第7話

「どうしたんだいあの子は」

「・・分かりません」

ルーカス様が泣くところなんて久しぶりにみた。


「サンドリュー公爵家の坊ちゃんだろ?」

「はい・・ご存じなんですか?」

「そりゃあこのアカデミーでも有名だものおばちゃんの耳にも入ってるよ」

「そうなんですか・・」

「顔もあの美貌だろ?加えて成績もトップだったんだけど、この何年かで落ちぶれて今じゃ卒業も危ぶまれているらしいよ」

「え・・」




「なんだい。サンドリューさんとこのメイドさんなのに知らなかったのかい!?」

私自身の自己紹介を終え、エプロンと髪留めを貸してもらった。

この人は食堂のお菓子作り担当のナディアさん。

「私は普段坊ちゃん担当のメイドではないので」

「ふうん。やっぱりサンドリューさんとこは使用人もしっかりしてるんだね。普通使用人同士で噂になったりするもんだけどね」

「そうなんですか?」

「そうさ、屋敷の中じゃ秘密なんてあってないようなものだよ」

「そりゃサンドリューさんとこは福利厚生がすごく良いから。使用人になりたい人も多いし、自然と優秀な人が集まってくるのさ」

私が慣れない髪留めに戸惑っていると助け舟を出してくれた人がムルアさん。

「ありがとうございます・・確かに、当主様はとても良くしてくださいます」

縫製工場で働いていた時も、ルーカス様が来てサンドリュー家で働いていたことがバレると事情を知らない人たちが戻った方がいい、どうして辞めたんだとしきりに言ってきた。

やはり当主様からの手厚い恩恵は普通ではないのか。

ポケットに入っている魔石を服の上から触る。



成績が下がった・・

今日トムさんも留年がどうとか言っていた。

授業を平気でサボろうともしていたし。

やはり私のせいで寮生活になった事に問題があるのだろうか。


「しかし、使用人の容姿も整っているんだねぇ」

「へ!?」

「そうだねぇ、どっちかの婚約者さんなのかなぁと思ったよ」

「え!そんな私なんて」

ルーカス様にかわいいと言われた事を思い出し、顔が熱くなる。

ナディアさんとムルアさんに微笑まれて余計恥ずかしくなった。



マドレーヌは一緒に作らせてもくれた。

砂糖の代わりにレモンピールのハチミツ漬けシロップを入れるのがポイントなのだそうだ。


「シロップも手作りですか?」

「そうさ、食堂でレモンの皮が廃棄になるから何かに使えないかって一部こうしてレモンピールにして、更にシロップにもしてる。水や炭酸で割っても美味しいよ」

「へぇ、とってもおいしそうですけど、お手間がかかっているんですねぇ」

「作り方教えるかい?」

「本当ですか!?」

「焼き上がる間手持ち無沙汰だろ」

「ありがとうございます!」



マドレーヌが出来上がり、包装をしているとルーカス様とサイラス様が授業を終えて食堂に戻ってきた。

ルーカス様は目が赤く、私と目を合わせない。

「授業お疲れ様でした」

「・・あぁ」

「マドレーヌできました?」

「あ、はい。召し上がりますか?」

「え!いいの?やった」

サイラス様がノリノリで受け取ってくれる。


「・・俺も」

そう言って手を出したルーカス様にマドレーヌを渡すと嬉しそうに笑う。が、一瞬で真顔に戻る。

「もう全部終わったのか?」

「まだ片付けが少し」

「いいよいいよ!もう十分やってもらって助かったよ」

ナディアさんが言い、奥でムルアさんが頷く。


「じゃあ本屋に行こう。次のコマは授業がないから」

「え、あ、はい」

急いでエプロンを外し、髪留めを外そうとして髪が引っかかって上手く外せない。

「手を貸しましょうか?」

サイラス様がすかさず声をかけてくれる。

「いえ、大丈夫です。すみません」

「俺がやる」

ルーカス様が手を伸ばすと一瞬身構えてしまう。

急いで顔を上げるとまた泣きそうな顔をしていた。

「お・・ねがいします」

「・・極力触らないから」

「はい、すみません」

髪にサーカス様の手が触れる。

遠慮がちに触っているのが分かるのであまり嫌悪感はなかった。


「貸していただいたのか」

「はい」

「うちの使用人が世話になりました。ありがとう」

そう言ってルーカス様がナディアさんにエプロンと髪留めを返した。

「ありがとうございました」

「また来てよ」

「はい!また」

ナディアさんとムルアさんに別れを告げ、食堂を後にする。


「じゃあ、俺は授業取ってるからここで。またねティナさんこれありがとう」

「はい!こちらこそありがとうございました」

サイラス様に別れを告げるとなんだか気まずい空気が流れる


「同じクラスなのでは?」

「今日の午後は選択授業なんだ」

「・・行くぞ」

そう言って前を歩き始めたルーカス様は、見ない間に背中がもっと広くなり、より一層逞しさを感じる。


ルーカス様は目立つので、廊下に出てもすれ違う人からジロジロ見られており、早くこの状況から逃れたくて自然と速足になる。

無我夢中で歩いていると、ルーカス様の背中にぶつかった。


「きゃっ」

「悪い!入校証の返却と俺の外出届を・・」

ルーカス様はすぐに離れてくれたが、久しぶりに匂いを吸い込むとあの時の思い出が甦る。


「う・・わ」

身体中に鳥肌が立ち、体が震える。

両手で自分を抱きしめる様に震えを抑えようとするが、もう無理に等しい。

「ティナ?ティナ!」

声が響く。あの時の必死な顔とニオイ、それから私の名前を呼ぶ声。

「いや!」

手を伸ばしてくるルーカス様から逃げる様に壁際に寄る。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

謝ることしかできない。

「あ・・ティナごめん、ごめん」

ルーカス様も膝をつき、絶望した様に謝ってくる。


「お二人とも大丈夫ですか!?」

アカデミーの女生徒が駆け寄ってくる。

「俺は大丈夫だから、ティナを」

「はい!大丈夫ですか?救護室に行きますか?」

私は首を振る。

「ゆっくり、ゆっくり呼吸をして下さい。吸って・・吐いて・・」

彼女が私とルーカス様の間に入ると視界からルーカス様が消える。

彼女の言葉に合わせて呼吸をすると少し楽になる。


「外に出ますか?」

「はい・・」

「・・家のものを」

「差し支えなければこのまま私がお屋敷の近くまでになりますが、お送りします」

「しかし・・」

「さっき外出届を出しましたからご心配なく」

「そうか・・悪いな、恩にきる」

彼女は控えめに笑うと、私の肩を支えながら馬車の方に向かう。

鼻を啜る音が聞こえたのでそちらを見ると、

ルーカス様は服の袖で涙を拭っていた。







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トラウマを植え付けられた公爵令息から逃げられない まめこ @reeei13m

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