白からのメッセージをうつす。それを見ながら彼女の事を思い出していた。パンケーキを口いっぱい頬張る彼女。月城組の女性と一緒にいた女性。


 (どちらが本当の彼女なんだ…?)


 悩みに悩んだ末に臣は零れる水滴でぼやける画面を操作して、電話をかける。



 「俺。……ああ。聞きたい事がある」



 用件を伝えるとすぐに電話を切り、眠りについた。




 翌日の午後。



 「藤堂さん、何処へ行くんすか?」


 「本邸」



 本邸とは臣の両親と藤堂組組員の住む家であり、臣にとっては実家である。現在、彼等が住んでいるのは別邸だ。洋風の屋敷に二色達と共同生活をおくっている。



 「お…送っていくすよ!」



 二色の提案に臣は違和感を覚えた。彼は本邸が苦手だ。仲間が嫌いなわけではないが、どこか距離を置いている。そんな彼が珍しい事を言った。



 「いい。歩いていく」



 彼の若干焦ったような様子を疑問に思いながら、臣は家を出た。本邸までは歩いて数十分とさして遠くはない。和を基調とした平屋の建物。それが本邸だ。臣は引き戸を開ける。



 「若! お久しぶりです!」


 「若、お元気でしたか?」



 玄関を開けるとすぐ組員に声をかけられる。



 「親父は?」



 彼等への挨拶もそこそこに本題に入る。今回本邸に赴いたのは父親に用があったからだ。



 「おかえり臣。父さんなら部屋にいるわ」


 「げっ…」



 藍色の髪をポニーテールに結び出迎えるのは三つ年上の姉、藤堂とうどうあい。臣は彼女が苦手だ。彼女はおせっかいで様々な人の世話を焼くが、臣にとってそれはありがた迷惑だった。三十一歳で未だ独り身の彼女が本邸にいるため、臣は信頼した部下だけ連れて別邸で暮らしている。



 「げって何よ」


 「いや別に」


 「あんたそんなだから彼女の一人もできないのよ」


 (自分も彼氏いないだろ)



 そう思いながらため息をつく。



 「あらあら〜。帰ってたの〜。おかえり〜」



 スリッパをパタパタと鳴らしながら小走りで近づいてくる。彼女は藤堂とうどう和歌葉わかば。臣達の母親である。おっとりしていてマイペース。彼女が怒っている所を誰も見た事がない。



 「ただいま。親父は?」


 「パパなら部屋にいるわよ〜」



 母親に礼を告げ、未だに何か言っている姉を残しその場から退散した。



 「親父。俺」


 「臣か。入っていいぞ」



 ふすまを開け、部屋に入る。煎餅を片手に茶を飲んでいるのが藤堂組組長・藤堂とうどう真之まさゆき。還暦。今では仕事のほとんどを臣に任せているが何かあれば相談をしている。臣が今日ここに来たのも相談したい事があったからだ。彼の向かいに腰を下ろす。



 「で? 聞きたい事っつうのは何だ?」



 微笑みながら煎餅を頬張っていた時とは違い、真剣な表情で臣を見つける。事件でも起きたのかというぐらいの眼差しに多少の罪悪感を抱く。



 「………んだ」


 「何?」


 「どうやって母さんと結婚したんだ?」


 「…………は?」



 予想外の質問に父親は持っていた煎餅を落とし、拍子抜けしたような声を出す。口に出すと急に照れくさくなり俯く。部屋に沈黙がはしる。



 「臣、お前…恋愛話か…?」



 父親の問いに臣は顔を赤らめた。反応を見た彼は襖を勢いよく開ける。



 「ママ!! 酒だ! 酒をいっぱい持って来てくれ!!」



 廊下に響く程の大声で酒を要求する。多少遅れてはいは〜いという呑気な返事が聞こえた。



 「親父、俺は話を…」


 「お前が儂に恋愛相談する日が来るなんてな。儂ぁ涙が出そうだ」



 わざとらしく顔を抑え涙を拭うふりをする。



 「で? 相手は? カタギか?」



 テーブルから身を乗り出し、目を輝かせながら聞いてくる。


 (こういう所が姉貴に遺伝したんだろうな)


