錬金術師の工房

「じゃあ、次は地下の工房を見せてあげるね。僕の仕事場兼、研究場所だよ」


フィーネを連れて1階の奥にある階段へと向かう。階段は濃い茶色の木材でできていて、少し急な角度だ。


「ちょっと急だから気をつけてね」


階段を降りるとひんやりとした空気が包み込んだ。地下1階は錬金術工房になっている。


「ここが僕の工房だよ。 危ないものも置いてあるからくれぐれも何も触らないように気をつけて」


 降りきると魔法感知のランプが自動で点灯し、工房全体が明るい光に照らされた。

 地下1階の工房は1階とは全く違う雰囲気だ。広々とした空間に様々な実験器具や素材が所狭しと並べられ、天井からは幾つもの魔法灯が吊り下げられている。


「すごい……リオ、こんなの初めて見たよ!」


フィーネは興奮した様子で周りを見渡している。


「でしょ!?」


 自分だけの秘密基地を見せて、少し得意げに胸を張った。この工房は師匠であるエスメラルダが作ってくれた特別な場所。最新鋭の錬金術道具が揃っていて、錬金術師として最高の環境が整っている。その際に師匠は地下2階に工房を移した。師匠の工房は危険な薬物や貴重な素材がいっぱいあり、盗まれないように厳重な管理をしている。


 中央には黒曜石でできた大きな作業台が置かれている。この作業台は魔力の伝導率が高く、錬金術の効率を上げるのに役立つ優れもの。作業台の中央には複雑な魔法陣が刻まれており、調合の際に魔力を循環させ反応を安定させる効果がある。僕はここで色々な材料を使って実験をしたり、新しいアイテムの開発をしたりしているんだ。


「これが錬金術で使う道具だよ。この大きな机は調合台。ここで薬草や鉱物などを調合するんだ。そしてこの棚には様々な素材が保管されている。こっちの棚には薬草。あっちの棚には鉱物。そしてこのガラスケースの中には、貴重な素材や危険な素材が保管されている。絶対に触っちゃダメだよ」


フィーネは真剣な表情で僕の話を聞いていた。


「この炉は加熱炉。素材を溶かしたり、加熱したりするのに使うんだ。温度調節機能も付いてるから便利だよ!」

「そしてこれが蒸留器。液体を蒸発させて、成分を分離するのに使う装置だよ。こっちの棚にはフラスコやビーカー、試験管など、様々な種類の容器が並んでいる。素材の性質や実験の内容に合わせて、使い分ける必要があるんだ」

「これはマジックスコープ。物質の微細構造を観察したり、魔力の流れを可視化したりすることができる魔法の顕微鏡なんだ」


道具を手に取りながらその用途や使い方を丁寧に説明した。


「すごいね。錬金術は聞いたことがあるぐらいだったけど、まるで未知の世界みたいだ」


思わず一気に説明してしまったけど、錬金術に興味を持ってくれるのはすごく嬉しい。

(師匠にも相談が必要だけど、いつか錬金術を覚えてもらいたいな)


「ルーン魔術の研究もここでしているんだ。この机の上にあるのがルーン文字を刻むための道具だよ。ナイフやタガネは、金属や木にルーンを刻むのに使う。インクとペンは布や紙にルーン文字を書くのに使うんだ」


「リオ、ルーン魔術ってどんな魔法なの?」


「ルーン文字に魔力を流すことで様々な効果を発動させる魔術だよ。例えばこのルーン文字は『火』を意味する『Fehu』。この文字に魔力を流すと火を発生させることができる。イメージによって発動の形は変わるね。他にも色々なルーン文字があって、組み合わせることでもっと複雑な魔術を使うこともできるんだよ」


