夏のメサイア

長井景維子

一話完結

響子は薬指のダイヤを見つめながら、幸せを噛み締めていた。一人で喫茶店に来て、コーヒーを飲みたくなったのも、仕事が急に休みになったので、街に出てショッピングを一人で楽しみたくなったからだった。最近、週末は彼が一人にしてくれない、という幸せな悩みだったが、小さな頃から一人で行動するのが好きな響子だった。


今日ももうすぐに近づいた母の誕生日に、デパートでハンドバッグを買い求め、父には大好きなワインを買った。自分用には日傘を一本となくなりかけていたファンデーションの替えを買った。


熱いコーヒーを飲みながら、携帯を覗くと、婚約者の根本草太からメールが入っている。やはり、と思い、コーヒーを一口流し込んで、メールを読む。


ー今日は休みだったよね。一人でどう過ごしてる?今夜電話するよ。ー


響子は草太が特別に束縛するタイプだとは思っていないが、婚約すると、自由に人に会ったり、買い物したり、お酒飲んだり、あまりできなくなるようで、少し残念だった。こういうことの繰り返しに慣れてゆくことが婚約、しいては結婚というこだろう、と諦めている。先日も同級生からメールが来て、同窓会に誘われたのだが、メールの相手が男性だったので、草太が嫌な顔をした。それで、気を遣って断ったのだった。


メールの返事を書かなきゃ、と思いつつ、窓の外をぼんやりと眺めると、ハッと目をひく顔立ちの背の高い青年を見つけた。外でもう一人の男と話しながら歩いていたが、響子がいる喫茶店の前でその男と別れ、喫茶店に一人で入って来た。


青年は一番隅の席へ響子の方を向いて座ると、大きめのよく通るいい声で「ブレンド」と言って、バッグからノートパソコンを取り出し、何か仕事を始めた。


響子とまともに目が合って、二人ともドキッとした。響子は明らかにこの青年を意識していた。響子が意識している男の前で必ず取る行動が、うつむいて伏せ目がちな顔を見せることだった。響子はこの時も目を伏せて、気を引こうとしている自分に驚いた。ほんのちょっとだけ、視線を奪いたい。私を見て。


響子は何もなかったかのように静かに携帯で婚約者にメールの返事を書き始めた。書きながら、自分が怖くなっていた。


(私、結婚しても、平気で浮気するかも。)


メールを打っていると、人の気配を感じた。さっきの青年が響子の姿をじっと見つめている。響子は目をあげて彼を見つめた。彼は響子が気付いたのを知ると、ばつの悪そうな苦笑いをして、


「知ってる人に似てるんです、すみません。」


「あ、そうですか。いえいえ。」


と言って、互いに軽く微笑んだ。


「お詫びにおごります。チョコレートパフェ。お嫌いじゃなかったら、食べてください。」


青年はそう言うと、ウエイトレスにチョコパフェを響子に、と頼み、自分の伝票に付け足してもらっていた。響子は、


「そんな、困ります。」


「お嫌いですか?」


「いえ、パフェは大好きですけど。」


「よかった。食べてください。僕、この近くで設計事務所開いてます。お見知り置きを。」


そう言うと、青年は席を立って、名刺を差し出した。


「昔、好きだった人に貴女が似ているんです。」


そう言いながら、響子に近づき、薬指のダイヤに気づいて、さっと顔色を変えた。


「あ、ごめんなさい。婚約者がいらっしゃる方に。すみません。俺、何やってんだろ。」


響子は、青年が正直に驚き、謝り、そして困っているのを見て、笑いがこみ上げて来たが、


「それでは、パフェ、ありがとうございます。」


と言った。正直、嫌な気分はしなかった。


それから、二人は元どおりに座って、青年はパソコンに向かい、響子は受け取った名刺を見ていた。


『一級建築士 前田健太郎』


(マエケンか。笑。おっちょこちょいだけど、なんか可愛いな。)


