《怨嗟封印画『最後の楽園』》ウラガワ

『過去確認されたカード災害、その被害』

『カードと人間の意思疎通の歴史』

強制共鳴アドバンスチューンについての研究』

『【しんえん】事件から10年、未だ犯人捕まらず』

『プロに聞いた! 中堅におすすめのカードトップ10!』


 パソコンの画面には複数の資料が表示されている。どの資料にも共通して映るのはカード。

 インスタントのコーヒーをお供にして、真面目なものから趣味のものまで記事に目を通しているが、男は刑事ではない。


 通知の音でパソコン画面右下に目をやり、警察と何度かやりとりしたメールの最新の返信が送られてきたことを知る。

 かちり、と通知をクリックして開き……溜め息を吐く。


「――ついに起きてしまったか」


 カード研究所の一室。使い古されてクッション性が死んでいる事務椅子に座って男は呟く。

 この時が来ないでほしかった、そんな望みの混じった声はタバコの煙に混じっていく。


「はい……先日、《『最後の楽園ラスト・リゾート』》のカードが監視下から逃走しました」


 美術館へ機材を持ち込み、現場で得られた結果を報告するのは男の同僚であり研究員の女性。

 タスクを終わらせる時間が足りずに残業続きなのか目元には隈ができており、その表情は明るくない。


「逃走先は不明――ですが、須鳥つむぎを原因として覚醒したことは間違いありません」


「そりゃあ、まあ、だろうな」


 《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》のカードが彼女――須鳥つむぎの手によって目覚めさせられたのは調べがついている。


「監視カメラに残っていた映像で一番アレに近かったのが彼女だったもんなぁ」


「ですね……」


 カード研究所所属である彼らが使うカードの力を駆使して……ではなく、警察から提供された映像の力によるものなのが、なんとも言えない悲しみを彼らに背負わせる。


 カード関連の事象の検査を担うカード研究所だが、下っ端の手に検査に適したモンスターのカードは基本的に渡されない。聞き込みをしろ足で稼げ、な警察ドラマ的仕事が殆どだ。

 今回はカードの力により美術品であるカードが破損したかもしれない、で警察が協力してくれたのですぐ情報が得られたからよかった。普段はここまでスムーズにはいかず、許可を得るための書類のやり取りで時間を食われる。


 この研究所で優遇されるのはいつだって華々しくバトルで活躍を遂げた、誰もが見て優秀と分かる選ばれた者だけ。

 力のあるカードを下へ分散すると、守るべき特別な人材が守れない……そう言われると仕方ないと納得は可能なのだが。もっとこう、やり方があるだろうと言いたくなる。


「しっかし、なんで逃げちまったのかねぇ」


「わからない、ということしかわからない。それが《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》でしたからね」


 《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》――誰もそのカードの過去を知らない。

 ただ、【封印画】テーマなので、カードに何かを封じていることはわかる。

 効果もわからない。

 わからないばっかりしか残らないのはカード研究所の恥だとなんとか解析して名前だけはわかったが、その名前で余計にわからないが深まった。


 『ラスト・リゾート』――英訳のカタカナ読みのルビが振られている『最後の楽園』だが、それは間違ってはいない。しかし『ラスト・リゾート』はもう一つの意味を持つ。

 それは『最後の手段』。追い詰められて使うしかなかったもの……そんなネガティブな意味を持っている。

 では、どうしてそんな名前にしたのか。これがわからない。過去に関係しているのだろうが、その過去がわからない。


 ないない尽くしだったが、美しいのは確かだったので美術館側の強い要望で展示することになった1枚だ。


 監視下から離れた理由は何か。

 力を持ったことを自覚して好き勝手に暴れているのではないか。

 目覚めたのが故意か、事故か。

 脱走の主導となったのは人間かカードなのか、それも不明。


 ……わからないことだらけで不安は尽きない。


 なにせ、今展示されている【封印画】カードはすべてが複製品にすりかわっている。盗んで逃走したのは力を蓄えるため、で正解だろう。


 美術館を覆っていた黒は数分で消えた――つまり、その間に展示されていた全ての【封印画】カードを盗み、誰にも分からないほど精巧な複製を置いていった。

 それほどの力を使える存在を放っては置けない。しかし、あの美術館にいた全員にベッタリとカードの力の痕跡が残ったので当該カードの追跡は困難。

 ……調査により判明した結果がこちらを嘲笑っているように思えて仕方がない。


「わかりきってることを上に言っても叱られてもっとちゃんとやれのお言葉だけだろ? はぁ……逃走の理由、どうすっかねぇ……」


強制共鳴アドバンスチューンの影響、とか――」


「いくら覚醒の原因だっつってもあの学生さんが能力持ちってのは飛躍しすぎじゃねえか? 《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》……わからないことしかないカード……ま、【封印画】テーマの一つだし時間が来て封印が解けた可能性、とかで誤魔化すしかねぇんだろうなぁ」


「……それを報告したら他のカードも封印が解けて暴れ出す可能性がある、で追加の仕事増えそうですけどね……」


 二人同時にため息をつき、男はぬるくなったコーヒーを啜る。


「逃げてすぐにでも暴れるか、水面下にて力を蓄え続けるのか……一番いいのは、人様に迷惑をかけずに終わってくれることなんだがなー!」


 ガハハとヤケクソのように笑う。


「でさ、俺たちがこの件の担当になることは確定なの?」


「みたいです」


「そうか………………はぁ」


 ――須鳥つむぎと《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》、二人が周囲に迷惑をかけたくない心優しいものたちだとカード研究所が知る時はまだ遠いようだ。

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フダウラモノガタリ ウボァー @uboaa

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