第6話
門番から入校証を受け取り、食堂へと向かう。
案内はサイラスがしてくれていて、俺はしれっとティナの横に並んで歩く。
「ティナ、メイクしてるのか?」
目を合わせるのはいけないから、サイラスの背中を見ながら話す。
「あ、はい。サニーさんがお試しでメイクをしてくれました」
「あぁ、今日は行商の来る日だったのか」
「はい」
「・・なんだ・・その・・似合ってる」
「・・ありがとうございます」
「その服も」
「これもサニーさんが見繕ってくれました」
「そうか・・」
ティナは顔を伏せていて表情は見えない。
サニーとやらは素晴らしい仕事をするな。
屋敷の衣装係として専属で雇うか?
「かわいいよ」
顔を伏せたままのティナは反応しない。
サイラスに軽く睨まれ、口パクでヤメロと言われた。
「なんだよサイラス。前見て歩け」
「うるせー」
歩くたびにティナの匂いがふんわり香る。
こんな風に歩くのなんていつぶりだろう・・
昔からティナとの時間は永遠に続けばいいのに・・と思うほど好きだった。
爵位を継ぐための教育ばかりで疲弊していた頃、爵位を継ぐのだから出来て当たり前だと言われていた中で、ティナだけが頑張りを認めて褒めてくれた。
ティナだけがちゃんと俺の言葉を聞いてくれた。忖度なしに笑いかけてくれた。
ティナといる時だけは肩の力を抜けて、ホッとできた。
懐かしいな。
いつの間にか恋心になって・・報われないのだから諦めようと思って・・あの事件で諦めきれなくなった。
「ほら、制服じゃない人もたくさんいるでしょう?」
「本当ですね」
なんだかティナの表情がみるみる固くなっていく。
「・・ティナ、何食べる?」
「あ、今日はレモンのマドレーヌをみんなへのお土産で買わせていただいて、失礼しようと思います・・」
「え?なんで?」
「あぁ、気になる?視線」
サイラスの言葉に小さくて頷くティナ。
「視線?」
周りを見ると食堂にいるほぼ全員が俺たちをみていた。
「は?何見てんだ?」
俺が周りを睨むと続々と視線を逸らしてはいくがヒソヒソと何かを話している。
感じが悪くてイラつく。
「辞めろよルーカス。もっとティナさんが居づらくなるだろ」
「あぁ!?」
「こんな柄の悪い奴無視して行きましょう。マドレーヌはこっちですよ」
「あ、おい!」
ティナは眉を下げたまま、申し訳なさそうにサイラスに着いていく。
喜ぶ顔が見たかっただけなのになぁ
いつも俺はうまく行かない。
「あれ?売り場はここのはずなんだけど」
「レモンのマドレーヌは売り切れちゃってね!紅茶のならあるよ!」
売り場で商品の補充をしていたおばちゃんが個包装された紅茶のマドレーヌが入ったカゴを持ち上げる。
「売り切れ・・」
「・・そうですか」
分かりやすく肩を落とすティナ。
「お前、永遠にティナさんを苦しめる呪いにでもかかってんの?こんなの見せ物になっただけじゃん」
サイラスが俺に小声で言ってくる。
「いっそ呪いならいいのに・・」
呪いなら解けばいいんだろ。簡単だ。
「レモンがお目当てだったのかい?」
「はい・・以前こちらのレモンのマドレーヌをいただいて、あまりにも美味しくて、真似て作ってみたんですけど、こちらの味には遠く及びませんでした」
珍しくティナが饒舌に話している。
「そりゃ嬉しいねぇ〜レモンは特に人気なんだ。午後の販売用にこれから作るところなんだけど、見ていくかい?」
「いいんですか!?」
ティナが満遍の笑みを浮かべる。
「あぁもちろん!」
「嬉しいです!」
笑顔のまま顔をこちらに向けてくる。
「行って来ても良いですか・・え・・」
「ルーカス!?」
気づけば俺の頬には涙が伝っていた。
「なんでもない。行ってこい。俺は授業に行ってくるから」
「あ、じゃあティナさんまたね」
「はい・・」
涙を拭いながら食堂を後にする。
油断した。久しぶりに笑顔を向けられて、完全に油断した。
「大丈夫かよ」
「何が」
「何がってお前全然涙とまんないじゃん」
「ゴミが入って取れねぇの!」
サイラスがハンカチを渡してくる。
「男がハンカチなんか持ってんなよ」
「紳士なら持ってろよハンカチくらい」
乱暴に受け取ると立ち止まってハンカチで目を押さえる。
「・・ティナが」
「あぁ」
俺に笑いかけた訳じゃない。
使用人達が気に入っているマドレーヌのレシピを知れるのが嬉しかったんだ。
そんなの分かってるのに、涙が溢れて止まらなかった。
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