電信柱を育てる

 クラスで植物を育てることになった。

 さて、何を植えようか、と意見が募られて、みんなが好き好きに名前を挙げていく。


 バラ、ワタ、イチゴ、アサガオ、タンポポ、ヨモギ、ヒマワリ、ラフレシア……。


 電信柱はどうかな?


 普段は控えめな女の子が、思い切ったように提案した。

 どうせなら、おっきくて、あんまりみんな育てたことのないやつがいいじゃん。


 みんな、ざわざわしはじめる。

 電信柱って植物?

 何から育てるの? 苗? 種?

 どこで売ってるの?


 いいわね、面白そう。苗なら知り合いが分けてくれると思うから、どうかしら、みんな、電信柱、がんばってみない?


 担任の先生もノリノリになって、電信柱の案を採用した。


 こうして、クラスに新たな仲間がやってきた。


 先生が知り合いから譲り受けてきた電信柱の苗は、鉛筆の芯みたいにひょろひょろしていた。

 これが、あの立派な電信柱になるのかしら。

 みんな不思議がりながらコンセントにつきさした。電信柱に水やりは必要ない。代わりに電気やりが必要なのだ。

 電気やり当番は出席順に、交代で行うことになった。


 電信柱は思いのほか、すくすくと育つ。あっという間にコンセントの穴には収まりきらなくなった。

 先生は裏ルートから電気椅子を調達しようと思案していたけれど、その必要はなかった。ちょうどその頃、電線の萌芽が始まっていたのだ。電線はみるみる伸びて、徐々に人間の手を借りなくても、電気を自給自足できるようになっていった。


 電信柱は校庭に植え替えられて、学校のシンボルになる。

 みんな電信柱に登ったり、待ち合わせの場所にしたりして遊んだ。

 男の子たちは電線のどこまで綱渡りできるか勝負した。到達した地点に自分の秘密基地を建てて、シマ争いごっこを楽しんだ。


 電信柱は更に大きくなる。とうとう校舎を追い越してしまうほどに。

 電線もどんどん伸びて、端っこは韓国だか台湾だかまで到達しているという噂だった。


 電信柱のいる風景が日常になりつつあった、夏のある夜。

 驚異的な嵐が、街を襲った。

 風と雨が入り乱れ、物凄い轟音が一晩中つづいた。

 そして、今まで誰も見たことないような巨大な雷が、電信柱のいる校庭に落ちた。


 次の日、電信柱は変わり果てた姿になっていた。

 天まで貫かんとする高さはそのままに、中腹のところどころに、赤と緑のライトがついていた。ライトの中心には人形の模様が浮き出ている。赤のほうの人は気をつけをしているような格好。緑のほうの人は歩いているような格好をしている。

 それは、電信柱の果実だった。

 雷の栄養をたくさん吸収して、実らせたのだった。


 果実は、一定時間ごとに赤く光ったり緑に光ったりしていた。緑に光っているときだけ、独特の鳴き声を挙げた。みんなの中では、唱歌の「通りゃんせ」に似ていると話題だった。


 秋になると果実はずいぶん熟して、人型の模様が薄まっていく。形はまるまるとして、赤と緑の間に黄色い種子も浮き出てきた。


 そろそろ食べごろね。


 先生たちが電信柱の実をいくつか見繕って、チェーンソーやレーザーナイフで均等に切り分ける。

 在校生全員で分け合って、電信柱の実を食べた。


 ぴりぴりと舌がしびれるような、独特の食感が、秋を感じさせるのだった。

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