校舎裏の祠を壊したら、学校一の美少女に告白されました

クサバノカゲ

校舎裏の祠を壊したら……

「あのほこら、壊したのキミだよね」


 放課後の教室で、背後から呼び止められた。


 ──あの祠・・・


 数日前の夜、僕はクラスの陽キャグループに呼び出された。

 校舎裏の林の奥にある「絶対に近付いてはいけない祠」まで付き合えという。そこは、この辺じゃ有名な心霊スポットだ。


 僕が昔よく「幽霊おばけが見える」と言っていたのを、幼稚園からの腐れ縁である池澤いけざわくんが覚えていたようだ。

 心霊番組でタレントに同行する霊能者役ってとこ。


 案の定、今やグループのリーダー格に収まっている池澤くんから「おい小田おだ、おまえ昔みたいにテキトーに霊が見えるとか言って女ども怖がらせろ」と耳打ちされた。

 あのころさんざん嘘つき呼ばわりしたくせに、と思いつつ揉めたくないので飲み込んだ。


 ──結局、それどころじゃなくなったけど。


「わたし、見たんだから!」


 振り向くと、あの時の当事者メンバーのひとり、学校一のギャル系美少女である姫宮ひめみやあずさが、抜群のスタイルを誇示するようにモデル立ちしていた。池澤くんはおそらく彼女狙いだ。


「いや僕もみんなと同じで、いつの間にか気を失ってて、目が覚めたら祠が壊れて……」

「だから、見たって言ってるでしょ! 小田クンが祠にドロップキックかましてぶっ壊すとこ」

「ははは……ドロップキック? そんなバカな、幻覚だよ幻覚……」


 ──やばい。完全に見られてた。


 みんな祠の邪気で意識を失ってると思ってたけど、彼女は多少の抵抗力があったのか……もしくは鈍感にぶすぎるのか……。


「ってか誤魔化さなくていいよ、べつにチクったりしないし。そのかわりにさ……」


 琥珀色に波打つロングヘアを揺らして、急にもじもじと右腕を左手でさすり出した彼女は、頬を赤らめながら言葉を続ける。


「わたしと付き合って欲しいな」

「は!?」


「だって、あの打点の高いドロップキックの軌跡が目に焼き付いて忘れられないの!」


 ……ええ……もしかして姫宮さん、プロレスオタクとか?


「あと、みんなを助けたくせに知らないフリしてるのもシブくて好き……。池澤のやつ、もしかしたら自分が壊したかも?とか言い出してんだよ。マジありえない……」


 見たことないくらい真剣な表情で語る彼女。嘘告とかではなさそうだけど。


「ね、いいでしょ! わたしの彼氏になって!」

「え、ええと……たぶん話とか合わないと思うんで、ゴメンなさい!」


 僕は思いっきり頭を下げて、逃げるように教室から飛び出していた。


「あっ、ちょっと待って! 趣味とかぜんぜん合わせるよ! これでも尽くすタイプだからマジで!」


 姫宮さんの声が追いかけてくる。

 僕は廊下を曲がった先で、階段の手すりの陰にしゃがみ込み、どうにか彼女の追跡をやり過ごした。


 ──ほっと胸を撫で下ろした、その時。


「あの祠を壊したの、きみだね」

「──ッ!?」


 声は階段の上から降ってきた。見上げれば、腕組みで仁王立ちの少女が、値踏みするような目線で僕を見下ろしている。


「ふうん、見た目ナヨっちいくせに、霊力あっちの方はすごくぶっといんだね……」


 すらりとした長身に、金髪ショートカットと凛々しい顔立ち。学校一のボーイッシュ美少女、賽原さいばら 時雨しぐれだ。


「我が家は代々退魔士の家系でね。いずれあの祠も、ぼくが払ってやろうと思ってたんだけど、まさか先を越されるとは」


 肩をすくめる彼女。短めのスカートからギリギリ中が見えそうで目を逸らす僕。


「封じられてたモノが解放されたらヤバイと思って跡地を見てきたけど、荒御魂ごとぶっ壊してたよね。一体、どんな術式を幾つ重ねたの?」

「い……いやあ、なんのことやら……」


 いやなんかドロップキックで行けました、とか言ったら怒られそうな気配がする。


「……ふうん。ま、いいや。そんなことよりさ」


 ぴょん、と身軽に跳んだ彼女は僕の真横に降り立って、唇を耳もとに寄せ囁いた。


「今夜から、ぼくとしよう・・・よ!」

「は!? なっ……なにを……?」


 後ずさる僕をじりじりと手すりに追い詰めながら、彼女はニヤリと不敵に笑う。


「なにって退魔士のおしごとに決まってるじゃない! キミなら、公私ともにぼくのパートナーに相応しいと思うんだ」


 まさかのスカウトだった。しかも、公私ともに?


「その霊力つよさ、一目惚れしちゃったの。ぼくと釣り合う強さのひとなかなか居ないし、恋人兼相棒ってことで一緒にに魑魅魍魎を狩りまくろうよ!」

「……い……いや、僕って平和主義だから、あんまりそういうのは……」


 ぐいぐい迫ってくる。逃げようとしても絶妙に行く手を防がれる。うう、さすが退魔士。


「あーっ! 見つけたーっ!」


 そのとき、大きな声が響いた。


「って、しぐれっち!? わたしの小田クンに何ちょっかい出してんの!」

「は? ぼくの小田くんだが?」


 姫宮さんだった。まだ僕を探していたらしい。これは、チャンス!


