夏の終わりのはなし

南風野さきは

夏の終わりのはなし

 この街の印象は灰色だった。透きとおっているわけではなく、潤んでいるわけでもない。それにもかかわらず、青空のもとにあっても、曇天に呑まれているような、海のけはいがまとわりついているような、湿気を錯覚する街だった。

 そんな街で、迷路のようだと評されがちな書店の書店員を、私はしていた。

「持って行くといい」

 その日の勤務時間が終わって、帰り際に店主が差し出してきたのは、両手には乗らないが抱えるほどでもないといった大きさの紙袋だった。店の奥の机から紙袋を突き出してきた店主が、青灰の目を細めて笑う。動きやすい服装を好む年若い女性であることは確かなのだが、それ以外のところは憶測もできない。

「明日、君は休みだし、この街に来てからの、初めての夏の終わりだ。君の故郷ではどのような風習があったのかはわからないが、この街の流儀でね。食べてもらえると嬉しい」

「この街に越してきて、店長にお世話になるようになって、初めての秋ではありますが」

「焚き火は郊外の方が盛り上がるかな。とにかく、花火がすごいはずだよ。その紙袋の中身はバーンブラックというものだ。知っているかもしれないけれどね。本来は家族と語らいながら、晩御飯がわりの軽食やナッツや林檎を堪能した後に、食べるものさ。君は、こういった季節感を盛り上げるものには無頓着そうだから、ただのお節介だよ」

 生返事をすると、店主は悪戯っぽく小首を傾げてみせた。

「指輪だけ、入れておいた。反則だけど」

「反則?」

「何かを練りこむのであれば、指輪とコインと布切れは入れなければならないことになっている。それは本来、大人数で食べるものだ。ひとつの塊を、切り分けて、そのひときれを、食卓を囲んでいる者が食べる。ウイスキーと紅茶と果実とスパイスを練りこんだ生地に、占いに必要なものを練りこんで焼き上げたら完成だ」

「占い?」

「何も入れていないかもしれないけれどね」

「どちらなのですか?」

「さあ、どちらだろう」

 声をあげて笑う店主に、私は困惑する。そんな私を眺めてから、店主はより一層楽しげに笑い声をあげた。

 これが、灰色の街でむかえる、私の初めてのハロウィンの前日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の終わりのはなし 南風野さきは @sakihahaeno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