パフェが運ばれて来た。響子はダイエットを忘れて、甘いチョコパフェをスプーンですくい取って口に運んだ。静かにゆっくりと味わった。自分に前田健太郎がくれたご褒美のようで、殊の外美味しく感じた。一口一口が優しく口の中に広がって、ほどよい甘さと、少しビターなチョコレートソースがちょうど良い交わり方をする。

響子はパフェを食べながら、昔好きだった人ってどんな人だろう、とぼんやり考えた。薬指のダイヤがカチッとパフェの器にぶつかって音を立てた。


「やだ、新手のナンパに引っかかったかも。」


響子は我に返って真面目に自分を責めた。でも、前田の名刺を破るでもなく、そっとバッグにしまい込んだ。


それから数週間経ったある週末、根本草太と響子は新居の中古マンションのリフォームについて話し合っていた。10年もののマンションを買ったのだが、新婚で住むので、少し手を加えたい。壁紙やキッチンキャビネットなども新しくしたかった。

響子は、ふとした拍子にマエケンのことを思い出した。


「この間、一級建築士さんに名刺もらったんだけど。」


響子はバッグから名刺を取り出して、草太に渡した。


「へえ。この近くだね。電話してみようか。インテリアデザインなんかもやってるんじゃないか?週末だけど、今日やってるね。」


「見積もりだけでもとってみようか。高かったらやめましょうね。」


草太は早速電話を掛け、本人と話し始めた。響子はわずかに頬が赤らむのを感じ、自分でも不思議だったが、少し罪悪感も手伝って、心臓の高鳴りを感じていた。


草太は電話を切ると、


「これからちょっと事務所、見に行こう。」


と言って、さっさと玄関の外へ出て行った。響子は慌てて草太を追いかけた。


クルマに乗って十分も行くと、事務所のあるビルの前に来た。コインパーキングに入れて、クルマを降り、小さな雑居ビルに入って行く。エレベーターを3階で降りると、『前田建築事務所』と書いたドアがあった。


草太は三回ノックすると、ドアノブを回して中へ入った。


「先ほど電話したものですが、前田健太郎さんはいらっしゃいますか。」


「はい。」


前田は奥のデスクから立ち上がって現れた。響子は目立たないように後ろの方でしたを向いて立っていたが、前田は響子に気づき、驚いて声を掛けた。


「あ。しばらくぶりです。いらしてくださるとは光栄です。」


草太は、少し面食らって二人の間に立ち尽くしていたが、響子が何も言わないので状況が把握できずにいた。草太は、


「結婚を控えているのですが、新居のリフォームを考えてまして。」


前田は、


「そうですか。まず、こちらへお座りください。」


と言って、二人に椅子を進めた。小さな会議室だった。草太は、


「響子、こちらの方とはどちらであったんだ?」


と、知る権利があるだろう、と言わんばかりに強い口調で尋ねた。響子は、


「この間、喫茶店で。パフェをご馳走になって。」


と言って、しまった、と顔をしかめて口を閉ざした。前田は、


「僕が隣の席で水をこぼしたんです。それで、ほんのお詫びの印にパフェを。」


と、取り繕った。この事務所に来たことを、響子は後悔していた。私が悪い。草太に嘘をついてしまったし、前田も嫌な思いをしているに違いない。


「そうだったんだね。いやいや、それはいいとして、間取りはこんな風なんですよ。」


何も知らない草太は間取り図を見せて、壁紙が古いこと、キッチンキャビネットやトイレも最新のものに変えたいこと、床暖房をつけられるならつけたいことなどを話した。すると、前田は、


「一度、物件を見せていただきたいです。これから僕、行けますが、ご都合どうですか?」


「いいですよ、行きましょう。すぐですから。私どものクルマでどうぞ。隣のパーキングに停めてあります。」


3人はエレベーターに乗ると、一緒にマンションへ向かった。


前田を助手席に乗せて、響子は後部座席に座った。前田と響子の間のささやかな秘密は、封印されることになりそうだった。それを、草太は知らない。草太に秘密を持つのも初めてだったし、見ず知らずの男性に秘密を握られているのは、響子は心臓を素手で掴まれているように、怖かった。前田の存在が草太と響子にとっての共通のものになったことが、信じられないくらい、これもまた怖かった。前田は客として響子と草太を扱っている。響子はプロの一級建築士が仕事をするところを見たことがないので、前田の仕事ぶりは楽しみだった。しかし、それはそれ。やはり、この間の喫茶店で言われた、好きだった人に似ている、という言葉に心が縛られて、まともに前田の顔を見ることができなかった。特に、草太の前では。


