ひとり呑みの夜

@Hiiro135

ある地方都市にて

土曜日の夕方、私は食事が出来る店を探して歩き回っていた。当初行こうと思っていた店は大行列、それならと向かった次の店は臨時休業...そうこうして街を30分近く彷徨ううちに辿り着いたのがその居酒屋だった。


引き戸を開けると「いらっしゃい!」と鉢巻を巻いた店主と優しそうな女将さんが私に声をかけた。店内には幼い子供を連れた家族が1組いるだけだった。私はカウンターに腰掛けると、ビールとねぎま串、それから川エビの唐揚げを注文した。

注文したものが来るまでの間、私は店内を見渡した。鍋や包丁を振るう店主、厨房では今まさに私が注文したねぎまが焼かれている。カウンターの1段高い場所には所狭しと煮付けた大根や鯖のタッパーや大皿、名札のついた焼酎のボトルが置かれていた。


程なくしてビールと料理が運ばれてくると、私は1人、宴を始めた。ねぎまはとてもジューシーで肉厚、ねぎも甘くて旨い。そして川エビの唐揚げ。最後に食べたのは小学生の頃、家族で行った実家近くの居酒屋であったが、その頃よりもなぜかいっとう美味しく感じた。

お酒が飲めるようになったからかな、などと思いながら食べていると、どんどん箸が進み、気づけば料理は残り少なくなっていた。私は次の料理とお酒を頼むことにした。


次に頼んだのは里芋の煮物と、牛すじと大根の煮物、そして日本酒だ。なんとなく通ぶってみたくなりこのチョイスにしたが、これが大正解だった。里芋の煮物は魚の煮付けのような味付けの甘辛い煮汁で煮込まれており、程よい照りとあまじょっぱい味付けがえも言われぬほどであった。

「この煮汁で白身魚を煮付けたら美味しそうだな」

と思いながら食べていると、明らかに芋とは違う食感がした。お皿をよく見ると、そこには里芋の他に鱈のような魚の身が添えられており、こちらの考えを見越していたかのようなその光景に思わず頬が緩んでしまった。

箸休めにと日本酒をちびちびと飲んでいると、テーブル席にいた家族の楽しそうな声が聞こえてくる。学校で流行っているもの、明日はどこで遊んでくる、そんな幸せそうな会話を聞きながら、私はゆったりと日本酒を楽しんだ。

箸休めが済んだ私は牛すじと大根の煮物に手をつけた。これもまた絶品で、醤油ベースの味付けで煮込まれた大根と牛すじは歯が要らない程にトロトロで、一緒に煮込まれていたこんにゃくはプリプリとした食感がとても楽しい。女将さんから味変にどうぞと添えられた柚子胡椒をつけて食べると、柚子胡椒の爽やかな風味が合わさってこれまたとても美味しい。


料理を一通り食べ終えると、私は締めにお茶漬けを食べ、店主と女将さんに見送られてお店を後にした。

この時期にしては少し暑い。11月もそろそろ見えてこようかという時期なのに、道行く人は皆一様に薄着である。温かい煮物を食べた私も身体が火照っている。私は火照りを鎮めるように、家への道をゆっくりと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとり呑みの夜 @Hiiro135

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画