愛は消えゆく

白川津 中々

◾️

台東区の民家から見つかった複数の女性の遺体について、警察は会社員の金松渉を殺人と死体遺棄の容疑で逮捕した。


金松は概ね犯行を認めており、次のように供述している。



「本当に好きなんです。僕は恋愛感情から誘発されるドーパミンなしじゃいきていけないんです。でもね、恋愛感情って時間が経ったら消えていくじゃないですか。そうしたらドーパミンもどんどん分泌されなくなっていって、あれだけ愛していたのに、価値がなくなるんです。それが堪らなく辛く、悲しく、涙が出てくる。だから好きな内に殺すんです。もっと彼女と恋愛したい、隣同士で"一緒に暮らそうね"なんて話をしていたい。ずっと恋をしていたい。溢れ出る脳汁を堪能していたい。そう思っている、思えている時に殺すんです。首を絞めて、ナイフで刺して、風呂場に沈めて、電気を流して、そうして殺すんです。動かなくなった彼女達を目の前にすると酷い絶望感に襲われる。悪い夢であってほしいと思う。でも、実際に死んでいるんですよ。もう彼女と語らう事も唇を重ね合わせる事もできないと実感する瞬間は、酷く空虚になります。どうして殺さなくちゃいけないんだろうとさえ思う。けれど、共に過ごした時間の中で生まれた情念が薄れ消えてゆくのもまた許容し難い。好き、愛している。どこかへ行って、何かを食べて、楽しい楽しいなんて言い合えている関係である時に、最高に昂っている時にその結末を用意するしかない。そうじゃなければ僕は生きていけないんです。彼女達の名前はもちろん覚えていますよ。今井花音。歌手志望で好き嫌いが多い子でした。こっそりピーマンを入れたら怒られたりして、でも、優しい子でした。謝ったら絶対に笑顔で許してくれたんです。その笑顔が好きでした。だから、殺す時は何度も何度も謝りました。佐川美優は依存気質で僕に似ていました。人生に目的がなく、いつも不幸そうな顔をして死にたいって。その度に僕は、どうしてそんな事を言うんだ。君が死んだら僕は悲しいって伝えていました。お互いにボロボロ泣いて、抱き合いました。そして彼女を殺した時も、僕は彼女の死体を抱きしめました。狩野瑞希は……」



金松があげた女の名前は20に及び、中には行方不明のまま見つかっていない者もいた。


悍ましく、許し難い事件だが、彼が女を愛していたのは事実である。故に男は彼女達との思い出を語る中で涙を流したのだろう。同情の余地はないが、その点だけは人らしく、哀れであった。

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