神禍のフ
這吹万理
第1話 廃神社 (恐怖レベル:0)
俺が通う中学校は剣道部と柔道部が使う道場があり、道場の裏には道をひとつ挟んでプールがある。
まだ新品で、硬い道着に肌を擦らせながら、水泳部が練習する声を聞く。
東日本で一番大きな大会に出るために頑張っているらしい。
休憩時間、同じ部の
今日は水泳部は練習は休みだったはずだが、数名練習しているらしい。
「水浴びてー。心臓がおかしくなるー」
道場の冷房設備と言えば、業務用大型扇風機が2つだけ。こちらはキツい運動をして体温が上がっているので、そんなものでは身体が冷えない。
城崎は以上の理由により、死にそうな顔をしていた。多分俺も死にそうだった。
塩飴とスポーツドリンクじゃ夏は凌げない。
「この夏が辛いぜ」
部活はまだまだ、終わらない。
◆
脱いだ道着は畳んで、ポリ袋にいれね、エナメルバッグに詰める。4時間ほどの部活時間は、午後の1時前には終わる。
「さいならー」
と、帰ろうとしたところを先輩の
「
「よくやった! ヨッシー!」
なンだこの野郎、と思っていると部内のオタク先輩
「チンポポポポ! 滝クン! 君はこの近くに廃神社があるのは知っているカニ?」
このありえない笑い方をしているのが近衛先輩だ。
「廃神社ァ? 知らないっすよ。中学に入ってはじめて此処に来たんすよ」
「チンポポポポ! 知らないとは勿体無い! では行こう、ほら行こう! いい思いができるカニよ」
このありえない語尾をしているのが近衛先輩だ。
「いい思いって?」
「おばけが見れるカニ」
「おばけェ?」
俺はそういう物を信じないお年頃だった為、近衛先輩の言葉を馬鹿にするように……というより、馬鹿にして、半笑いで「ヒュードロロっすか」とからかった。
「出るカニ! ね! ブッチョ」
ブッチョ、とは部長のことである。本名は
仏頂面のブッチョ、らしい。
「ああ、出る」
どすの利いた低い声で、部長が言う。
「ほんとかなあ、俺信じらんないっす」
「だから行こうと言っているカニよ」
「えー。っていうか入っていいところなんすか? 変なことして大会出場停止とか嫌ですよ」
「もしかして怖いん?」
城崎がとんでもない事を言う。
「は? シバき殺すぞ」
「キレすぎだろ」
「チンポポポポ! 見つからなければどうってことはないカニ!」
◆
「どうしてこうなっちまうんだろうなァ……いっつもいっつも……」
私服に着替えたいと言ったら、逃す訳にはなるまいと家についてきた城崎に愚痴ってみるが、城崎は兄貴……
「改造人間のくせに心が狭いなぁ……
「うるせい。城崎! おら行くぞ!」
「盗んじゃお」
「アッッ!? やめろ馬鹿お前!」
エロ同人を抱きしめる城崎を抱えて、俺は家を出た。
「城崎、あんまりアイツの事を信用しないほうがいいよ」
「ひでぇな。兄弟だろ」
「…………まぁ、別にいいか……」
学校近くのコンビニに行くと、他の先輩連中はもう到着していた。
「チンポポポポ! ふたり揃って逃げたのかと思ったカニよ! よく来たカニねぇ」
「俺が逃げるわけないでしょ。滝でもあるまい」
「もういいじゃないっすか。集まったんだから。もういきましょうよ」
「おっ! 言葉は正直カニねぇ」
「それただの正直者じゃないですか。部長それなんすか」
部長は手に包みを持っていた。
「お前のだ。好きだろう」
弁当箱だったらしい。はえー、唐揚げとかウインナーとかいっぱい入ってる。
「あざっす。嬉しいっす」
「ブッチョは滝に甘いなぁ」
「なんだぁ、断袖の交わりかぁ?」
神谷先輩が言った。確かに。なんか俺いつも部長に変な優しさ発揮されてる気がする。
「黙れアホども。滝はいつもお前らの気紛れに突き合わされて迷惑してるんだ。部長としてそれは見逃せない。……何らかの贅沢は許される筈だ」
「俺部長の弟になりたいっす」
閑話休題。
ここから廃神社まではチャリで2分。俺と城崎は徒歩でここまで来ていたので、走る羽目になった。
「おおっ、雰囲気あるっすね」
バテて地面に仰向けになっている城崎の周りにペットボトルの水を撒きながら、苔むした鳥居を見る。
「なんでお前バテてねぇんだよ」
「身体の作りが違うんだよばーか」
回復した城崎が立ち上がったところで、鳥居をくぐる。
