あるカウンセラーの告白
茜カナコ
第1話 告白
私はカウンセラー失格です。
最初から、分かっていたことです。
初めてカウンセリングについて学ぶとき、先生は言いました。
「人の心を好奇心で覗いてはいけません」
私は最初からこの言いつけを守っていません。
「人の心ほど分からないものはない」
私は万華鏡を覗いているような気持で、クライアントの話を聞いています。
その様々な言葉を、分類し関連付け、あるいは分離し……。
カウンセラーとして力をつけるために、大きなカウンセリングルームに就職しました。
そこでは、たくさんの人の話を、毎日聞いては、言葉を繰り返したり、バラバラになった単語の連なりを文章にして聞き直したり……。
たくさんの万華鏡がくるくると回る中、私は目を回さないようにゆっくりと呼吸をして、記録をつける日々を過ごしていました。
今もそうです。
なんてひどいことが、たくさんおきているのだろう。普通って、日常って、こんなにも残酷なのね、なんて微かに思いながら、心の上を他人の言葉が通り過ぎていきます。
面接が終わり、クライアントが帰ると今まで話していたことを出来るだけ細かく正確に書き残し、イメージやクライアントの微妙なしぐさや、表情の変化を追記し……。
まるで昆虫採集をした子どものように心が騒いでいた部分はないと断言できるカウンセラーがいるのでしょうか? いえ、ちがいます、他人のことではないのです。私の心は、新しい発見の繰り返しに、好奇心がうずくのです。
そのやましさを感じつつ、せめてクライアントが楽になれるよう、日々勉強を続けます。
どこかの映画のセリフを思い出し、私は苦笑します。
本を読んだくらいで、誰かの気持ちが分かるはずなどありません。
それでも、効果があったという心理療法の論文を繰り返し読んだり、著名な心理学者の本を毎日読んだり、自分自身が上級のカウンセラーにアドバイスを求めたり、出来ることを愚直に探して試していきます。
答えのないヒトの心に、とらわれているのは私です。
それでも、そんなそぶりはおくびにも出さず、日々クライアントの話を聞きます。
所属しているカウンセリングルームでクライアントから指名されることが増え、私のキャパシティーを超え始めたことから、私は独立を考えました。
午前中に一人。午後に一人。本来私の能力では、それくらいのクライアントしか、集中して話が聞けないのです。
アパートの一室を借り、自分のカウンセリングルームを用意しました。
私には親からもらったお金があるので、独立なんて贅沢な選択が出来ました。
シンプルなホームページを作り、細々と始めたカウンセリングルームは少しずつクライアントが増え、今は新規のクライアントは基本的に受け付けていません。
ゆっくりと心を空にして、クライアントの話を聞き、記録をつけ、分類し、全体像を考え、ひとの心の不可思議さにため息をつき、コーヒーを飲む。
本当に、不思議なのです。
私は話を聞いているだけで、アドバイスなんてしていません。
それなのにクライアントは、勝手に元気になっていくことが多いのです。
たまに、悪化する人もいます。そのことは、初回のカウンセリングの前に必ず説明と注意をしています。
人の心ほど、よくわからないものはないからです。
私は万華鏡を覗くように、ひとのこころをのぞいています。
立派なカウンセラーと言われるたびに、私は苦笑し、空を見上げます。
カウンセラーも所詮人間なのです。だから、人間の気持ちが分かるような気になることもありますが、しょせん他人なのです。人の心など分かっていません。
クライアントは勝手に救われているだけなのです。
彼らの力で勝手に元気になっているだけなのです。
それでも、一人では無理だったと、つぶやくように言われることがあります。
だから、私は今もカウンセラーの仮面をかぶりつづけているのです。
そして、私はこの告白文を、燃やして空を見上げるでしょう。
あるカウンセラーの告白 茜カナコ @akanekanako
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