「あっ、こら待て! まだ話が!」

「ちょっと、わたしが話したいんだけど!」


 掴み合って互いを妨害する二人を置いて、階段を駆け上っていた。

 実は上階に大切な用事があった。急がなきゃならない。

 しかし僕の足は三階──三年生のフロアで、急に止まる。目的地はもっと上なのに、何かにいざなわれるように上級生の教室へと足を踏み入れていた。


 そこでは、ぴんと張り詰めた清浄な空気の中、真っ直ぐ正した背筋でお臍の辺りに上品に両手を重ね、ひとりの少女が待ち受けていた。


「かの祠を壊せしは、あなた様ですね?」


 腰下まで長い黒髪に、折れそうなほど華奢な体型、高貴に整ったお顔立ち。

 学校一の清楚系美少女、周防すおう 璃依那りえなである。


 ──正直に言おう。僕は入学してからずっと、彼女に憧れていた。


「周防家は代々あの祠──アラバミサマを御守りしてきました。私も、巫女として身をお捧げすることになっていた」


 吸い込まれそうな黒瞳で僕を見詰め、彼女は流れるように語る。


「なのに、あなた様が祠を壊し、あまつさえアラバミサマまで滅してしまった……だから……」


 僕は金縛りにあったように動けない。


「使命を失ったこの身を、あなた様にお捧げします」

「はい……!?」

「私はもう、小田様のものです」


 まさに夢のような展開。それでも、僕の答えは。


「ゴメンなさい、他に好きな人がいるんです!」

「それで構いません。いつでも都合のいいように、何なりとお申し付けください。さあ、まずは契りを……」

「じゃあ! せっかく使命から解放されたんだし、自由に生きてください!」


 僕の言葉に彼女は切れ長の目を見開き、両手で口元を覆う。

 同時に体が軽くなる。金縛りが、解けたようだ。


「……そんな……なんて、お優しいひと……」


 蒼白い頬が桜色に染まって見えたけど、後ろ髪を断ち切って教室を飛び出し上階を目指す。ギャルひめみやさん退魔士さいばらさんの言い争いが少しずつ近付いてくる。やばい。


 ──僕は階段の手すりを掴んで、一息に駆け上がった。


 その突き当りで、屋上に続く鉄の扉を開ける。

 フェンス越し、傾いた太陽を眺めていた女生徒が振り向いた。

 笑顔の似合う、透明感のある少女。なんなら体も半透明で、後ろのフェンスが透けて見えている。


「もう、おそいぞ?」


 彼女こそ学校一の美少女幽霊、ミチルさんだ。


 生前、持病のあった彼女は三年生になってからほとんど登校できないまま、この世を去った。その未練で校舎周囲を漂ううちに、あの祠の強い霊力に取り込まれてしまったらしい。


 祠が壊れ解放された彼女は、目が合った・・・・・僕にその場で告白した。


『ね! 次の卒業式までの間でいいから、彼氏になって!』


 青春がしたかったという彼女の心残りを果たせば、無理に払うまでもなく成仏するだろう。それまで退魔士さいばらさんにだけは、絶対バレないようにしないと。


「ごめんごめん」

『許してあげるかわりに、いっしょに映画見たいな。そのケータイ、じゃなくてスマホで見れるんでしょ』

「いいよ、何が見たい?」


 幼いころ僕は、幽霊オバケが見えると騒いでは嘘つき扱いされていた。

 でも、一人だけ信じてくれるひとがいた。

 それが継父ちちおやの連れ子で、十歳年上の義姉あねだ。

 彼女はいつも僕の話に真剣に耳を傾けてくれた。


 やがて僕は、彼女が信じてくれるならいいやと思えて、信じてくれない人たちに話すのをやめた。いまの僕がそれなりに穏やかに日々を過ごせるのは、きっと彼女のお陰だ。


 ──たぶん、それが僕の初恋だったと思う。


 そんな彼女の持病が悪化し、眠るように亡くなったのは十年前、僕がちょうど小学生のころ。悲しかったけど、自分はいずれそうなると話してくれていたから、どうにか立ち直れた。

 彼女はいつも「幽霊になって会いに来ても、きみには見えるよね」と優しく微笑んでいた。


 小田おだ 未散みちる、それが彼女・・の名前。

 きっと、彼女は気付いていないだろう。それでいい。

 僕らは並んで地べたに腰掛け、スマホを覗き込んだ。


『そういえば、ジブリってどうなったの? 宮崎駿、引退したじゃない』

「引退撤回してこないだ新作出したよ」

『ええっ、それ見たい!』

「配信じゃ見れないかな……代わりに、新海誠がめちゃくちゃ売れててさ……」

『えっ、それってあの新海誠?』

「そうそう。好きだったよね」

『うん! ……うん……?』

「あ、いや、好きそうだなって……」


『ふふ。あのころ・・・・のきみには、まだちょっと難しかったよね』

「え?」


『──見たいな、いっしょに』


 彼女の浮かべた優しい微笑みに、傾きかけた太陽が透けていて、泣きそうなくらい綺麗だった。

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