マンションに着いた。何も家具のない部屋へ、スリッパを履いて3人で入る。前田は興味深そうに床を叩いたり、壁の色を見たりしている。草太は、


「この部屋が主寝室なんですが、壁紙を変えたいと思ってます。」


響子は複雑な気持ちでいっぱいだった。前田が顔色一つ変えないので、自分が自意識過剰で恥ずかしいと思った。しかし、この人目をひく容貌の男が自分たちの寝室にいるかと思うと、穴があったら入りたいくらいだった。


「奥さん、とお呼びしていいですか。お名前がわからないので。キッチンはどうゆうのがご希望ですか?」


「あ、名前は小島響子です。もうすぐ根本になりますが。キッチンは食洗機と浄水器はビルトインで。コンロはガスがいいです。あとは予算で考えます。」


「このキッチンなら、アイランドにもなります。ちょっと工事しますが。パンなんか焼かれるなら、アイランド、いいですよ。カウンターを取り払うんです。」


「あー、いいですね。カウンターはあまり好きじゃないんです。」


前田はiPadに必要事項をメモしてゆく。トイレ、洗面所のキャビネットも取り替えることにした。風呂は手をつけず、玄関、廊下もそのまま。リビングには、床暖房をつけ、フローリングも新しいものに変える。


響子はコンビニに走ってゆき、アイスコーヒーを買ってきた。草太と前田は二人でまだ話し込んでいた。響子はコーヒーを勧め、畳の上に座ってもらった。


「でも、名刺をお渡しして、こんな風にお話をいただいて、光栄です。一生懸命、勉強させていただきます。」


前田は素直に喜んだ。草太は、


「水をこぼしてくださったおかげだな。笑。」


前田はちょっと顔を歪める風にしたが、響子はすかさず、


「そうそう。パフェが美味しかったのよ!笑。」


それを聞いて、前田は笑った。


その夜、響子はつくづく自分が軽い女だと思い、自己嫌悪になっていた。ぱっと見がよくて、自分を熱く見つめてくれて、過去に好きだった人に似ていると言われ、パフェを奢ってもらっただけ。それだけで、前田を意識しすぎて、そのおかげで前田は大きな仕事を手にした。草太と自分は前田に仕事を頼む。草太はいったい彼にいくら支払うのだろう。私、間違ってた。


年上の女狙いのナンパだったのかも。いい鴨だったわ。草太に申し訳ない。


そこへ、携帯が鳴った。だれ?


「はい。」


「前田です。」


「は?私の携帯番号、どうして?」


「根本さんに聞きました。」


「どうやって?」


「キッチンについて聞きたいと言ったら、教えてもらえました。」


「用だったら彼に言ってください?」


「怒るのはわかります。でも、僕だって辛いんですよ。」


「どうして?お仕事なんだから。私たちはお客でしょ?」


「貴女の使う部屋、キッチン、洗面室、全てをベストを尽くして直させていただきますが、僕だって男です。好きな人の新婚生活をこんな形でサポートするって、辛いんです。」


「は?いま、なんて?好き?」


「名前を聞いて、わかりました。小島響子さん、貴女、僕が高校生の時から憧れていた先輩です。」


「…………………。」


「これが言いたかった。これだけ言えれば、我慢できます。初恋だったんです。」


そう言うと、突然彼は電話を切った。響子は面食らった。卒業アルバムを探そうと思ったが、学年が違うなら、彼の写真はないだろうと思った。そこで、Facebookの『前田健太郎』をさがした。何十人か同姓同名がいる中で、一級建築士を探した。そうしてようやく見つけた。出身高校が同じで、二つ学年が下だった。間違いなかった。嘘を言っていたわけではなかった。