 迫ってくる父親を制し落ち着かせる。



 「俺は話を聞きに来たんだ。親父は対立してた組の娘である母さんとどうやって結婚した?」



 父親は当時対立していた獅子王組の一人娘である母親とどうやって結婚したのか。今日臣がここを訪れたのはそれを聞くためだった。



 「ほう?」



 事情を察したのか父親は頬杖をついて真剣な眼差しを向ける。場に緊張感が漂う。



 「パパ〜? お酒持って来たわよ〜」



 声と同時に襖から母親が顔を出す。父親の手招きで彼女が部屋に入り、二人の前にお猪口と日本酒を置く。



 「ママ。臣がな、儂等の馴れ初めを聞きたいそうだ」


 「いや、ちが…」


 「まあ〜! 急にどうしたの〜?」


 「臣にも春が来たんだってよ」


 「だから、ちが…」


 「え〜! じゃあ今晩はお赤飯にするわね〜」


 「いや、だから…」



 誰一人として臣の声を聞くことなく話はどんどん進んでいく。一通り話し終えると母親は鼻歌を歌いながら部屋を出ていってしまった。落胆する臣を横目に父親が酒をそそぐ。



 「まあ飲め」



 目の前のお猪口に酒がつがれ、それを持つよう催促される。勝手にお猪口同士を鳴らし乾杯すると父親はそれを一気に飲み干す。臣は父親に酒を注ぐ。



 「ママとの結婚は大変だった」



 声のトーンを落とし、真剣に話し始める。自身の酒の水面を遠い目で見つめるのは当時を思い出しているのだろう。



 「一目惚れだったんだ。身を呈して友達を助ける姿に」



 臣にはその気持ちがわかる気がした。それは臣もまた真白に一目惚れしたからだ。彼女と初めて会った日、通る人誰もが無視していたナンパを彼女だけが助けていた。自身よりも大柄な男達に立ち向かう勇敢さに惹かれたのだ。



 「獅子王組の一人娘だというのはわかってた。でも諦めきれんくてな。親父…お前のじいちゃんと部下に何度も頭を下げたよ」



 自分の頭を触りながら話す父親。



 「大変だったのは獅子王組の方だったけどな」



 酒を飲み自分で注ぎながら話を続ける。



 「獅子王組のある大阪まで毎日通って土下座したよ。雨の日も嵐の日もひたすらに。殴られ、蹴られ、ついには拳銃を向けられた日もあった」



 笑いながら話しているが、大変な道のりだったのは容易に想像できる。臣は何を言うわけでもなく、父親の話に耳を傾け頷く。



 「最後はママも一緒に頼んでくれてな。あっちの親父さんが折れたんだ。粘り勝ちだな」



 満面の笑みをうかべる。



 「で? 臣。儂は話した。次はお前が話すのが筋なんじゃねえか?」



 にやにやしながら取り出した煎餅をマイクのように臣へ近づける。臣はまだ口をつけていなかった酒を一気に飲み、腹を括る。



 「親父と一緒で一目惚れだったんだ」



 静かに話す。真白という言葉を話せない女性を好きになった事。彼女が月城組と繋がっている可能性まで全てを話した。父親は相槌をするわけでもなくただ静かに臣の話に耳を傾けた。



 「…月城組か…。臣、それを知ってお前はその真白とやらをどうしたいんだ?」


 「……どうしたらいいのかわからない」



 俯く彼の頭に煎餅がぶつけられる。顔を上げると怒りたいのか落胆したのか何とも言えない表情をした父親。



 「その程度の覚悟ならやめちまえ」



 そう言った父親は一升瓶をラッパ飲みし始めた。ひとしきり飲むとそれを勢いよく机に置く。



 「相手に秘密の一つや二つあろうが、敵視する相手だろうが惚れた女なら全てを黙って受け入れろ! 命賭けて幸せにするぐれぇの覚悟見せろや! 儂はお前にそう教えたはずだぞ」



 父親の言葉で臣は胸にあったつかえが取れたような気がした。真白をナンパから助けた時の事を思い出す。


 (そうだ。あの日…俺は彼女を守りたいって思ったんだ)