「リオは……本当に錬金術とルーン魔術が好きなんだね。聞いてるだけでどれだけ好きか伝わってくるよ」


「まだまだ勉強中だけど楽しいんだ。いつかフィーネにもこの楽しさを知ってほしいね」


一通り工房を案内したので、一度一緒に外に出かけようか。


「フィーネさえ良ければ少しだけ外に出てみる? もう夕方だし、色々あったから今日はお気に入りのパン屋を案内するぐらいにしておくけど」


「いいね、ボクは大丈夫だから街を見てみたいな」


「うん、ただ本格的な案内は明日にするよ。それじゃあ少しだけ待ってて」


 地下室から1階へ上がり、カウンターの中から使い慣れた革製の財布を取り出す。中には金貨が数枚と銀貨、銅貨がいくらか入っている。普段使いには十分な金額だ。服装は……すぐそこに出かけるだけだし、このままでいいか。


「それじゃあ行こうか」



 工房を出ると西日が傾き始めていた。

 ゆっくりと歩きながら、「フルーツガーデン」というパン屋に行くことにした。フィーネは周りの様子に興味津々で、周囲を見渡しながら歩いていた。


 フルーツガーデンの外観はメルヘンチックで可愛らしい雰囲気で、蔦が絡まるレンガ造りの壁に、フルーツのイラストが描かれた看板が目印だ。ここは僕がよく利用するパン屋で、焼きたてのパンの香りが、いつも幸せな気分にしてくれる。ショーウィンドウには美味しそうなパンがずらりと並んでいた。


(見ているだけでお腹が空いてくるなぁ)


「いい匂いだね。色々な種類があるみたいだ。」


「ここのパン屋は美味しいんだよ。何か買っていこうか」


「本当? 嬉しいな。こんな人が多い街に初めて来たから色々な場所に興味があるんだ」


中に入ると多くのパンが出迎えてくれる。


「この丸いパン、美味しそうだね」


「それはハーベストローフっていうんだ。アグロポリスっていう街で作られてるパンで、中にドライフルーツやナッツが練り込んであるんだよ。そのまま食べても美味しいし、蜂蜜やジャムをつけて食べても美味しい」


「集落で食べてたパンに似ているけど、もっと色々な種類のフルーツが使われてるみたいだ」


「じゃあそれにする? 他にも色々あるよ。甘いパンが好きなら、アップルパイとか、ベリータルトもおすすめだよ」


「うーん……迷うなぁ~」


「そんなに悩まなくても大丈夫だよ。2つ選んでもいいよ」


「さすがリオ!」


フィーネは満面の笑みで、ハーベストローフとアップルパイを選んだ。


「僕は、今日はオレンジブレッドと、ガーリックトーストにしようかな」


 そう考えていたら、「あらリオくん、いらっしゃい。今日はお友達も一緒なのね」とレイチェルさんが笑顔で声をかけてきた。

 レイチェルさんはフルーツガーデンの店主。ふくよかな体型の明るい笑顔が素敵な女性だ。


「おはようございますレイチェルさん。今日もいい香りですね」


「あらありがとう! 今日はね、新作のピーチデニッシュを焼いたのよ! アグロポリスから届いた採れたての桃を使ってるの。リオ君、桃は好きかい?」


「はい、大好きです。あ、ここにあるのが新作でしたか」


レイチェルさんは何もなかった場所に焼きたてのパンを持ってきて並べていた。


「よかったら買っていってね。自信作なのよ!」


桃のいい香りがする。うーんこれは我慢できそうもない。ふたり分を買っちゃおう。

オレンジブレッドを止めてこっちを買う事にする。レイチェルさんの自信作なら間違いないからね。


「タイミングが良かったみたいですね。食べるのを楽しみにしています」


「また次に来た時にでも感想を聞かせておくれよ!」


僕たちはレジに並んでパンを購入し、会計を済ませて店を後にした。パン屋を出て工房への道を歩く。フィーネは袋に入ったパンを大事そうに抱えながら歩いている。


 今日はなんだかとっても色々なことがあった日だった。

 フィーネも大変だったと思うけど、これからいい思い出を作ってほしい。


「フィーネ、明日から一緒に頑張ろう!」


「うん、ボクも頑張るよ」

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2024年10月24日 20:30 毎日 20:30

術師とめぐる世界~魔物討伐より生産職をやりたい~ 夏野小夏 @natsunokonatsu

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