響子は前田の名刺にあるメールアドレスにメールを打った。


ー前田さま。突然のお電話で驚きました。すっかり当惑して、取り乱し、感情的に怒ったりして申し訳なかったです。Facebookにて、前田さまの出身高校、学年を確かめました。一度、お茶しませんか?高校時代のお話、聞かせてください。このあいだの喫茶店で、今週の土曜日の二時にどうですか?小島響子。ー


メールに返事は来なかった。響子が婚約中のため、前田は自分の足跡を残したくないのだろうと思った。響子は、土曜日、二時前に喫茶店で前田を待った。前田は二十分遅れて現れた。


「すみません。」


「いいえ。ご都合、悪かったのかしら。ご無理言ってすみません。」


「いえ、予定はなかったんです。悩みました。お会いして良いものかどうか。」


「お話を聞きたくなりました。急にお電話切ってしまわれたから。」


「あ、すみません。」


前田はウエイトレスが運んで来た水を一気に半分近く飲み干すと、アイスラテを頼んだ。


「どうして私をご存知だったの?」


「有名でしたから。可愛くて、スポーツも勉強もできて。部活で校庭を走ってらっしゃるのを、遠くから見てました。」


「貴方こそモテたでしょう。」


「僕ですか?いえ。僕、背が伸びたのが、大学入って水泳始めてからなんです。早稲田の水泳部でしごかれまして。高校では演劇部でした。」


「演劇。俳優志望だったのね。」


「はい。モデルのバイトとかはしてました。学校に内緒で。」


「じゃあ、モテたわね。」


「はあ。」


「なんで緊張するんですか?」


「はい、告白しちゃいましたからねえ、先輩相手に。」


二人は顔を見合わせて笑った。前田は今彼女もいないらしかった。ずっと響子を思っていたのだろうか。


「根本も含めて、私たち、お友達になれたらいいですね。このお話、彼に話します。いいですよね。」

「はい。ありがとうございます。僕、楽になります。」


「私も楽になります。隠し事や秘密を彼との間に持つのは怖かったんです。気楽にお付き合いくださいね。お仕事上もスムースに。」


「はい。よかった。リフォームは頑張らせていただきますよ。」


前田は真剣な眼差しで響子の目を見ながら言った。


「それじゃ、僕、もう行きます。」


「はい。お見積もり、お待ちしてますね。」


翌日は日曜日で、草太と響子は二人で家具を下見に行った。大きな家具店の中をしばらく歩き回って、昼時になり、パスタの専門店に入った。テーブルに向かい合って座ると、響子は、


「草太、話があるの。驚くかも。」


「なになに。」


「前田さん、あの建築家の前田さんね、高校が一緒だったらしいのよ。それで、私のこと好きだったんだって。変な勘ぐりしないでね。」


「………。それ、俺、どう反応すればいいんだよ。」


「違うの、全部話すから。パフェおごってくれた時、喫茶店で、あの人水こぼしたんじゃなくて、私をジロジロ見たの。それですみませんって。名刺くれて。私が知ってる人に似てるっていうのよ。」


「うん。それで?」


「うん、それで、電話かけて来て、私の名前がわかったら、憧れてた先輩だっていうの、私が。それで、昨日、三十分くらいお茶して、話聞いた後で、全部草太に話そうと思ったの。話していいか聞いたら、ぜひ話してくれって。もう、秘密ないからね。楽になったあ。」