 「大体、儂はお前に男はなんたるかをな………」



 酒に酔った父親の説教という名の持論は日が沈み、暗くなるまで続いた。母親の押しに負けてそのまま泊まる事になった。その日の晩御飯は赤飯だった。




 「もう行っちゃうの〜? ゆっくりしていけばいいのに〜」


 「仕事もあるから。それじゃあ」


 「またおいでね〜」



 帰ると告げてから三時間。母親の制止を振り切り、やっとの思いで家を出た。時間はもう昼を回っている。臣は電車に乗ると地図アプリで頼りにある場所へ向かう。

 アプリを頼りに辿り着いたのは真白の家である。彼女を送った際、位置をスマホに保存していたのだ。父親に言われた事を一晩中考えていたら無性に彼女に会いたくなった。家の表札には『水無瀬みなせ』の文字。どうやら水無瀬みなせ真白ましろというらしい。インターホンを鳴らすが誰も出ない。それどころか足音一つもしない。


 (留守か…。連絡もせず来てしまったからな。帰ろう)


 振り返った時だった。



 「どちら様ですか?」



 五十代くらいの女性が立っていた。手には回覧板。きっと隣人だろう。



 「真白さんの友人でして。会いに来たんですけど留守だったみたいです」



 臣は苦手な外面を精一杯に発揮させた。女性は回覧板を郵便入れに入れながら話を聞く。



 「せっかく来てくれたけど、真白ちゃん。暫く帰らないと思うわ」


 「彼女に何かあったんですか!?」



 女性の肩を掴む。女性は驚いて目を見開いているがそんな事は気にならない。


 (事故か? 病気か?)


 嫌な想像ばかりが頭の中を駆け巡る。



 「何もないわ。たまにふらっと帰ってくるだけで基本的には留守にしてるのよ。..ここにはあまり居たくないのでしょうね。”あれ”は子供にはあまりにも酷だったもの」



 玄関を眺めながら話す。



 「”あれ”?」


 「あらやだ。私ったらお喋りが過ぎたわ。それでは失礼するわ」



 女性は口を抑え、逃げるように去っていった。彼女の言葉が引っかかり、臣も足早に帰路へとついた。



 「おかえりなさいっす。楽しかったすか?」



 帰宅するとリビングでテレビを観ながら二色に声をかけられる。



 「楽しくはないな。鵤は?」



 コートを脱ぎながら聞く。



 「鵤さんなら部屋にいるっす」



 お笑いを観て楽しそうに笑う彼を横目に臣は鵤の部屋へ行く。扉をノックする。



 「はい」


 「俺。入ってもいいか?」



 返事よりも早く扉が開く。



 「藤堂さんどうかしましたか?」


 「入っても?」


 「はい。どうぞ」



 招き入れられたのは黒を主としたシックな部屋だった。無駄な物は一切なく、整理整頓されている。そんな所も彼らしい。紅茶が出され、臣はソファに腰掛ける。



 「どうかしましたか?」



 向かいに腰掛け、自身のカップに紅茶を注ぐ。



 「真白さんのデータを見せてほしい」


 「いいですが。…あまり見ていて気持ちのいいものではないですよ」



 ゆっくりと渡されるタブレットを受け取り、彼女のデータを見る。


 (……これは…)


 それには彼女の両親が七歳の彼女と幼い弟を巻き込んで無理心中した旨が記載されていた。夕飯に睡眠薬を混ぜ、子供達を寝かせた後に自身も睡眠薬を飲み一酸化中毒での自殺を図る。翌日、たまたま様子を見に来た隣人によって発見された。何故かトイレの前の廊下で寝ていた真白だけが助かり、他三人は既に死亡。一人だけ残った彼女はそのショックから心因性失声症を発症。一切声を出せなくなったらしい。その後彼女を引き取る親戚もおらず、そのまま児童養護施設へ行く事に。施設では周りに馴染めず孤立状態。笑う事も泣く事も怒る事もなく…まるで生きた人形だと職員の言葉が書かれている。そんな暮らしが一年続いた時、彼女を引き取りたいという人物が現れた。彼女もその人に懐き、そのまま引き取られた。


 (こんな過去があったなんて…)


 臣は痛む胸を握りしめる。思い出されるのは笑顔の彼女。あの笑顔になれるまでどのくらいの歳月を要したのか、臣には想像する事しかできない。続いて彼女の引き取り先に目を通す。しかし、引き取った人物の名前も特徴もどこにも記載がない。それどころかそれ以降の彼女に関するデータは全くなく、空欄になっている。


 (彼女を引き取ったのは誰だ? やはり月城組は関わっているのだろうか)