音ひとつなくとても静かな境内で何か良からぬ事が起こるような気配も感じず、とくとくと歩いていた。
ふと振り返ってみると、営みが見える。
「ここらへんがセクシー……エモいっ」
人々の営みをエモ消費するのはぶっちゃけめっちゃキモいが、写真を撮りたくなるくらいのいい景色だった。
俺はそれに感動して、肝試しだということを忘れていた。
そう、これは肝試しである。
誰かが枝を踏んだのか、パキッと音を鳴らした。最初は誰も気にも留めなかったが……おそらく、その枝が折れてからだった。
突如ざわめきが広がった。
木々の葉が擦れ、揺れる音。虫の鳴き声、風のそよぐ声。神社の近くに通る車道を走る車の音。川の音。近くの家の住人が風呂でも浸かっているのか、ズゴゴ、という音。それがいきなり広がった。
なんでもない音の行軍。
そのはずだったが。
よくよく考えれば、田舎町とは言え、こんな町中で「音ひとつなくとても静か」なんてあるわけがなかったのだ。
みんなで顔を見合わせた。
なんだかおかしいぞ、と。
「帰ろう」
「アッ!」
神谷先輩が叫んだ。
鳥居のところに女がいた。ひどく長身で、肩が動く度に「ピュウピョロロ」と硝子でできた笛のような音が響く。
じっとりと暑く。
しんしんと冷たい。
服を脱いでスイッチを入れようとしていると、城崎が突如倒れかかってきた。
支えると、目と鼻から血が垂れて、ボトツと地面に落ちた。昔遊びで作ったスライムのようだった。
「なにか……やばい……」
めまいがする。視界にノイズが走り、耐えきれなくなり、とうとう倒れた。
◆
目を覚ますと、場所は変わらず廃神社。
……の、ようだったが、何かおかしい。
いたるところからサイレンの音が聞こえて……というか、サイレンの様な泣き声が聞こえていた。
隣には若い婦人がいて、その腕の中には赤子がいた。
「大丈夫だよ、キンジ」
夢だ。
そう感じた。これは大いに夢だ。
キンジというらしい赤子がこちらを向いた。
「あう」
婦人は俺がわからず、困惑している。
「大丈夫」
戦争の頃の夢でも見ているのか、わからない。この神社の歴史など、てんで……蟻ん子ひとつよりも……とんとわからない。
「ひとはまもるよ」
バチン、という音がして、額に痛みを感じた。
「イーッテ!」
「やっと起きた……」
家だった。俺の家ではない。
部長は星座をして手を収めていた。
「神社は……?」
「あのあと……近くを散歩してた爺さんに助けてもらったんだよ」
「曰く、俺たちがあそこに居るのが見えたから急いで追ってきた、ってさ」
襖を開けて、シワシワの老人が入ってきた。神職についているような格好をした老人だった。
「わかりやすい恰好に着替えたからなんとなく流れはわかるね?」
「オカルトこわいっす」
「全く……もう! あそこには入ってはならん! もっとしっかり『どうして?』の部分を言い伝えておく必要があるらしい」
「当たり前だぁ。ダメダメばっかり言われたんじゃ嫌にならぁ」
神谷先輩があぐらで饅頭を食いながら老人に言った。
不遜……!
「昔ここらへんではね、小規模な戦があったんだ。それなりに小規模だったが、見合わず死者が出てね、あの神社には生き残りと死体が山積みだった」
そもそも争いが始まるまで、誰もあの神社を知らなかったのだという。木々に囲まれたところにあり、昔から誰も入ろうとしなかった。
大昔を知る老人たちはみんな戦火にて息をしておらず、その存在についてもう誰も知らない。
「どんな神を祀っているのか、意味もわからずそこにいていいのか。当時みんなそう思っていたそうだ」
「その実は?」
「まだだ。何の文献も残っていない。そこにあるだけ。しかし、凶悪な魂がそこに住み着いてしまっている」
「チンポポポポ! なんやようわからんけど生きて帰られたんだからそれでよしカニねぇ!」
さぁ帰ろう、と。
先輩たちが帰宅の準備をして玄関に向かい出した。
「立てるか、滝」
部長に支えられながら俺も帰ろう、と荷物を漁っていると、老人は言う。
「滝神次くん」
「なんですか」
「先祖に同じ名を持つ人はいるか?」
「知らんです」
老人は、ややあってから「そうか」と微笑んだ。
神禍のフ 這吹万理 @kids_unko
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