デジタルメモリー

ぐんかん

デジタルメモリー

「おばあちゃん、また来るからなぁ」

「はいはい、いつでもおいで」

祖母はシワだらけの顔を精一杯笑顔にしてみせた。

最近は仕事に追われる日々で、祖母と会うのも半年ぶりだった。俺は両親の顔を知らない。父も母も事故で死んだそうだ。そんな俺を引き取ってくれたのが祖母である。一人で俺を育ててくれた祖母には感謝してもしきれない。俺の恩人とも言えるだろう。


――小学生の時、授業参観があった。続々と教室に保護者たちが集まる中、祖母は少し遅れてやってきた。

「お前の親、なんであんな年寄りなんだぁ?腰もすごい曲がってたぞぉ」

クラスメイトからの一言である。確かに祖母は他の若い母親や父親と比べれば、随分と年老いて見える。

「しかも遅れて来たよな。

お前の親ってなんか変なのぉー」

祖母は働いている合間にわざわざ授業参観に来てくれたのだ。

俺はこのとき、

あの人は俺の大切な人だから馬鹿にするな、

と言い返すべきだった。でも俺はできなかった。

「あんなの……親じゃねぇし」

俺は家に帰ってから、祖母に酷い言葉を投げつけた。

「なんで授業参観なんか来たんだよ。俺、来てくれだなんて一言も言ってねぇし。

なんで……みんなはお母さんかお父さんが来るのに……。

なんで……なんで俺には居ないんだよ!」

怒鳴りつけるようにそう言った。

祖母はただただ悲しい目をして、

「ごめんねぇ、ごめんねぇ」

と謝るばかりだった。謝るべきなのは俺の方なのに……。


そう言えばこのことずっと謝れてなかったよなぁ。目の前の祖母に視線を向ける。

「待って、おばあちゃん」

「どうしたんだい和也?」

和也というのは俺の名前だ。

「俺さ、おばあちゃんに謝りたいことがあるんだ。小学校の時、授業参観のこと覚えてる?」

すると祖母は少し難しそうな顔をした。

「うーん、昔のことだからねぇ。あんまり覚えていないねぇ」

「俺、おばあちゃんに酷いこと言ったんだよ。俺を大切に育ててくれた大事な人なのに……

おばあちゃん、ごめんなさい……」

すると祖母は、柔らかい口調言った。

「そうかいそうかい。

ありがとうねぇ……和也は人に謝れる優しい子だよ」

俺は……そんなんじゃない……。祖母が生きている間に謝れなかった。目の前にいる祖母はすでに死んでいる。


”デジタルゴースト”――5xxx年に始まった公的制度だ。故人の生前の行動や思考パターンをAIが解析し、仮想世界にデータとして復活する。これにより、実質的な故人との会話が可能になった。生前の行動は脳に埋め込まれたマイクロチップに記録されている。このチップは大変有能で、脳波を使ってサーバーにアクセスすることができる。つまり、インターネットや通信媒体としての機能をこれ一つで完結させているのだ。このチップはたちまち世界中に広まり、”デジタルゴースト”を誰もが利用するようになった。


祖母の立っている横――金属製の棺桶に視線を落とす。この中に本当の祖母の遺体が安置されている。俺は時々考える。死者をデータとして復活させるのは傲慢ではないかと。生きているように扱うのは生命への冒涜ではないかと。デジタルゴーストとは、言ってしまえばデータの塊。生前の祖母とAIの祖母は別人である。故人の形をし、故人の人格を持った何か。死んだ人間と会話できるなんてのはうわべだけに過ぎないと知っている。それでも人は皆、そして俺も、デジタルゴーストと会話をする。本質を理解してもなお、故人そのものとしてデジタルゴーストと接する。

俺は恐れているのかもしれない。大好きな人が、その声が、その顔が、その優しさが、二度と戻ってこないことを。築いてきた思い出を忘れてしまうことを。それがたまらなく怖くて、たまらなく寂しいから、デジタルゴーストを通して忘れないようにしている。


「大丈夫かい?和也、泣いているよ……」

俺は知らないうちに泣いていたらしい。涙が一粒頬を流れているのをその時知った。

「ああ、大丈夫だよおばあちゃん……俺は、大丈夫……」

その時、祖母が俺を抱きしめた。ホログラムの腕、なのにこの時は少し温かく感じた。

「ありがとう、おばあちゃん」

やっぱり、おばあちゃんはおばあちゃんだ。デジタルゴーストでも何でも、それに変わりはないのかもしれない。

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