 月城組と繋がりがあろうとなかろうと臣の心はもう決まっていた。

 一通りデータを読んだ臣はタブレットを鵤に渡して紅茶を飲む。



 「欲しかった情報はありましたか?」



 受け取りながら尋ねられる。



 「ああ。ありがとう」


 「お役に立てて何よりです」



 紅茶を臣と自身のカップに注ぎ、自身の紅茶に各砂糖を三つ入れる。臣は両手の拳を握りしめて覚悟を決める。



 「鵤、聞いてほしい」


 「何ですか?」



 紅茶を嗜んでいた彼がカップとタブレットを机に置く。きっと彼は重要な話だと察しているのだろう。



 「今度、俺の素性を明かした上で真白さんに交際を申し込もうと思う」



 それを聞いた鵤は目を見開き、急に立ち上がる。机の角に足をぶつけ悶絶。明らかに動揺している。



 「彼女が月城組の組員だとしても関係ない。彼女の過去も現在も未来も全部俺が守りたいんだ」



 彼の決断に鵤は言葉なくソファに倒れ込み、気絶した。




     ◇




 彼が机を叩く。



 「お前達は何もするな。……少し一人にしてくれ」



 そう言うと部屋へと行ってしまった。その後ろ姿はいつもの堂々としたものではなく、小さく弱々しく見える。それほど参ってるという事だろう。残された三人は背中を見送った。



 「藤堂さん大丈夫すかね…」



 隣に立つ二色が不安そうに呟く。



 「鵤さん。その真白って女が普段どこの店に行ってるとか調べてもらえたりしますか?」



 如月はタブレットを操作する鵤に声をかける。彼はタブレットの電源を落とし、少し考えた後



 「調べる事は可能です。如月、会いに行くつもりですか?」


 「藤堂さんは騙されてるかもしれない。僕が女の化けの皮剥がしてくるよ!」



 胸に手を置いて自信ありげに鼻を鳴らす。



 「でも、俺達は何もするなって言われたすよ。待った方がいいんじゃないすか?」


 「馬鹿だなお前は。だから舎弟止まりなんだよ」


 「これは藤堂さんと真白さんの問題す! 俺達が口出す事じゃないす!」



 如月は二色の胸ぐらを掴む。彼も如月の腕を掴み抵抗する。



 「じゃあお前はここで藤堂さんの指示を尻尾振って待ってろよ! 僕は藤堂さんの役に立ちたいんだ!」



 (イライラする…。藤堂さんの後を犬みたいについて回るだけのくせに)


 いつも能天気な二色。一番年下の彼を下に見ていた如月だったが、最近は何度も不合格をもらいながらも挑戦を繰り返しついに免許を取得した事で臣からも頼られる機会が多くなった。今まで鵤の次に頼られてきた如月にとっては心中穏やかではいられない。



 「二人共落ち着いてください。ここで言い合っても何にもなりません」



 手を離す。二色は少し咳をしながら如月を睨んだ。



 「何なんすか? 如月さん。今日おかしいすよ!?」



 珍しく怒りながら彼は部屋に向かった。鵤はその様子を見てため息をつく。



 「如月。あまり二色にあたらないように」


 「…………」



 鵤の注意にただ頷く。



 「真白さんの行動パターンについては調べてみますが、あまり期待しないでください」



 それだけ告げると鵤も部屋へと行ってしまう。一人残された如月もリビングの電気を消して自分の部屋に戻った。

 翌朝。早起きをしてリビングで二色を待つ。冬の近づくこの季節の朝は寒い。普段なら起きた時からリビングが暖かいのは二色が暖めてくれていたのだと如月は初めて気づく。



 「おはようございます。昨日の件ですが今いいですか?」



 コーヒー片手にサプリを飲む鵤。彼曰く、サプリが一番効率的らしい。徹夜したのか目の下にはくっきりと隈ができている。部屋に招かれ、そこで彼が調べた彼女の行動パターンを教えてもらう。大体お昼頃になると同じ喫茶店に行く所が防犯カメラに映っていた。



 「じゃあここに行けばいいんだね?」


 「はい。ここに来る可能性は高いと思います」



 何度も防犯カメラに映っている事から考えてここは彼女のお気に入りなのかもしれない。彼にお礼を伝え、部屋で身支度をする。髪を巻いて化粧はいつもより念入りに。服はとびきり可愛いのを選ぶ。まだお昼には早いが居ても立ってもいられない。出かける前にリビングを通ったが、二色の姿はない。ため息をついて如月はそのまま家を出た。

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この恋、秘密つき! 汐夜 @shioya

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