「へえ、そうだったんだね。でも、名刺、出して、ここにしようって決めてよかったんだね。そうじゃなきゃ、君、秘密にするところだろ。」


「ごめん。怖かった。私、草太に秘密持てそうにないよ。」


「ははは。」


パスタが来た。二人はゆっくり食べ始めた。


「水泳やってたらしいよ。高校時代は演劇だって。俳優志望で、モデルの卵だったらしい。」


「へえ。」


「リフォームが縁で、友達って無理?」


「うーん。いいけどー。ま、こっちが雇ってるんだからな。」


「わかってるけど。何かのご縁じゃん。」


「そうだね。」


草太は気が進まないようだったが、秘密がなくなっただけで、響子は安心していた。草太の包容力に甘えて、今日はなんだか嬉しかった。


リフォームの見積もりは、かなり前田建築事務所が努力してくれたと見えて、思ったより安かった。草太は気持ちよく契約した。前田は、言葉通り、ベストを尽くしてくれた。壁紙の模様、キッチンキャビネット、トイレ、リビングのフローリング、洗面所のキャビネットをカタログから選び、見積もりを調整したが、大して高くはならなかった。


出来上がりは一ヶ月の工期内に収まった。結婚式の前にリフォームは出来上がった。家具は二人で選んだものを運び込み、引越しもすっかり済んで、荷物を解くだけとなった。


結婚式を直前に控えて、二人は新居に住み始めた。新居の住み心地は申し分なく、二人は前田に感謝していた。草太は、響子に、

「前田健太郎を夕飯に呼ぼうよ。」


「そうだね。式が終わったらでいいんじゃない?」


「式の前がいい。俺も彼の友達になりたいんだ。いい男だよ。俺が反対の立場だったら、こんなにいい仕事をする気が起きたかどうか。いいやつだと思う。結婚式の二次会に彼を呼んだらどうかな?」


「うん。そうだね。」


草太はメールで前田を夕食に招待した。前田は花束と赤白のワインを持ってやって来た。


「お招きありがとうございます。新居はお気に召してますか?」


「もちろんですよ。さ、上がって。響子の手料理だから、味はどうかわからないけど、食べてくださいね。」


響子はローストビーフとサラダ、オニオングラタンスープを作っていた。パンはアイランドキッチンでこねて、オーブンで焼いた焼きたてを出した。デザートもベイクドチーズケーキを焼いた。


「アイランドキッチンがとってもいいです。前田さん、ありがとうございます。これなら、お蕎麦もうどんも打ちたいわ。」


「よかった。ぜひ、活用してください。」


草太は、


「ご無理にとは言えないんですが、僕たちの結婚式、二次会に来ていただけないですか?」


「え?僕がですか?」


「貴方とはお友達になりたいです。リフォームをしていただいたご縁だけでなく、僕も聞いていますが、響子との高校時代も含めて。」


響子は黙って下を向いていた。前田は辛くないだろうか。これ以上は彼に甘えすぎていないだろうか。でも、もしきてくれたら嬉しい。これから先も家族ぐるみでのいい友達になれたら嬉しい。


前田はしばらく考え込んでいたが、


「僕でよければ、喜んで。二次会、楽しみにしてます。必ず伺いますよ。」


前田も本当に吹っ切れたみたいだった。初恋の響子が人妻になって幸せになるところを見させてもらえるのは、嬉しかった。祝福したい。


怪しい三角関係に発展したら、響子も草太も不幸せだっただろうが、前田は二人を祝福し、自分は身を引くことに加えて、友達づきあいをするという課題を突きつけられたが、不思議とこの二人を見ていると、喜んで自分にそれができそうだった。響子への気持ちを切り捨てることなく、大切にしながら、この二人の幸せをそっと見守ってゆく心のゆとりが自分にはあると思う。


前田が選んだワインの赤を3人で一本、空けてしまった。いつまでも笑い声が響き渡り、楽しい食事が続いていた。前田が贈ったカラーの花束が、まるで響子のウエディングドレスのように純白で、リビングの花瓶に溢れんばかりに背を伸ばしていた。


キッチンでデザートのチーズケーキを切り分け、コーヒーを淹れながら、響子は深く深呼吸をした。待望のアイランドキッチンを、前田から響子への結婚祝いのように感じていたのだった。この夏、地上のメサイアに祝福されて、幸せな花嫁になる響子だった。

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夏のメサイア 長井景維子 @sikibu60

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