第5話
「ふ・・ふっふっふ」
アカデミーの食堂で昼ごはんのサンドイッチを食べながら右手を見つめる。
「ルーカス・・改めてお前ってヤバいやつだよな」
友人のサイラスがパスタを食べながらしみじみと言う。
「なんとでも言え、俺は今幸せなんだ」
「もう一週間だぞ」
「この一週間、必要最低限しか使ってない!」
右手の手のひらをサイラスの顔の前に向けると、舌打ちをした後に右手を握られる。
「ぎゃあ!!」
「いい加減辞めてやれ、その使用人が不憫でならん」
「成績がいいからってやっていいことと悪いことがあるぞ!」
「そっくりそのまま返してや・・成績が落ちに落ちているし、やっていいことと悪いことの区別くらいつけろ」
「親父みたいなこと言うな!」
この間の休暇で同じ様なことを親父に言われた。
どいつもこいつもティナを諦めろ諦めろとうるさくて困る。
「ただ・・近くに置いておきたいだけだろ。結婚したいとか考えているわけじゃねぇし」
恋人になりたいとか結婚をしたいとかそんなことはどうでもいい。
俺の近くで、できれば見える場所で生活に困ることなく元気に過ごしていてほしい。
ただそれだけのことなのだ。
「それを辞めてやれって言っているんだよ」
「なんで」
「彼女にとってはそれが1番苦痛だからだろ」
サイラスにはあの日の事件について話してある。
「うぅ・・」
「・・あの事を親父さんに話して、親父さんがどうでるかだな」
「めーっちゃ調べまくってるよ俺の近辺。多分もう全部知られてる。別に知って困るのは親父だしどうでもいいけど」
「爵位はどうすんだよ」
「いらねー・・ってかさ、公爵じゃなくなったら身分に縛られずティナと過ごせる!」
「考えてんじゃん。結婚」
「フラットに!あくまでフラットにな」
「顔見ただけで怯えられてるけどな」
「ぐ!!」
こいつは俺のキズをぐりぐりと抉ってくる。
「あの〜・・ルーカス様」
同じクラスの令嬢が話しかけてくる。名前はなんだったか。
「なに」
「おうちの人がお見えだそうです。お忘れになった荷物をお持ちしたとかで」
「やっば!」
急いで立ち上がる。
「やばいって!絶対スティファが来てるよ!」
サイラスの腕を引っ張る。
「だからなんだよ」
「お前がいれば怒られない!そんなには」
「いやだよスティファさんこえーもん」
「お願いお願いお願い!」
「ランチ一週間分」
「乗った!」
ランチを一週間奢るくらい屁でもない。
急いで食堂を後にする。
サイラスは去り際に令嬢にお礼を言っていた。
「礼くらいしろよ」
「分かった分かった早くしないと殺される」
早足でアカデミーの門に行くと、紺色のワンピースに茶色いショートブーツを合わせ姿勢を正して立っている女性がいた。
焦がれに焦がれているネイビーブルーの長い髪が揺れている。
「え・・ティナ・・ティナ!!」
風になびく髪を耳にかけながらティナの明るい茶色の瞳が俺を捉える。
「これはこれは・・」
はじめてティナをみたサイラスも言葉を失っている。
ティナは誰が見ても美しい。
「惚れたら殺すぞ」
ティナに聞こえないようにサイラスを睨む。
「こっわ」
「お荷物をお届けに参りました」
「え、ティナが!?ありがとう」
わざわざ持ってきたと言うことはスティファの説教付きかと思っていた。
「1人で来たのか?」
「はい。今日は休暇で街の本屋に行こうと思いまして」
「そうか、じゃあ行こう」
「「え」」
ティナとサイラスの声が重なる。
ティナはサイラスを見てお辞儀をする。
「はじめまして、サイラス・フォン・ノイアバルクです」
「ご丁寧にありがとうございます。サンドリュー公爵家にてメイドを務めております、ティナにございます。坊ちゃんがいつもお世話になっております」
上を向いて今のティナのことを反芻する。
お世話になっておりますって、身内みたいに!!!
「大変にお世話してます〜」
「おい!」
「事実だろ」
ティナが控えめに笑う。
「じゃあ行こう」
これ以上サイラスにティナを見せたくない。
「おい!授業は」
「適当に言っておいて」
「授業に出ないのですか?」
「うん。ティナ本屋行くんでしょ?」
「授業は受けなくてはなりません。私は1人で行けます」
「う・・でも」
「当主様に顔向けできなくなります」
「ぐ・・しかし」
「諦めろ」
サイラスに肩を叩かれて、肩を落とす。
「お昼ご飯は食べました?」
サイラスがティナに聞く。
「まだです」
「どこかで食べるご予定が?」
「あ・・えっと・・本を買って、屋敷に戻ってから食べようかと」
「じゃあ食堂で食べません?とても美味しいんですよ食堂のご飯。特にカルボナーラがおすすめ」
ナイス!サイラス天才!
「そうだ、アカデミー以外の者でも食べられるから、食べて行けばいいよ。前にティナが上手いって言っていたレモンのマドレーヌも売ってるよ」
困った顔をしていたティナの表情が少し柔らかく変わった。
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